第3話『怒れる稲妻』

 昼休み、ミシェルは一人、レオンには内緒で人気の少ない校舎裏に向かっていた。

「よう、落ちこぼれ」

 そこで待っていたのはあの悪名高い双子兄弟だった。

 その片割れである金髪オールバックのギルバート・ウィリアムスは「落ちこぼれ」と言うフレーズを強調しながら彼女を煽る。

 しかし、ミシェルは気にする事無く、寧ろ呆れる様に鼻で溜息を吐いた。

 そんな彼女の態度が癪に障ったのか、ギルバートは片眉をピクリと上げた。

「あのレオンとか言う男と同調してから随分と偉そうにしてるじゃねぇか」

 別に偉そうになんかしていない、とはミシェルは反論しなかった。

 一つ言わせて貰うぜ、とギルバートは彼女の方へとゆっくりと近づいていく。

「テメェが俺に勝ったのはあの男の力があったからだ」

 ギルバートは勢いよく彼女の胸座を掴み、そのまま壁に叩き付けて言葉を続ける。

「一対一なら負けねぇ……!」

 彼は何故ここまでして僕に付き纏うんだ? 昔はあんなに正義感に溢れて優しい人だったのに……。

 変わり果ててしまった今のギルバートの姿を見て、ミシェルは何だか遣る瀬無い気持ちに襲われる。

「僕と戦いたいの?」

 自分の胸座を掴んでいるギルバートの手首を掴みながらミシェルは問うた。

 あ? とギルバートが青筋を浮かべると同時にそのままミシェルに投げ飛ばされた。

 こうなる事を予想していなかったのか、宙に浮いているギルバートは呆然とした表情を浮かべたままそのまま地面に落下した。

「兄さん!?」

 アルバートが駆け寄る。

 俺、投げ飛ばされたのか? あの雑魚に?

「忘れているようだけど、僕は同調していない相手ならそれなりに戦えるんだ」

 彼女の言葉は耳には入らなかった。

 ただ投げ飛ばされた事を徐々に認識していく内に彼は怒りを覚え歯ぎしりをする。

 クソが!

 ギルバートは立ち上がるとミシェルを指差して叫ぶ。

「放課後、決闘しろ! 俺を投げ飛ばしたことを後悔させてやる!」

 それに対してミシェルは「望むところだ!」と声を張り上げながらそれに応じたのだった。



 放課後。

 渡り廊下でミシェルはレオン、生徒会長のベネットにそのパートナー兼副会長のジミー、生徒会庶務のフィリップ、そしてそのパートナーで生徒会書記を務めるジョニーに囲まれながら目的地である第三闘技場へと向かっていた。

「本当に大丈夫か?」

 心配するレオンに「大丈夫! 一対一ならそれなりに戦えるよ!」とミシェルは笑って返した。

「大丈夫ですよ、レオンさん! 何かあったら自分たちが止めます!」と親指を立てるフィリップに「勝手に俺たちを巻き込むんじゃない」とジョニーが呆れる様に溜息を吐いた。

