第5話『パートナー』
バシンッ! と右肩に重い衝撃が走る。
クゥッ……! とミシェルは小さく声を漏らし、静かに姿勢を正して合掌した。
これだけでご理解いただけるだろう、現在彼女はパートナーのレオンと共に、城の庭で胡坐を組んで瞑想している。
こんな修行がいったい何の為になると言うんだ、と心中で愚痴を零しながらも瞼を半開きした瞳でチラと隣で瞑想しているレオンを見る。
とても綺麗な姿勢で一寸たりとも動く事無く瞼を閉じていた。
彼の近くでヒラヒラと舞っている小さな蝶が鼻の先でピタリと止まるがそれを気にする事無くただ静かにしていた。
流石は漆黒の民の人間と言うべきか、ただ胡坐を組んで瞼を閉じているだけだと言うのに隙が一切も見当たらない。
故にミシェルは負い目を感じ、肩を落として落胆した。
その瞬間、後ろで巡回している僧が彼女に近付き、そっと警策を右肩に添えた。
しまった、と彼女は苦い表情を浮かべつつ、そのままゆっくりと前屈みになり、それを頂く。
重く鈍い音が、庭中に響き渡る。
「これ、本当に意味があるのかな?」
約一時間の座禅を終えて、ミシェルは半信半疑になりながらそんな事を口にした。
それもそうだろう。 修業とは言え、ただ敷かれた座布団の上で胡坐を組んで瞼を閉じているだけなのだから。 それで少しでも動きを見せれば警策が飛んでくると言う迷惑極まりないオマケつき。 まだ子供な彼女からすればたまったものではない。
そんな彼女の心情を察した僧がこの座禅の意味を説明した。
「座禅とは、東洋にある我らの島国、邪本に伝わる由緒正しき修行法の一つ。 胡坐を組み、姿勢を正し、瞼を閉じて心を無にする事で自身の欠落している部分が解ってくるのです」
欠落している部分はもう既に嫌という程理解しているのだが……。 とミシェルは口にはしなかった。
それにしても、と僧は感心するような目でレオンを見る。
「流石は漆黒の民の人間と言うべきですか、過酷な修業を積んでいるだけあって心に迷いがありませんね」
褒められるとは思わなかったのか、レオンは「そうですか? ありがとうございます」と口元を緩めた。
「お坊さん、漆黒の民のことを知っているのですか?」
「良ければ東悟とお呼びください。 そうですね。 私の故郷にも王家に仕える漆黒の民が存在しますよ」
何だって!? とミシェルは思わず声を上げて驚いた。
てっきり漆黒の民はこのユナイテッドにしか存在しないものだと思っていたのだ。
「御存じの通り、聖を司る属性を使えるのは王家の人間のみ。 勿論、世界中にいる王家の者は皆、その様な属性が使えます。 ならば当然、世界中に漆黒の民が存在しても可笑しな話ではありません」
そうだったのか……。 それはそうだよね。 ユナイテッド以外の国でも、王家の人間は存在する。 何も可笑しな話ではないよね……。
王家と漆黒の民。 何故この様な人間たちがどの様な形で支え合う形になったのか?
気になったミシェルは僧にそれを問うた。
「それは私にも解りません。 ですが、私の故郷、邪本帝国は現帝王、信長様が天下統一の最中に見つけ、同盟を組んだとのこと」
「ノブナガ……。 知っています。 確か僕たちとそう変わらない齢で三年前に終盤まで同調を使わずして国を統一させたのですよね?」
「如何にも、我らが帝王、信長様は齢九才で王家特有の戦闘能力と戦略を以って邪本国を統一致しました。 天下統一が終盤を迎えた時、漆黒の民を見つけ、その力を見込んで同盟を組み、初めて同調を成し遂げたのです」
初めて同調を……。
ミシェルは自分がレオンと初めて同調した時を思い出す。
暖かくて、フワフワして、気持ちが良かった事を、今でも鮮明に覚えている。
彼が自分を優しく包み込んでいる様な、そんな感覚を思い出した時、ゾクッ! とミシェルは思わず身震いしてしまった。
もう一度、レオンと同調したい……!
「そのノブナガさんも、やはりその、嬉しかったのですかね? 初めて同調が出来て……」
彼女の問いに東悟はフム、と顎に手を添えて思い出すように答えた。
「これはそこらの兵士に聴いた噂ですが、初めて同調を遂げた信長様は大層幸せそうにしていた様子だったそうですよ」
そうですか、とミシェルはどこか嬉しそうな声音で言った。
「さて、今日はここまでです。 二人とも、お疲れ様でした」
対してレオンとミシェルはありがとうございましたと一礼して学生寮へと戻って行くのであった。
翌日の放課後。
再び城の庭へと訪れ、座禅に取り組むレオンとミシェル。
本当にこんな修行が力の覚醒に繋がるのだろうか?
そんなことを考えていると、後ろで巡回している東悟がまるでその心情を察したかの様に彼女の右肩にそっと警策を添えた。
ゲッ!? とミシェルは苦い表情を浮かべながらも東悟に右肩を差し出した。
勢いよく警策を頂く。
鈍く思い衝撃が走る。
クッ! と小さく声を漏らしながらミシェルは一礼して合掌する。
本当に意味があるのだろうか?
その瞬間、再び警策が右肩に添えられた。
トーゴさん、絶対人の心を読む力あるでしょ?
