第17話『戦とは』

 城内にある訓練場へと移動して、お互いに向き合うミシェルと信長。

「さ、始めようかの」

 そう言って信長は腰に挿してある黒い刀を地面に突き刺して戦闘態勢に入る。

 それに合わせる様にミシェルも戦闘に入る構えを取った。

 ノブナガ・オダギリ……。 僕と同じ齢の人間。 僅か九歳で国を一つに纏めた王。 気を引き締めなくては……!

「ほう……?」

 なかなか良い眼をしておる。 流石は時期ユナイテッド王国の長。

 ミシェルの構えを見て関心を覚える信長。

「それでは始めます」

 東悟は勢いよく右手を上げる。

 それが合図となって、ミシェルが勢いよく駆け出して信長との距離を詰めた。

 まず手始めにミシェルは右ストレートを繰り出す。 それを信長は木の枝から落ちる葉の様にヒラリと身体を左に逸らしてかわし、そのまま鋭い左の蹴りを放つ。

 彼から放たれた鋭い蹴りをミシェルは咄嗟に右膝で受け止めた。

 だがしかし、予想以上の威力にミシェルはそのまま後方へと吹っ飛んだ。

 彼女は塀から飛び降りる猫の様に宙で一回転して着地する。

 その時、既に信長はミシェルとの距離を詰めて鋭い拳と蹴りを次々と放つ。

 電光石火の早業にミシェルは素早く受けに回るが右の突きを左頬に一発、左の回し蹴りを右の肋に喰らってしまった。

 ミシェルは痛みに耐えながら信長とすぐに距離を取り、彼のペースを崩そうと光の槍を精製して放った。

 目にも留まらぬスピードで、光の槍は信長を貫かんと飛んでいく。

 信長は焦る事無く右の拳に光を纏い、フンッ! と光の槍を殴って掻き消した。

「どうした!? その程度かっ!」

 咆えながら信長は一気にミシェルと距離を詰め、腹部に右の拳を入れる。

 諸に喰らったミシェルは前屈みになり、それによって出来た隙を信長が左の回し蹴りで彼女の右頬を蹴り右方向へと吹っ飛ばした。

 蹴り飛ばされたミシェルはそのまま勢いよく背中から着地して気を失ってしまった。

 彼女の様子に東悟は焦りながら駆け寄りすぐさまお姫様抱っこで抱えて医務室へと連れて行った。

 ミシェルを連れて行く東悟の後ろ姿に信長は気まずそうに口笛を吹きながら視線を横に逸らした。

「信長様」

 それは余りにも落ち着いた美しい怒声だった。

 声を掛けられた信長は冷や汗を流しながらゆっくり、そうゆっくりとそちらに振り返る。

 そこには気品の溢れる佇まいで笑みを浮かべている信長が奥方、濃姫がいた。 が、しかし、彼女の瞳は笑っていなかった。

 よく目を凝らして見てみれば、彼女の背中には般若が薄っすらと見えている様に思えた。

 や、ヤバい……!

 命の危機を感じた信長は「スマン!」と素早く綺麗な土下座を決める。

 対して濃姫は深く鼻で息を吐いて「その土下座は私にではなくミシェル様にしてください」と呆れる様に言った。

「解った! 行こう!」

 こうして信長と濃姫は医務室へと向かった。



 ×××



 目が覚めると、目の前には邪本帝国の長、信長が床で正座をしていた。 その両隣には僧の東悟と彼の嫁、濃姫が申し訳なさそうな表情を浮かべながら立っていた。

 現状についていけていないミシェルは「どうしたの?」と聴くと正座している信長が「スマン! 久しぶりの戦闘で張り切り過ぎた!」とそのまま頭を下げて土下座した。

 それにより彼との戦闘を思い出したミシェルはそんな信長を可笑しく思えたのかフフッと笑って「別に気にしてないですよ? 頭を上げて下さい」と優しい口調で言った。

「ほ、本当か……?」

「本当です」

 すると信長は「そうか!」と笑顔になり、まるで今までの事が無かったかの様な振る舞いで腕を組みながら仁王立ちした。

 あ、やっぱり許さなきゃ良かったのかな? と感じた時、そんな信長を見兼ねた様に濃姫が一歩前に出て「私からも謝罪させてください。 信長様が大変ご迷惑をお掛けしました。 申し訳ございません」と深く頭を下げた。

 流石は国を代表する者の嫁。 気品に溢れている。 と関心を覚えるミシェル。

 信長は咳払いをして「して、ミシェルよ。 先程の戦闘なんじゃが」と口を開いた。

「お主、筋は良いぞ」

 じゃが、と信長は言葉を続ける。

「良くも悪くも、お主の戦闘は型にはまり過ぎておる。 基本に忠実なのは良いが、たまには意外性のある攻撃も交えないとお主が挑もうとしておる相手にはそう遠くは及ばないじゃろう」

 的確な指摘にミシェルは肩を落として頭を垂れた。

「ミシェルよ。 お主にとって『戦闘』とは何じゃ?」

 信長の問いに、ミシェルは思考を巡らせた。

『戦闘』、国を統一して争いが無くなり平和となった環境で育ってきたミシェルには縁の無い単語だった。 ただ、自分の身を守る為だけに魔術や武術を『学んだだけ』の彼女に答えられる質問ではなかった。

 そんな彼女の心情を察した信長はつい最近まで乱世だった環境にいた頃の自分を思い出すかの様に口を開いた。

「良いか、ミシェルよ。 『戦闘』とは元を辿れば殺し合いじゃ。 お互いの誇りと財産、今まで培ってきた勢力全てと命を賭けた奪い合いじゃ。 皆、勝つ為には手段を選ばん。 どんな汚い手を使ってでも必ず殺しに掛かって来る」

 既に国を統一して、平和となったその環境で育ってきたお主に想像出来るか? と信長は魔王と思わせる鋭く冷たい瞳でミシェルを睨みつける。

 その睨みがまるで試されている様に感じたミシェルは緊張で早くなった鼓動を静める様に自分の左胸に片手を添えて固唾を呑み込んだ。

 自分と齢が違わないと言うのに、この信長と言う少年は乱世で今までいったいどんな修羅場を潜って来たのだろうか?

 彼に言われた通り、温室育ちであるミシェルには想像出来なかった。

「お主、相棒を超えたいのじゃろう?」

 どうしてそれを……!?

 自分の目的を口に出されて驚愕を浮かべるミシェルに対して「顔に出ておるわ」と信長はニッ! と歯を見せて笑った。

「兎に角、勝ちたいのじゃろう? ならばどんな手を使ってでも勝利を捥ぎ取れ! 試合じゃが死合いする覚悟で行け!」

 勝利を捥ぎ取れ……、か……。

 ミシェルは静かに口角を上げる。

「やってみせるよ! 僕は、パートナーに勝つ! そしてパートナーに相応しい人間になる!」

 決意を固めたミシェルに、信長は懐から一本の扇を取り出して開いた。

『天晴!』と書かれた扇子越しに、彼は「その意気じゃ!」と微笑んだ。

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