第4話『漆黒の民』

「レオン、これから実家に帰ろうと思うんだ」

 ミシェルの言葉にリビングのテーブルにある椅子に座っているレオンは「また急だな」と新聞から目を離さないままそう言った。

「うん、それでね。 父さんに最近の出来事を手紙で送ったらレオンも連れて来るようにって言われたんだ」

 その言葉にレオンは大きく目を見開いて、新聞から目を離し、「また急だな」と彼女を見て言った。

「ゴメンね?」と肩を落とすミシェルに「いや、いつかは俺もミシェルの親に会いに行こうと考えていた所だ。 丁度良い」と言って新聞を畳んでテーブルの上に置き、立ち上がる。

 日帰りなので二人は特に支度をする事無く私服に着替えて部屋から出る。

 その時レオンが感じたのは彼女が男物の服を着ていると言う事。

 紺色の半ズボンに白シャツ、首元には赤と黒のラインが入ったネクタイを付けており、ワインレッドと深緑色のチェック柄をしたベストを羽織っている。

 見た感じからその服の質感の良さから育ちの良い坊ちゃんを彷彿させる。

「私服も男物なんだな」とレオンが聴くとミシェルはどこか疲れたかのような表情を浮かべて「うん、そうなんだ……。 一応女物も持っているけど……。 人目に触れる場所は男物を着る様にって父さんが……」と返した。

「そうなのか。 お前も大変だな」

 特に関係の無いと言った様子のレオン。

 ん? 今女物もあると言ったか……?

「ミシェル」

「何だい?」

「今日、帰ってきたら俺に女物の格好を見せてくれよ」

 彼の突然な発言にミシェルはヴェッ!? と思わず可笑しな驚き方をしてしまった。

「なっ、ななっ、何を言い出すんだ!?」

 耳まで真っ赤に染めながら慌てるミシェル。 顔が整っている分、それが余計に可愛く見える。 それが余計にレオンの中で見たいと言う欲求を駆らせる。

「良いだろ? たまには可愛い格好をしたお前の姿を見てみたい」

 その言葉に、ミシェルは更に顔を真っ赤にし、彼から視線を逸らす。

 う~、女物なんてたまに自分の部屋で着る位だし、何よりも着慣れていない。 変な格好をしていると思われたくないし、でも、パートナーのレオンには本当の僕の姿を見て欲しい……。

 何度も何度も頭を悩ませた結果、

「解っ……、た……」

 と今にも消え入りそうな声音でそれを承諾した。

 するとレオンの顔がパアッと明るくなり「約束な!」と笑って寮の出入り口へと向かったのだった。

 何だかなぁ……、と少し複雑な気持ちを抱きながらミシェルは彼の跡を追った。



 学生寮の出入り口には少し小汚い古ぼけた一台の馬車と、それとは対照的に綺麗な黒のタキシードを着こなした老人が綺麗な姿勢で立っていた。

「やあ、ロバート。 久しぶりだね」

 老人と顔見知りなのか、ミシェルが声を掛けると彼は「御無沙汰しております。 ミシェル様」と綺麗に一礼をした。

「ロバート、紹介するよ。 彼はレオン・スミス。 僕のパートナーなんだ」とミシェルに紹介されてロバートに軽く頭を下げるレオン。

「レオン、こちらはロバート・マルティネス。 僕たちの送り迎えをしてくれる御者だよ」

 ロバートです、と彼はレオンに挨拶をした。

「お二人様、お待ちしておりました。 ささ、どうぞ中へと乗車してください」

 そう言ってロバートは慣れた手つきで馬車を開けた。

 ミシェルとレオンは指示される通りに中へと入っていく。

 古ぼけた見た目とは裏腹に、中はとても綺麗に出来ていた。

 紅い椅子はとても柔らかく出来ており、腰を優しく包み込んでくれる。

 内装だけ見れば上流貴族に引けを取らない代物だ。

「それでは出発致します」

 掛け声と共にロバートは馬を前進させたのだった。



 馬車に揺られながら約一時間。

 窓から見える城下町を見て、レオンはあることに気付きミシェルに声を掛けた。

「そう言えば警備兵が増えている様な気がするが……、何かあったのか?」

 その言葉に違和感を覚えたミシェルは「あれ? レオンは城下町に来たことがあるの?」と首を傾げながら聞き返した。

「ああ、二年前まで親父と大事な用事で何回かここに訪れた事がある。 その時までは警備兵も少なく、賑やかな町だった」

 二年前……。

 それについて知っているミシェルは少し悲しそうな表情を浮かべながらゆっくりと説明した。

「二年前の夏の頃、ここで無差別通り魔殺人事件があったんだよ。 被害者は一〇人。 内九人は軽傷で一人は死亡。 犯人はすぐに取り押さえられた。 聴くところに寄ると自殺志願者だったらしい。 しかし、一人で死ぬのは怖いからそうやって誰かに殺して貰おうと考えていたらしい。 馬鹿だよね。 そんな事をしても誰も殺してくれないなんて解っている筈なのに。 結果、自分が他人の命を奪った形になってしまったんだ」

