第16話『邪本からの来訪者』
放課後、ミシェルは馬車に揺られながら王城へと戻る最中、不意にパートナーの顔を思い出した。
全てを塗りつぶす様な黒い髪、月の様な輝きを持つ鋭利な金色の瞳。 女性が羨む程の艶がある健康的な色をした肌。 凛々しくもまだ幼さが残る愛らしい顔つきは見た者を虜にする。 身長も平均より高く、持ち前の気が利いた性格が男女問わずに人気がある。
学力や戦闘能力も高い為、彼に言い寄る生徒も多い。 まさに眉目秀麗。
思い出す度、レオンの飛びぬけた有能さと自分の差が広すぎて思わず深い息が零れた。
ハッ!? いけない。
他人と比べるものではないと小等部二年生の頃、父のアレックスの言葉を思い出し、ミシェルは首を横に振って気を取り直した。
それと同時に馬車がピタリと止まり、「着きました」とロバートが扉を開いた。
ミシェルは礼を告げて馬車から降り、足早に城内へと歩を進めて行った。
「帰還しましたか」
いつも座禅を組んでいる庭には僧の東悟の他に、見慣れぬ格好をした黒髪の少年と少女の二人が座っていた。
黒髪の少女の方は、綺麗な姿勢で正座をしており、シミ一つ無い綺麗な白い肌に、まん丸とした大きな黒い瞳、後頭部の方へと纏めている黒い髪、幼さがまだ残りつつも気品溢れる顔つきは同じ女性であるミシェルを魅了した。
一方、黒髪の少年は、御世辞にも気品さは感じなかった。 金色に輝く相手を威圧する様な鋭い目つき、髪はボサボサで伸びた襟足を一つに纏めている。 左頬には二本の刀傷の痕があり、自由奔放で傍若無人な雰囲気を纏っている。
「トーゴさん。 そちらの方たちは……?」
思い出したかの様に東悟は失礼しましたと彼女に頭を下げて、二人の紹介をした。
「こちらにお見えになられるは我が邪本帝国の長、小田切信長様。 そしてそのパートナー兼奥方の濃姫様です」
何故この様な場所に国を一つに纏めた王がそこにいるのかとかそう言う前に『奥方』と言う予想外のワードにミシェルは思わず吹き出してしまった。
え? 奥方? 僕とそう齢が変わらないのに結婚しているの?
そんなミシェルの心情を知らない信長は「お主がミハエルと言う者か」と腕を組みながら口を開いて彼女を品定めする様に見回す。
「何じゃ、弱そうじゃのう」
ガーンッ!
今日初めて会ったばかりの人間に自分が一番気にしている事を言われるミシェル。
「信長様、失礼ですよ」と隣にいる濃姫が呆れるように注意した。
「なに、事実を言ったまでじゃ」
どうやらこの信長と言う少年は思った事をすぐ口に出すタイプの人間の様だ。
本当、失礼極まりない人間である。
ミシェルは引き攣った笑みを浮かべながらも咳払いを一つしてようやく何故この様な場所に訪れたのかを二人に聴いた。
すると信長は「新婚旅行じゃ!」と恥ずかしげも無く堂々と胸を張って言い切った。
うん、末永く爆発してくれ。
悔しさを込めた念を入れると、信長は「お主、名は何と申す?」と聴いてきた。
それに応えると今度は「パートナーは何処に?」と聴かれたのでミシェルは「私情で少し別居している」と気まずそうに顔を伏せた。
「ほう、別居か」
何かを察した信長はそれ以上追及しなかった。
「さて、ミシェルよ。 折角ここまで来たんじゃ。 少し手合せ願おうか」
それは願ってもいない事だった。 僅か九歳で国を一つに纏めた王様。 その実力を知り、今後の方針が決まる。
「宜しくお願いします!」
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