そんな疑問を抱きながらも警策を頂くのであった。
あれから約一時間が経って、座禅は終了した。
こんな事が強さに繋がるとは些か信用出来なくなったミシェルは「この座禅に何か意味があるのですか?」と問いかけた。
東悟はフム、と顎に手を添えてその問いに丁寧に答えた。
「座禅とは、心に潜む邪を払い、自分と向き合う為に役立つ修行法です。 警策が与えられるのは、心のどこかに迷いや邪心が潜んであるからです」
心に迷い……。
東悟の言葉に心当たりがあった。
そう、ミシェルはギルバートとの決闘の件から劣等感と焦りが生じていた。
パートナーのレオンはあんなにも強い。 そして誰とでも容易に同調出来る。
しかし、彼に対して自分はどうなのだろうか? 漆黒の民と同等の戦闘能力を持つと言われる王家の人間なのに、その二割の力も発揮出来ておらず、あまつさえ、自分の属性の特性で彼以外とは同調出来ないデメリット付き。
レオンは何故、こんな自分と一緒にいてくれるのだろうか? 決められた掟に従っているだけ? それとも地位や名声の為……?
考えれば考える程負の感情が胸の中をグルグルと渦を巻いていく。
本当は僕じゃなくても良いんじゃないのか?
その瞬間、ミシェルは何だか遣る瀬無さと哀しさを覚えてしまったのだった。
学生寮へと戻ってきたレオンとミシェルは部屋着に着替えると、すぐに台所へと移動して冷蔵庫から食材を取り出し夕飯の支度を始めた。
「ねぇ、レオン……」
ミシェルは食材を切る手を止めてレオンに声を掛ける。
「何だ?」とレオンはコンロに火を付け、その上に水の入った鍋を置いていく。
「何故、僕のパートナーになってくれたの?」
その言葉にピタリと止まり、レオンはコンロの火を止めて彼女の方へと向いた。
「どう言う事だ?」
「そのままの意味だよ。 何故、僕のパートナーになってくれたの?」
「それは」
「掟で決められているから?」
「違う」
「じゃあ、地位と名声の為?」
「何故、そうなる?」
ミシェルは顔を俯かせ、グッと涙を堪えながらも自分の思いを吐き出した。
「レオンは戦闘能力も高く、誰とでも同調出来る体質を持っている。 代わって僕は王家の人間なのに、その二割の力も発揮できず、あまつさえ属性の影響で君以外の人間とは同調出来ない……。 役立たず同然なんだ……!」
「そんなことは」
「それなのにどうして君は僕と一緒にいてくれるのさ?」
「それは」
「本当は誰でも良いんじゃないのか?」
「違う!」
レオンは声を荒げながら勢いよくミシェルの肩を掴んだ。
「確かに……、掟の事なんかどうでも良かった……。 俺たち漆黒の民の人間はお前の言う通り、誰とでも同調出来る」
でも! と彼は今まで見た事が無い真剣な眼差しで言葉を続けた。
「俺はミシェルが良い! 俺たち漆黒の民が、どうして誰とでも波長を合わせる事が出来るか知っているか? それは、俺たち漆黒の民が支配するかされる側かでパートナーとの波長を合わせているからだ!」
悲痛な声を上げるレオンに、ミシェルは驚愕を顔に浮かべる。
知らなかった……。 まさか、漆黒の民の人間にそんな現実があったなんて……。
「ミシェル。 お前は他の人間とは違って支配する訳でも、される訳でもない……。 初めて同調した時、ミシェルは肩を並べて戦いたいと言う思いが伝わったんだ! それが嬉しくて……! だから俺はお前を選んだんだよぉっ……! 俺はミシェルが良いんだよぉ……!」
そんな悲しい事を言ってくれるな、とレオンはそのまま縋る様に泣き崩れた……。
初めて見るパートナーの涙。 それにより、罪悪感を覚え、ミシェルは胸を締め付けられる様な感覚に襲われる。
そうだ……、そうだよね……。 レオンがそんな邪な気持ちで近付く筈がないんだ……。 レオンも……、求めていたんだ……。 一緒に肩を並べて歩める本当のパートナーを……。 それなのに僕は……、僕はなんて酷い人間なんだ!
気づいた時には、ミシェルはレオンを強く抱きしめ涙を流していた。
「ゴメン……! ゴメンよ、レオン……! 僕、焦っていたんだ。 君の実力を知る度に、段々遠く離れていく気がして……! それが悔しくて……!」
自分が心の底に秘めた不安を打ち明けるミシェルに、レオンはただ啜り泣きながらも彼女を抱きしめる力を少しだけ加えた。
それだけで互いの絆が更に深まるのであった。
翌日の放課後、再び城の庭で座禅に取り組むレオンとミシェル。
「今日は二人ともいつも以上に心を無に出来ましたね」
約一時間の瞑想を終えて、東悟が二人の成長を褒め称えた。
僕はまだ、警策を頂いてますけどね、と自嘲気味言うミシェル。
「ですが、それでも今日は警策与える回数は激減していましたよ?」
昨日の間にいったい何があったのですか? と問われて二人は少しだけ頬を朱に染めて彼から視線を外した。
何かは理解出来なないが、そんな二人の様子を東悟はどこか暖かい目で見るのであった。
僕は絶対にこの座禅をマスターしてみせる。 そして、レオンに相応しいパートナーになるんだ!
あの日から、ミシェルは心にそう決意した五月の出来事であった。
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