「それで、その犯人はどうなったんだ?」

「残念ながら更生の施しがつかないと判断されて死刑になったよ」

 当然と言えば当然なんだけどね、とミシェルはどこか遠い所を見る様に言った。

 なるほど、だから警備が強化されたってことか。

 すると突然、馬車がピタリと止まる。

「到着致しました」と扉を開いてロバートが告げる。

 ありがとう、ロバート。 とミシェルが馬車から降りる。

 それに続いてレオンも降りると、目前には大きな城門があった。

「ゴメンね、レオン。 隠していたつもりではないのだけど、僕は王族の人間なんだ」

 申し訳なさそうに口にしたミシェルに対して「いや、なんとなく知っていた」とレオンは言った。

 対してミシェルは少し目を開いて「それは何故?」と聴くとレオンは「まあ、それについてはミシェルの父親に聴いた方が良いんじゃないか?」と言葉を濁した。

 それはどう言う事? と聴こうとしたが、城門に備え付けてある普通のドアぐらいの大きさの扉が開かれ、「どうぞ中へ」とロバートに促されたので渋々中へと足を踏み入れる。

 レオンは特に気にする様子もなく彼女の跡を続いた。

 天井が高く、赤い絨毯が敷かれた広い廊下を歩いていく内に、王接間の扉の前に辿り着いた。

 ロバートがノックを三回鳴らすと、「入れ」と中から男の声が耳に入ったので「どうぞ」と彼は扉を開いて道を開けた。

 レオンとミシェルは中へと足を踏み入れる。

「久しぶりだな、ミハエル。 そして、レオンくん」

 そこにはミシェル、基ミハエルの父、アレックスが玉座に座っていた。

 ミハエル同様、金色の髪を短く切り揃えており、その上には王冠を被せていた。

 鋭利な青い瞳は全てを見通す様な輝きを放っている。 顔の皺は刻まれている様に深く、歴代の戦士の様に見える。

「初めまして、ミハエル王女。 そして久しぶりだな、レオン」

 アレックス国王の隣にいる黒髪の男はレオンの父、カール・スミス。 顔立ちはレオンを少し老けさせた感じである。 長身で、少し筋肉質な身体つきをしている。

 黒のロングコートに黒のパンツを身に纏っている。

「ただいま帰りました、お父様。 そちらの御方は?」

「申し遅れました。 私の名はカール・スミス。 レオンの父です」とカールはミハエルに頭を下げた。

「こんな所で何をやっているんだ?」

 どこか鬱陶しい者を見るような目で尋ねるレオンに対し、カールは「いや、アレックスに今後についての話をすると呼ばれてな」と笑って返した。

「お父様、レオンとは顔見知りなのですか?」

 ふと思った疑問を口にすると、アレックスは特に顔色を変えぬまま「ああ。 レオン、そしてそこにいる彼の父親、カールとは昔からの中だよ」と答えた。

 昔からの……。

「お父様。 彼は何者なのですか?」

 その問いに、アレックスはカールに視線を送る。 カールが首を縦に振ったのでアレックスは説明を始めた。

「レオン、そしてその父親カールは『漆黒の民』の人間だ」

「『漆黒の民』……?」

「そうだ。 遥か太古から代々、王家に付き従えている最強の一族。 それが『漆黒の民』だ」

「その漆黒の民は他の人間とはどう違うのですか?」

「そうだな。 彼らは飛び切り戦闘能力が高い。 それも同調している相手を軽く薙ぎ倒せる程の」

 その言葉に、ミシェルは同調している風雷坊を簡単に倒したレオンの姿を思い出した。

「その様な一族がいるなんて……」

「それだけじゃない。 彼らは全員黒髪黒目をしている。 そして、全ての人間との同調率は必ず一〇〇パーセントなのだ」

「そんな馬鹿な!?」

 信じられないと言ったミシェルにアレックスは説明を続ける。

「彼らの特徴的な所は全員闇属性の魔法を使えるということだ」

 闇属性の魔法を……?