「それにしても本当に大丈夫なのか? 相手は一人だと言ってもあのギルバートだぞ? 何か汚い策を考えているかもしれない」

 ベネットの言葉にミシェルは「心配してくれてありがとう。 でも、折角一対一で戦えるんだ。 この機を逃す訳にはいかない」と拳を強く握り締め、真っ直ぐ前を見た。

「そうだな、ミシェル。 一発噛ましてこい」と優しく肩を叩いてくるレオンに対して「任せて!」とミシェルは親指を立てた。

 こうして話していく内に第三闘技場に辿り着いたミシェル一向。

そのステージには、

「よう、落ちこぼれ」

 電気をバチバチと発しながら準備万端なギルバートが待っていた。

「逃げずに来たことは褒めてやるぜ?」

 両手を広げて鼻で笑う彼に「誰が君みたいな人間に逃げるもんか」とミシェルは鋭い眼差しを向ける。

 その態度が癪に障ったのか、ギルバートは青筋を少し浮かべながら「まさかお前……、一対一なら俺に勝てるとでも思っているのか……?」と怒気の含んだ低い声で言った。

 ミシェルはそれに怯む事無く「勿論」と断言した。

 刹那、ギルバートは勢いよく地団駄を踏んで石で出来ているステージに罅を入れた。

「面白い事を言うな? 気に入ったぜ。 じわじわと痛めつけてやる……!」

 鬼の形相を浮かべているギルバートを見て、その後方で不安を抱くアルバート。

 ミシェル……、どうか生き延びてくれ……。 怒りの頂点に達した兄さんは流石に僕でも止められない……。

 内心でそう祈ると、不意にミシェルと目が合う。

 彼女は優しく微笑んで大丈夫と言う様に首を僅かに縦に振る。 その瞳に迷いは無く、強い信念と言うものが感じ取れた。

「始めるぞ!」

 ギルバートに促され、ステージへと上がるミシェル。

「審判は俺がやろう」と率先して出たのは生徒会長のベネット。

 彼はギルバートとミシェルの間から少し離れた場所に移動する。

「これより、ギルバート・ウィリアムスとミシェル・ブライトの試合を始める」

 両者構えて、と言う言葉に戦闘の態勢に入る二人。

 ベネットは腕を前に出し、そのまま、

「始め!」

 腕を振り上げた。

「行くぜオイッ!」

 先手を切ったのはギルバート。

 彼は腕をミシェルに向けて伸ばし、

「サンダー・アロー!」

 と雷の矢を放った。

「ライト・シールド!」

 ミシェルは光の盾を展開してそれを防ぐ。

 その間にギルバートが既に距離を詰めており、拳に雷を纏って放ってきた。

「雷拳!」

 降りかかる雷の拳をミシェルはバックステップで回避した。

「今のを避けたのはギルバートの腕に雷が纏っていたからで良いんだよな?」と言うレオンの疑問に「ああ、そうだ」とジミーが初めて口を開いてそれに応えた。

 クールな見た目に似合わない低い声音をしていたので驚いた。

 それに構わずジミーはギルバートの繰り出す技の説明をする。

「ヤツはああやって雷を身体に纏わせる事で一切相手に触れさせないんだ。 あの状態のヤツを倒すには魔法か……」

「魔力切れを狙うか、だな?」

 レオンの言葉に、地味は小さく頷いた。

「ライト・アロー!」

 ミシェルは三本の光の矢を精製してギルバートに放つ。

 しかし、彼はそれを難なくかわして彼女に距離を詰めて雷を纏った拳や蹴りを放っていく。

 ギルバートに触れられない様にミシェルはそれを必死に避けては距離を取り、魔法を放つ。

 これでは先に進まないと感じたギルバートは小さく舌打ちをすると共に身体に纏っていた雷の放出を止めた。

 チャンス! と感じたミシェルは目にも留まらぬ速さで一気に彼との距離を縮めて拳を放った。

「ダメだミシェル!」

 レオンが制止をかけるが時既に遅かった。

 ギルバートの口角が上がる。

 それを不気味感じた時には身体に電流が走っていた。

 ミシェルは声にならない悲鳴を上げてその場に倒れ込んだ。

 しまった……、電気を纏うのを止めたのは僕に攻撃を誘う為だったのか……!

「へへっ! 相変わらずテメェは爪が甘ぇな?」

 そう言ってギルバートは倒れているミシェルの胸座を掴みそのまま持ち上げる。

「だからいつまで経っても俺に勝てねぇんだよ……!」

 その言葉がミシェルの闘争心に火を付けたのか、彼女はキッ! とギルバートを睨みつけ、痺れる身体に鞭打ちながら彼の顎を勢いよく蹴り上げた。

 まさか、あの状態で反撃されるとは思ってもいなかったのかギルバートは諸にくらってしまい、そのまま後退る。

 それに追い打ちをかける様にミシェルは今までの鬱憤を晴らすよう彼の顔面に拳を一発、二発、三発とラッシュしていった。

 勢いよく倒れるギルバート。

 目前に広がる青空を呆然と眺めながら、今起こっている状況を確認する。

 俺、殴られたのか……? あの雑魚に……?

 ギルバートは未だに信じられずにゆっくりと痛む口元を指先で触れる。

 血……、俺の……?

 指先についている自分の血を見ていく内に、ギルバートは歯ぎしりをしながら強く立ち上がると同時に耳に響く様な咆哮を上げた。

 すると、晴れていた空に黒い雲がかかる。

 それに見覚えがある弟のアルバートは戦慄を覚え、「ミシェル、逃げて!」と叫んだ。

「え……?」

「死ね……! サンダー・ボルト!」

 黒雲から勢いよく落雷がミシェルに降りかかった!

