第2話『生徒会長』

「バレてしまったか」

 ミシェルは特に焦る事無く舌を出して笑った。

「何故こんな格好をしているのか」と彼女は窓のカーテンを閉めながら説明を始めた。

「僕の父さんから男の格好をするのを強いられたんだ」

 へぇ……、とレオンは特に気にしていない様子で部屋にある照明の電源を入れる。

「驚かないんだね?」

「別に、事情は人それぞれだろ」

 そんな彼のさっぱりとした態度にミシェルは安堵したのかホッと胸を撫で下ろした。

「そう言えば、君は何者なんだい?」

「何者とは?」

「僕は今まで誰とも同調出来なかった。 でも君だけは違った。 ましてや同調率一〇〇パーセントなんて出会ってばかりの僕らが容易に成せることじゃないと思うんだ」

そう、同調率一〇〇パーセントは出会ったばかりの人間が用意に成せる芸当ではない。 しかし、レオンはそんな常識を蹴落とす様に覆した。 対して彼はばつが悪そうに勢いよく頭を掻きながら彼女から目を逸らした。

「こればっかりは体質としか言いようがないな」

「僕以外にもそんな芸当が出来るの?」

 その問いに、レオンは「可能だ」と返す。

 それによりミシェルは「そう……」とどこか残念そうに顔を俯かせた。

「まあ、どんな形であれ、俺はお前のパートナーだ」

 宜しく、とレオンは彼女に右手を差し出し、ミシェルは嬉しそうに笑ってそれを握り返したのだった。



 翌日の朝、レオンはミシェルと共に登校している途中、後方から声を掛けられた。

 二人は声の方へと振り向くと、昨日自分たちと一戦を交えた不良双子の片割れ、アルバートが駆けてきたのだ。

 レオンは警戒してミシェルを守ろうと前に出ようとするが、彼女に肩を置かれそれを静止された。

 アルバートは二人との距離を縮めると同時に深く頭を下げた。

「ミシェル、いつもゴメンね?」

 彼の意外な発言にレオンは目を丸くして「どういうことだ?」とミシェルに聴くと「彼はアルバート・ウィリアムス。 双子の兄のギルバートとは真逆の性格をしているんだ」と返された。

 フーン、と適当に相槌を打ってレオンはアルバートに目を向ける。

 確かに彼はギルバートとは違い、緑色の髪をしており、前髪を下ろしている。 身長はレオンと同じくらいで華奢な身体つきをしており、その優しそうな雰囲気からどことなく頼りない何かを感じた。

 違いと言えば目つきだろうか。 顔形はしっかりと似ているが、ギルバートの方は何かを憎んでいる様な輝きを放っている。

「君、確かレオンくんだったよね?」

「レオンで良い」

「そうか、じゃあレオン。 余り良いイメージを持ってくれてないと思うだろうけど、どうか僕たち双子を宜しく頼む」

 そう言ってアルバートは右手をレオンに差し出す。

 特に拒否する理由も無いのでレオンは「宜しく」と言ってそれを握り返した。

「そう言えばそのギルバートは?」

 肝心の双子の兄の存在がいない事を口にするとアルバートは「兄さんは昨日初めてミシェルに敗けたからね。 行く気になれないと言って部屋に籠っているよ」と呆れるような笑みを浮かべた。