「じゃあ、お母様も……?」

 アレックスは静かに首を縦に振った。

「シェリーもまた、漆黒の民の人間だ」

 お母様もレオンと同じ……。

「シェリーさんはどうしているのですか?」

 辺りを見渡して尋ねるレオンに対し、「妻なら今、庭で花に水をやっている所だろう。 時期に戻ってくる」とアレックスは答えた。

「お父様」

「何だ?」

「何故僕はレオンだけ同調出来たのですか?」

 彼女の問いに、アレックスは一度瞼を閉じて、少し間を置いたと同時に瞼を開いて答えを返した。

「それは我々王族が聖属性の人間だからだ」

「聖属性……?」

 ミシェルは聞き慣れない単語に首を傾げた。

 それに構わずアレックスは説明する。

「聖属性。 それは王族の人間だけが使える光属性の上位の属性。 下級魔法でも中級魔法程の威力を出せる恐ろしい属性でもある」

 しかし、と彼は言葉を続けた。

「同調出来ないと言うデメリットがある。 何故王族だけがその様な体質なのかは未だ謎に包まれている」

「では何故、漆黒の民の人間と同調出来るのですか?」

「その問いには私が応えましょう」と扉が開かれ中に割って入ってくるは長い黒髪をした、ミシェルの顔立ちによく似た女性、アレックスの妻、シェリーだった。

 その黒い髪に合わせてか、黒のドレスを身に付けている。

「お母様!」とミシェルはシェリーに抱き付いた。

「お母様、漆黒の民の人間と同調出来る理由って?」

 シェリーから離れてミシェルは再び問う。

「そうね、ある文献によると、光の中に一つの闇あり。 闇の中に一つの光あり。 光があるから影が出来る。 だけど影は光がないと出来ないの」

「それはつまり……?」

「闇は柔軟性があるの。 全てを受け入れるのと、全てを支配する特性がある。 私たち漆黒の民の人間はそう言う存在なのよ」

 ん~?

 話が難しすぎてイマイチ理解できないミシェル。

 そんな彼女の心情を察したのか、「まあ、その内解るわよ」とシェリーは言った。

「そう言えば」とレオンは思い出したかのように口を開いた。

「何故ミシェルは男の格好をしているのですか?」

 その問いに、シェリーは呆れにも似た苦い笑みを浮かべたのだった。

「ミハエルはこの様に可愛らしい容姿をしているからな。 変な虫が寄ってこない防止にな」

 そんな事だろうと思ったよ……。 とレオンは呆れる様に深く溜息を吐いた。

「因みに偽名を使っているのは?」

「流石に王族であることがバレると皆が変に畏まってしまうだろう」

 意外と考えているのね。 と少しだけ感心するレオン。

「お父様。 レオンは一人で同調している状態の人間を圧倒していました。 漆黒の民の人間は戦闘能力が高いのですか?」

「如何にも」とアレックスは首を縦に振って言った。

「漆黒の民の人間だけでも国一つを覆す事が出来る。 しかし、それは我ら王族もそうなのだよ」

 意外な答えにミシェルは大きく目を見開いた。

「そんな……。 でも僕は同調していない相手にすら負けているのですよ……!?」

 信じられない! とギルバートに敗北しているミシェルは信じられないと言った様子で声を荒げた。

「それはまだミハエルが力に目覚めていないからだ」とアレックスは矢で射貫くような声音で言った。

 力に目覚めていない……?

 ますます訳が解らないと言った彼女の様子に、アレックスは一息吐いてゆっくりとその意味を話した。

「先ほども言った通り、漆黒の民や我ら王族は元から持っている戦闘能力が高い。 では何故、ミハエルの戦闘能力は平均的なのか? それは、ミハエル自身の気持ちにあるのだ」

「僕自身の気持ち……?」

 そうだ、とアレックスは首を縦に振る。

「ミハエルよ、お前は何か劣等感を感じていないか?」

 鼓動が高鳴る。

 父の言葉に覚えがあったからだ。

 小等部一年生の頃、パートナー選びで誰とも同調出来ずに一人取り残されてしまった事。 それがきっかけでよく周りから白い目で見られる毎日。 飛んでくる暴力に抗えず、ずっと孤独というものを味わった所為か、いつの間にかミハエルは独り、ただただ心を閉ざしていた。

「その劣等感を乗り越えた時、ミハエル、お前は更なる強さを手に入れることが出来る」

 更なる強さ……。

「いつまでもレオンの背中に隠れる訳にはいかないだろう?」

 そうだ。 僕はレオンのパートナーだ。 なのに何故僕は彼の隣ではなく、背後に隠れているのだろう? 堂々と、彼の隣に立ちたい……! 肩を並べたい……!