 余りの速さにミシェルは回避出来ぬまま直撃した。

「ミシェル!」

 レオンたちはすぐさま倒れているミシェルの下へと駆け付ける。

「ミシェル! おい! しっかりしろ!」と焦るレオンに対して「取り敢えず医務室へと連れて行くぞ!」とジミーが指示する。

「ギルバート! いったい何を考えているんだ!? 最上級魔法を使うなんて正気の沙汰じゃない!」

 ベネットが非難すると「加減はした。 さっさと医務室に連れて行くんだな」と顔色を変えずにアルバートと共に去って行った。

 こうして、ミシェルとギルバートとの決闘は幕を閉じたのだった。



 瞼を開くと目前には自分のパートナー、レオンが椅子に座って眠っていた。

 ミシェルは上半身を起こそうとしたが痛みでそれが出来なかった。

「安静にしていなさい」

 不意に保険医の声が耳に入る。

 白いカーテンが開かれ、現れるは腰まで伸びた白い髪に、病人の様に白い肌が特徴的な長身の男。 瞳は赤く、全てを見通す様な鋭い目つきをしている。

 彼はユナイテッド学園で保険医を務めているアントニー・ジョンソン。

 腕利きの名医でもある。

 アントニーは深く溜息を吐いて口を開いた。

「アナタ、あのギルバートと決闘したそうですね?」

 どこか説教染みた声音にミシェルは視線を落として「はい……」と弱々しく肯定した。

 するとアントニーは呆れる様に再び溜息を吐いて「あの気性の荒い子の事です。 こうなることを予想出来たのでは?」と問うた。

「いつまでも彼に怯える訳にはいきませんので。 倒せる内に倒しておかないとって思いました」とミシェルはどこか悔しそうな声音で返した。

 そうですか、とアントニーはさほど興味を示す事無く液状の薬が入った瓶を空けて彼女の口元に近付ける。

 拒否したかったが、早く身体を回復させてレオンを安心させようと思い、我慢してそれを飲んでいく。

 苦い。 非常に苦い。 ブラックコーヒーとはまた違った苦み。

 余りの苦さに今の自分の顔はとても酷い表情を浮かべているのだろう。

「少ししたら、動ける程度には回復します。 そしたらパートナーと部屋に戻って安静にしていなさい」

 それだけを告げるとアントニーは自分の作業机に戻り、椅子に腰を掛けて仕事を再開する。

 ミシェルはレオンの方へと視線を向ける。

 パートナーが傷を負って倒れていると言うのに、彼の寝顔はとても心地良さそうにしていた。

 まったく、と言った感じでミシェルは溜息を吐き、白い天井を眺めた。

 僕、敗けたんだよね……。

 不意にギルバートとの決闘を思い出す。

 一対一でも勝てなかった……。 これでもそれなりに鍛錬してきた筈なのに……。 彼に敗北した……。

 思い出せば思い出す程、悔しさが込み上げてくる。

「ん……」

 レオンが目を覚ます。

「ミシェル……?」

 彼女の顔を見て、レオンは大きく瞼を開くがすぐに優しい笑みを浮かべて、そっとミシェルの目元に溜まっている涙を掬い取った。

「レオン……、ゴメンね?」

「何を謝る必要があるんだ?」

「僕、勝てなかったよ……。 一対一なら勝てると思って決闘を受けた結果がこれだよ」

 おかしいよね、とミシェルが自傷する様に笑うとレオンは特に顔色を変えずに「別におかしいことはないぞ?」と返した。

「お前は立派に立ち向かった。 敗けたとはいえ、アイツに四発もくらわしてやったんだ。 寧ろ誇れよ」

 ミシェルは勇敢なヤツだ、とレオンはニッと笑って彼女の頭を優しく撫でた。

 その優しさに、ミシェルはどこか納得出来ない気持ちに襲われる。

「ミシェル」

 そんな彼女の心情を察したのか、レオンは真面目な表情を浮かべながら次の言葉を放った。

「今回は確かに負けてしまった。 それによりお前の中でどこかパートナーとしての面子が立たなくなっていると感じているだろう。 でもな、完璧な人間なんていないんだぜ? 以前生徒会コンビと戦った時にも言ったが、欠けている部分は、努力すればそれなりに補える。 ゆっくりと強くなっていこうぜ? 俺も一緒に頑張るからさ。 焦らず、ゆっくりとな!」

 焦らず、ゆっくりと……。

 思いやりが感じるレオンの言葉にミシェルは温かみを感じたのか、自然とその口元は緩み、気が付けば彼の背中に腕を通していた。

 レオンもそれに応える様に彼女を優しく抱きしめた。

「今日、ギルバートと決闘する事が決まった時、チャンスだって思ってたんだ」

「うん」

「僕、決して彼を甞めていた訳では無いんだ。 勝算もあったんだ」

「うん」

「でも、負けちゃった」

「うん」

「僕、頑張ったよ? 彼に、四発も噛ましてやったんだ」

「あれは俺もスッキリしたぜ」

「僕、もっともっと強くなるから……! いつかギルバートを超えてみせるから……!」

「うん」

「だからお願い……。 レオン、僕を見捨てないで……!」

 懇願とも言えるミシェルの言葉にレオンは彼女を抱きしめる力を少しだけ加えて言った。

「見捨てる訳ないだろ。 これからもずっと一緒だよ」

 それが嬉しかったのか、ミシェルはそのまま小さく嗚咽する。

 レオンはただ黙って、自分の腹部で震える彼女をただ抱きしめるのであった。


 僕、強くなるから……!

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