 なんじゃそりゃ、とレオンは感じたがギルバートのプライドの高さを考えればおかしな話でもないかと一人合点した。

「レオンは闇属性の魔法が使えるんだね」

 驚いたよ、というアルバートの言葉にレオンは「そんなに驚くものなのか?」と首を傾げる。

 それに対してミシェルは「闇属性は七大属性の中で最も希少とされる属性だよ」と説明した。

「現国王の妻も闇属性を使えるんだ」

 アルバートの補足にへぇ……、とレオンは特に興味を示さないと言った振る舞いで学校へと歩を進めるのだった。

 現国王の妻、か……。



 教室に辿り着いたレオン一向はそれぞれの席に通学鞄を置いた時、それはやってきた。

「レオンさん!」

 レオンは声を掛けられた方へと視線を向けるとそこにはミシェルと同じくらいの体格をした小さな少年がいた。

 短く切り揃えられた灰色の髪、円らな赤い瞳はどこか人懐っこい子犬の様な可愛らしさがあった。

「何だ?」と聴くと、少年は失礼しました、と一礼をして「自分、フィリップと言います! 生徒会で庶務を務めてます!」と自己紹介してきた。

 生徒会という言葉に少し離れている席に座っているアルバートがピクリと反応する。

「そうか。 で、何の用だ?」

 特に気にしないと言った様子のレオンに「無関心ですか……」と苦い笑みを浮かべるもフィリップは自分が生徒会長に頼まれた事を思い出して口を開く。

「生徒会長が昼休みパートナーのミシェルさんと共に生徒会室に来るようにとの事です!」

 その瞬間、隣に座っているミシェルが勢いよく立ち上がりフィリップに詰め寄った。

「生徒会長が僕たちに何の用だい?」というミシェルの問いにフィリップは「それは自分にも解りません。 行ってみれば解ると思いますよ」と言って笑った。

 どうする? とミシェルがレオンに目を合わせると彼は「じゃ、向かってみるか」と両腕を頭の後ろに回した。



 昼休み、昼食を摂ったレオンとミシェルはフィリップの先導の下、生徒会室の前へと辿り着いた。

 フィリップはノックを三回鳴らすと「入ってくれ」と中から男の子の声が聞こえたので「失礼します」と扉を開いて中へと足を踏み入れる。

「よく来たね」と口を開くは燃えるような赤い髪が特徴的な少年だった。

「アンタが生徒会長か?」

 レオンの急な発言に「失礼だよ!」と慌てて小声で注意するミシェル。

「如何にも。 俺がこのユナイテッド魔法学園の小等部生徒会長を務めるベネット・バーンだ」

「それで、その生徒会長が俺たち二人に何の用だ?」

「そうだね。 急で申し訳ないが君たち二人には風紀委員を任せたいんだ」

 僕たちが風紀委員を!? とミシェルが驚愕の声を上げる。

 何故自分たちなのかレオンがその理由を聞くと、どうやら風雷坊と呼ばれる不良双子兄弟の力が強力過ぎて対処出来る者がいなかったと言う事。 しかし、レオンが転校してきてミシェルと同調し風雷坊を圧倒した事から任せたいと考えたらしい。

