第22話『メリークリスマス』

 一二月二四日、子ども達が待ちに待ったクリスマス・イヴ。

 今日の為に二ヶ月くらい前から行儀よくしていた子供も少なからずいるだろう。 きっと親からプレゼントを貰っている子供もいれば、家族全員で美味しい料理などを食べに外へと出掛けている人もいるだろう。

 しかし、漆黒の民に帰郷しているレオンだけは今日と言う日に憂いを抱いていた。

「ミシェル……」

 何とも切なげで情けない声を漏らす彼に、「こっちに戻って来てからもう二十回以上も王女様の名前を言っているわよ」と母のアビーが呆れる様に鼻で溜息を吐きながら、手に持っているカップに入った紅茶を啜る。

 もし彼女の言っている事が事実なら、これは由々しき事態である。

「だって、アイツは凄く良いヤツなんだ。 王族の人間にしては家事を熟すし、何より小動物みたいで可愛らしくて堪らないんだ。 ミシェルは俺にとっての最高の癒し……、そう! 最高の癒しなんだ!」とミシェルを語っていく次第に段々と熱が入り、最終的には拳を強く握り締めながら恥ずかしげもなく言い切った。 これを病気と言わずに何と言おう?

 そんな彼に母、アビーは「アナタ、暫く見ない内に随分と王女様に御執心になったわね」と苦笑を浮かべた。

 その瞬間、外で畑仕事などをしている住人たちが騒ぎ始める。

 何事かとレオンが家を出て騒ぎの方へと向かうと、そこには沢山の人だかりが出来ていた。

 そちらに向かうとそこにはレオンのパートナー、ユナイテッド王国の王女、ミシェル・ブライトが彼に手を振っていた。

「ミシェル!」

 予想外の来客に、レオンは目にも留まらぬ速さで彼女の下へと駆け付け抱きしめた。

「どうしてここに?」とレオンが聴くと、ミシェルは得意気に微笑みながら「今日はクリスマスだからね。 父様から特別に許可を貰ったよ!」と答えた。

 ミシェル……! と感動していると不意に「久しぶりだな」とレオンの父親、カールに声を掛けられる。

 レオンは面倒臭そうな顔を浮かべながら「何だ、父さん。 生きていたのか」と無愛想に振る舞った。

そんな彼に「おいおい、そんなに嫌そうな顔を浮かべるなよ……」と両肩を落として項垂れるカール。

 何故ミシェルと一緒に帰ってきたのかを問うと、自分抜きだと王女様が此処まで辿り着けないだろ? という応えが帰ってきた。

 成る程、とレオンは合点する。

「さあ、ここは寒いし、父さんも母さんに会いたいから早く家に戻ろう」

 カールの一言にレオンとミシェルは同意して自宅へと戻ったのだった。

 ふぅん……、あれが王女様……。 レオンの婚約者……。

 カールとレオンに家へと案内されるミシェルの背中をダリアが一人遠くから眺めていたのを彼女は知らない。



 家へと戻ったレオン一向。 その中でカールはすぐにリビングで紅茶を嗜んでいる妻のアビーの下へと向かう。

 彼の存在に気付いたアビーは恍惚な表情を浮かべながら手に持っていたカップを受け皿に置いて席から立ち上がり、「おかえりなさい」と向かってくる夫を抱きしめた。

「ただいま。 そうだ、アビー。 紹介するよ。 レオンの婚約者のミハエル王女だ。 今日は特別にアレックスから許可を貰って連れて帰ってきたんだ」

 カールの言葉に合わせて、ミシェルが「初めまして。 ミハエルです」と挨拶する。

 対してアビーは「初めましてミハエル王女様。 よくおいでにいられました。 カールの妻、レオンの母アビー・スミスと申します。 狭い所ですが、どうぞゆっくりしていってくださいませ」と妖艶な笑みを浮かべながら挨拶を返した。

 その独特な艶めかしい雰囲気にミシェルは思わず頬を朱に染めた。

 綺麗な……、いや、美しい……、いや、それら総てを兼ね備えた女神の様な人……。

 アビーに見惚れている中、「どうだ? 俺の母さん。 綺麗だろ?」と何故かレオンが得意気に胸を張った。

 レオンもそう言った一面を見せるんだね、とミシェルはどこか親近感を覚えた。

「あ、そうだ」

 ミシェルは何かを思い出したのか、一人手を叩いて「レオンにプレゼントがあるんだ」と言った。

「プレゼント? 俺に?」と首を傾げるレオン。

「うん」とミシェルは首を縦に振って制服の胸ポケットから赤いリボンで造られた髪飾りを取り出し、それを自分の頭に付けた。

「プレゼントは僕! だよ?」

 刹那、レオンの中でナニかが反り上がった。

「ミシェル……!」

 それは反則だぜ……、と瞳に涙を溜めて身体を小刻みに震わせながら感動しているレオンに、ミシェルはフフッ! と軽く笑って彼に抱き付いた。

「今日はずっと一緒にいるから」

 ミシェル……! 最高のクリスマスプレゼントだぜ……!

 その日の夕方、スミス一家はミシェルを交えて楽しく夕食を済ませた。

 二人の将来の事を沢山話したり、普段お互いの事をどんな風に思っているのかを語り明かしたのだった。



 ×××



 翌朝、ミシェルはスミス一家と共に朝食を摂り、それから帰り支度を整えた。

 カールと一緒に玄関まで足を運び、レオンとアビーの方へと振り向いた。

「お世話になりました! お蔭で良い思い出が出来ました!」とミシェルが元気に一礼すると、アビーは「いえいえ、これからもレオンの事を宜しくお願いします」と上品に頭を下げた。

「また学校で」

 アビーの隣にいるレオンが微笑みながら手を振ると、ミシェルは「うん! また学校で!」と小さく笑って手を振り返し、カールと共に家を出て行った。

 カールの先導の下、ミシェルが漆黒の民から出て行こうとした時、不意に後方から声を掛けられた。

 声が聞こえた方へと振り向くと、少し遠く離れた所から追いかけて来る一人の少女がいた。

「ダリア。 どうしたんだい?」

 息を切らしながら追いかけてきたレオンの幼馴染、ダリアに対してカールは少し驚きながら聴いた。

「すみません。 王女様にどうしても二人で話したい事があって……」

「僕に?」と首を傾げるミシェルに対してダリアは「そうです。 レオンの事について……」と深刻そうな声音で口にする。

 レオンの事について、と言う言葉に何かを察したミシェルは「解った」と応えて、カールに彼女と二人きりになって良いとのと承諾を得て少し離れた場所へと移動したのだった。

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