「どうすれば……、良いのですか……?」

 懇願する様に弱々しく問いかけてくるミハエルに対し、アレックスは愛おしい者を見る目で答えた。

「学校が終わった後、レオンと共に城に戻ってきなさい。 城にある訓練場で鍛錬するのだ」

「本当にここで力を目覚めさせることが出来るのですか?」

「それは解らない。 最終的にはミハエル自身が悟らなければならないのだからな」

 僕自身が悟らなければ……、か……。

 力に目覚めることが出来るかどうかも解らない不安に駆られた時、不意に右肩を触れられた。

 そちらに目をやると、レオンが大丈夫と言わんばかりに微笑んでいた。

「俺もついているから安心しろ」

 またも彼の信憑性の無い発言に、ミハエルは思わず口元を緩めてしまった。

 何だろう……、レオンがそう言うと何だか本当に劣等感を乗り越えらえれる気がしてならない。

 そんな事を思っていると、あ、そうそう、とアレックスが何かを思い出したかのように口を開いた。

「言い忘れていたが、ミハエル。 彼は君の婚約者だから」

 刹那、ミシェルの中で時が止まった。

 へ? 婚約者? それってあの……?

 徐々に理解していく内に彼女は「えぇっ!?」と顔を真っ赤に染めた。

「こっ、こここっ、婚約者って、そんなっ……! ま、まだ僕たちに結婚の話は早いというか……、なっ、何故婚約が決まっているのですか!?」

 狼狽えるミシェルにアレックスはしてやったりと悪い笑みを浮かべながらそれについて答えを返した。

「何故って、王族と一族の間での決まりだからな。 王族の子と同年代で最強の漆黒の民の人間を婚約させると言う、な」

「レオンを宜しくな」とどさくさに紛れて自分の息子を負かせるカール。

「幸せにね?」とどこか他人事のようにシェリーは微笑んだ。

 将来の相手が決まっている事にどこか複雑な気持ちに襲われるミシェルであったのだった。



 あれからお互い黙ったまま学生寮へと戻ってきたレオンとミシェル。

 リビングに戻ると夕暮れの日差しでそこは橙色に染まっていた。

「ねえ、レオン?」

 ミシェルはリビングにあるカーテンを閉めながらレオンに声を掛けた。

 彼は「何だ?」とリビングの照明をつけて聞き返す。

「婚約が決まっているのだけどさ、その……、君は良いの?」

 どこか恥ずかしそうにしながらミシェルはそそくさと自分の部屋へと移動してカーテンを閉めて再びリビングへと戻る。

「まあ、正直、結婚てのはよく解らない」

 でも、とレオンは自分の部屋のカーテンを閉めた後、リビングへと移動し、ミシェルと向き合って言葉を続けた。

「俺はミシェルと一緒にいたいと思っている」

 告白にも似た言葉に、ミシェルはどこか嬉しそうに頬を朱に染め顔を俯かせる。

「ありがとう……。 僕、頑張るよ!」

 決意を露わにした彼女が台所へと向かおうとしたその時、不意にレオンに肩を掴まれそれを静止された。

「どうしたの?」と聴くと、レオンは微笑みながら「まだミシェルの女装を見てない」と返した。

 ヴェッ!? とミシェルは思わず可笑しな声を上げた。

 そう言えばそんな約束してたなぁ……、とミシェルは頭を抱える。

 しかし、約束は約束。

 彼女はレオンをリビングにあるソファに座らせて自分の部屋へと戻った。

 それから数分して、ミシェルは扉からヒョコッと顔だけ出して口を開いた。

「あ、あのさ……?」

「どうした?」

「絶対に笑わないと約束してくれる?」

「勿論」

「絶対だからね!」

 勇気を振り絞ってミシェルは部屋から出てきた。

「ど、どうかな……?」

 白の袖なしワンピースに紺色のレギンスを着用したミシェル。 彼女の小柄な身長と、その健康的なスリムな身体つきが絶妙にマッチしていた。

 小動物の様な可愛さに、レオンは思わず目を奪われていた。

 何の反応を示さない様に見えたのか、「やっぱり似合わない?」とミシェルはどこか不安を覚える。

 我に返ったレオンは「いや、似合いすぎていて思わず見惚れていた」と包み隠さずに答えた。

 その言葉に、ミシェルは安堵したのか、ホッと胸を撫で下ろした。

「夕飯作るか」

 対してミシェルは首を縦に振ってレオンと共に夕食の支度をするのであった。

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