第6話『風雷坊の闇』
六月に入った早朝、学校へと向かっている途中、レオンとミシェルはあるものが視界に入った。
喧嘩である。 それも一方的な。
一方は風雷坊の片割れ、ギルバート。 そしてその一方は何とも気の弱そうな生徒であった。
ギルバートの双子の弟であるアルバートはやはり少し離れた場所で申し訳なさそうに、ただ黙ってそれを眺めていた。
このままだとあの一般生徒が再起不能になるまで私刑されてしまうと感じたレオンとミシェルはすぐにそこへと駆け付け止めに入った。
「何やってんだ?」
ピタリと一般生徒を殴るギルバートの手が止まる。 それを機に一般生徒は逃げていった。
彼はレオンとミシェルの方へと振り向き、「なに、ちょっと稽古を付けさせていたんだよ」と悪い笑みを浮かべた。
「何が稽古だ! ふざけるな!」とミシェルは彼を睨みつけて声を荒げる。
そんな彼女の態度が気に食わなかったのか、ギルバートは軽く舌打ちをして「お前、以前一対一(サシ)で俺に敗けた事を忘れた訳じゃねぇだろうなぁ? またイジメられたいのか?」と睨みを利かせながらドスの効いた低い声音で威圧する。
それに怖気づく事無くミシェルは「望むところだ! 今度は敗けない!」と反発したその時、レオンが腕を伸ばしてそれを静止した。
「今度は俺が相手になろう」
百戦錬磨の戦士を彷彿させるその発言に、ウィリアムス兄弟、そしてミシェルまでも思わず固唾を呑み込んだ。
静寂に包まれる中、ゆったりと生暖かい風が彼らの頬を撫でる。
以前同調した状態でも敵わなかった相手と言う事もあってか、流石に分が悪いと感じるギルバート。
また、レオンはそんなことをお構いなしに鋭い眼差しを向けている。
ギルバートはチッ! と舌打って「行くぞ、アル」と踵を返す。
「逃げるのか?」
「戦略的撤退と言ってもらおうか」
釘を刺すようにギルバートは学校へ向かう為に歩を進める。
兄さん! とアルバートは慌ててレオンとミシェルの二人にゴメンね、と頭を下げてギルバートの跡を追って行った。
「何故、兄弟でああも違うのかね?」
「二年前まではあんな人じゃなかったんだけどね……」
ミシェルの言葉に「どういうことだ?」と聴くレオン。
「彼は二年前まで正義感が強くとても優しい人だったんだ。 それなのに、何が起こったのか、突然弱い人に対して乱暴する様に変わってしまったんだ……」
彼の経緯を話すミシェルの顔はどこか憂いに満ちていた。
成る程、二年前……、か……。
昼休み。 教室でレオンとミシェルは一人で席に座っているアルバートの下へと近づき声を掛けた。
「今、良いか?」とレオンが聴くと、アルバートは首を縦に振ってそれを了承した。
「ギルバートは何故あんな人に変わってしまったの?」
ミシェルの問いに、アルバートは苦い表情を浮かべながら顔を俯かせ、「ここじゃ話辛いから場所を変えよう」と言って席から立ち上がり、教室から出ていく。
二人はそれに続いていった。
ここで良いかと辿り着いた場所は屋上だった。
「兄さんが何故あんな風になったかの話だったね」とアルバートは思い出すように口を開いた。
「二年前、城下町で起こった事件の事を知っているかい?」
その言葉に、ミシェルが片眉をピクリと上げて反応する。
「知っているよ。 無差別通り魔殺人事件でしょ?」
アルバートは憂いに満ちた表情で首を縦に振る。
「あの事件で、僕たちは母さんを亡くしたんだ」
へ? とミシェルは耳を疑った。
そんな事、ギルバートの口から一度も聞かされてなかった故、驚きを隠せなかった。
「あの事件の日、僕たち兄弟は母さんと三人で城下町を散歩していたんだ」
でも、とアルバートは拳を強く握り締めて言葉を続ける。
「通り魔が僕たちの幸せを全て奪っていった……。 目の前で、母さんを奪っていったんだ……。 兄さんは、母さんを守れなかった弱い自分が許せなくなって、あんな風に誰かに八つ当たりする様になってしまったのだと思う」
「成る程、だからギルバートは執拗にミシェルや他の自分より弱い人間に手を出すようになったのか」
レオンの言葉に、アルバートは「ゴメンね?」と困った様に笑みを浮かべた。
「どうしてそんな大切なことを僕に黙っていたのさ?」
水臭いな、と言うようなミシェルの問いに、「悔しくて堪らなかったんだよ。 兄さん、プライドが高いから」とアルバートは申し訳なさそうに答えた。
「まあ、でも、これで合点がいった」とレオンは納得する。
「本当にゴメンね?」と謝るアルバートに対してミシェルは「良いんだよ。 これでギルに対しての疑念が解けたから」と微笑んだその時だった。
「アルバート!」
扉を勢いよく開きながらアルバートの双子の兄、ギルバートがズカズカと足音を立てながら入ってきた。
「何そいつらと一緒にいんだ?」
今にも飛び掛からんとする鋭い眼差しをしているギルバートに対し、アルバートはばつが悪そうな顔を浮かべて黙りこんだ。
それが彼の怒りを更に沸騰させたのかギルバートは眉間に皺を寄せながら今一度「アルバート!」と飼い犬を呼ぶように叫んだ。
それにより、アルバートは彼の下へと向かう。
「アル!」とミシェルが呼び止めようとするが、アルバートは大丈夫だからと微笑んでみせた。
「行くぞ」
そう言ってギルバートは踵を返して屋上から出て行く。 アルバートもそれに続いて屋上から去っていったのだった。
「あいつらに何の話をしたんだ?」
校舎裏へと移動した二人。
ギルバートの問いに、アルバートはどこか気まずそうにしながらも「二人に二年前の事件についての事を話した」と包み隠さず話した。
「そんな事だろうと思ったよ」とギルバートは鼻で笑った。
「それで? 兄さんを悪く思わないで欲しいとでも言ったのか?」
その言葉にアルバートは首を縦に振って肯定した。
「余計な事を……!」とギルバートは歯ぎしりをする。
「兄さん、もう良いじゃないか。 こんなことは」
「五月蠅ぇ!」
「終わってしまったことじゃないか!」
「黙れ! お前は悔しくないのか!? 目の前で母さんが殺されて、お前は何も感じないのか!?」
「悔しいさ! 僕も兄さんと同じ位に悔しくて堪らない!」
でも! とアルバートは目に涙を浮かべながら言葉を続ける。
「もう戻ってこないのだから、どうしようもないじゃないか……」
それにより、ギルバートの眉間に皺が更に刻み込まれる。
解っている……。 解っているさ、そんなこと……。
「今更、止めることは出来ない」
「兄さん!」
「テメェは黙って俺についてくれば良いんだよ!」とギルバートの気迫に圧され、アルバートはどこか悲しそうな表情を浮かべながら「解ったよ……、兄さん……」と弱々しくそれに応えた。
お願い……、誰か……。
兄さんを止めて……!
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