「なるほど。 確かにそれは俺たちが適任だな」

「やってくれるかい?」

「いや、止めておくよ」

 するとその場にいる生徒会メンバー全員が勢いよく立ち上がった。

「それは何故だい?」とベネットが問うとレオンは「面倒臭そうだから」と頭を掻いて笑った。

「貴様! たったそれだけの理由で断るのか!?」

 声を荒げるは生徒会書記を務めているジョニーだった。

 レオンは顔色を変える事無く「ああ。 何か問題でも?」と返した。

「貴様……!」とレオンに突っかかっていこうとしたジョニーに「止めろ」とベネットが制止する。

「しかし!」

「ジョニー」

 荒ぶるジョニーに対してベネットは少し低い声音で威圧する。

 それに危機を感じたジョニーは冷や汗を掻きながら「すみません……」と席に座る。

「すまないね。 彼は少々生真面目過ぎる所があるからな。 どうか許してやってほしい」

 ベネットの謝罪に「別に構わないぜ。 そういうヤツは嫌いじゃない」とレオンは微笑した。

「ありがたい。 所でもう一つお願いがあるのだが」

「何だ?」

「どうか俺たち二人と手合せ願いたい」

 そう言ってベネットは自分のパートナー兼生徒会副会長のジミー・アクアンの隣に移動する。

「止めておいた方が良いよ」とミシェルが止めに入る。

「何故だ?」とレオンが聴くとミシェルは「彼らは学年で一、二を争う実力者だ。 僕たちが叶う相手じゃないよ」と弱々しく答えた。

「何でそう言い切れるんだ?」

「え?」

 何でって、とミシェルはレオンから目を逸らしその理由を探す。

 答えを言うよりも先に彼の口が開いた。

「俺とミシェルがコンビを組んだのはつい昨日の事だ。 そして俺たちは悪名高い双子を倒したんだ」

「それでも生徒会長と渡り合える理由には……」

「なるさ。 何故、その生徒会長が俺たちにわざわざ風紀委員になる事をお願いしたか解るか?」

 そうか、生徒会でも手に負えない相手だからか……! と答えに気付くミシェル。

「どうやら、気づいた様だな。 それに、これは俺たちの実力がどこまで通用するか良い機会だ。 俺たちの実力が皆に知れ渡れば誰もミシェルを馬鹿にしなくなる」

 馬鹿にしなくなる。 それは、今まで誰とも同調出来ずに苦汁の日々を送っていたミシェルにとってはこの上ない魅力的な言葉だった。

 例え負ける事になったとしても、この試合で十分な結果を残せれば誰も自分を馬鹿にしなくなる。

「やろう」

 ミシェルの言葉にレオンは口元を緩めた。

「どうやら決まったようだね。 それじゃ、今日の放課後、第三闘技場でやり合おう」

 それをレオンとミシェルは承諾して、自分たちの教室へと帰ったのだった。



 そして待ちに待った放課後。

 第三闘技場に辿り着いたレオンとミシェル。

 そこにある観客席には生徒会コンビと風雷坊を倒したレオンミシェルのコンビが試合をする事を聴きつけた沢山の生徒と教員たちが座っていた。

 暇人なんだな、とレオンは観客席に座っている観客たちを見回していると対戦相手のベネットとそのパートナー、ジミーが現れた。

「俺の我が侭を聴いてもらって感謝するよ」

 礼を告げるベネットにレオンは気にするなと微笑んだ。

「では、始めようか」

 ベネットの言葉と共に、審判がやってきた。

 審判はある一定の距離まで近づくと「二組とも準備は良いかい?」と聴いてきた。

「問題ない」とレオンは答えた。

「問題ないです」とミシェルも答える。

 二人の言葉に続く様にベネットとジミーも「同じく」と告げた。

 対して審判は頷き、「両者構えて」と手を前に出す。

 それと同時に戦闘の態勢に入るレオン、ミシェルコンビと生徒会コンビ。

 始まる、と観客席に座っている観客たちは一斉に静まり返りその様子を黙って眺めていた。

「始め!」

 審判の手が振り上げられる。

『同調!』

 二組は同時に同調アイテムを用いてパートナーと融合する。

 ジミーと同調したベネットの姿は姿形は彼のままで、髪と目の色はパートナー特有の青色をしていた。

「さあ、始めようか。 『ミスト』!」

 ベネットの同調体は魔法名を唱えると辺りは白い霧に包まれた。

 視界が真っ白で何も見えない状態で同調体の状態になっているレオンが「何だコレ?」と辺りを見渡す。

 これは生徒会長コンビが得意とする水と炎の混合魔法。 水を炎で蒸発させて霧を造っているんだ、とミシェルが意志を送って説明する。

 視界を遮って何をする気だ? とレオンが思ったその時だった。

「っ!?」

 背後から気配を感じ取ったレオンの同調体は素早くその位置から離れた。

「ほう? あれを避けるとは流石だな」と突然現れて攻撃してきた生徒会コンビの同調体は関心しながら再び霧の中へと姿を晦ました。

 レオンとミシェルの同調体は静かに瞼を閉じて全神経を研ぎ澄まして次の相手の出方に備える。

「グッ!?」

 右側から少し遅れて気配を感じ取ったレオンとミシェルの同調体は素早く両腕でその攻撃を受け止めた。

 反撃をしようとしたが、すぐに敵の同調体は霧の中へと姿を隠した。

 レオン、どうするの?

 少し焦った様子で意思を送ってくるミシェルに対して、レオンはまあ落ち着けよ、と至って冷静な調子で彼女を宥めた。

 俺に考えがある。

 そう意思疎通しながらレオンとミシェルの同調体は再び瞼を閉じて敵の気配を探る。

 相手が攻撃をしてきてはそれを避けたり、受け止めたりする。

 避けて、受け止めて、避けて、受け止めて……。

 そんな事を繰り返していく内に時間は刻一刻と過ぎて行く。

 観客席で見ている観客たちは生徒会コンビが発生させた霧のせいで中で何が起こっているのか解らぬまま、ただ盛り上がる事無く詰まらなさそうにその様子を黙って見つめていた。

 それからかれこれ一時間が経過した。

 レオン! このままじゃ埒が明かないよ!

 防戦一方の状態に少し心に乱れが生じ始めたミシェルに、レオンはそろそろ奴らの動きが止まる筈だから今は一緒に耐えよう、と落ち着かせる様に意思を送る。

 それってどう言う事? とミシェルが問うたその時、霧がゆっくりと晴れていった。

 そこで一番に目に入ったのは肩で息をしながら疲弊しているベネットとジミーの同調体だった。

 これはいったいどう言う事? とミシェルが聴くと、あの霧は魔法で出来ている。 霧で俺たちの視界を遮るのにも魔力が必要な筈だ。 そして徐々に魔力が消費していくのを突いたのさ、とレオンは説明した。

「まさか、俺たちの欠点を見抜いていたとはな……」と生徒会コンビの同調体は未だに肩で息をしながら必死に立っている。

「危険な賭けだったよ。 俺たちの集中力が途切れるのが先か、お前たちの魔力が切れるのが先か」

 レオンの言葉に、少しばかりの劣等感を覚えるミシェル。

 もし、あの時、自分が集中力を切らして当てずっぽうに攻撃を仕掛けていたらと考えると申し訳ない気持ちで堪らなかった。

「見事だよ」

 そう言ってベネットとジミーの同調体は淡い橙色の光に包まれ分離した。

「降参だ」

 と言って二人同時にその場に腰をついた。

「勝者! レオン、ミシェルコンビ!」

 ワッ! と歓声が沸き上がる。

 凄ぇっ! あの生徒会長と副会長のコンビを負かしやがった!

 あの二人、何者だ!?

 確か片方は『不協和音者』のレッテルを張られていた奴だぞ!

 賞賛の嵐が沸き上がる中、未だ同調しているミシェルは嬉しい気持ちにはなれなかった。

 そんな彼女の気持ちを知らないまま分離したレオンは「やったな!」と親指を立てて笑った。

「そうだね……」とミシェルは無理に笑って見せた。

 普通に動ける位に体力を取り戻したベネットとジミーはレオンたちに近付き右手を差し出した。

「魔闘祭が楽しみだ」

 ベネットが言った魔闘祭と言うフレーズに「なにそれ?」と首を傾げならもレオンは差し出された右手を握り返して握手を交わした。

「それぞれの学年で最強を決める祭りだよ。 小等部は五年生から、中等部、高等部は全学年で行われる」とミシェルは説明しながらジミーの右手を握り返した。

「そうか、そいつは楽しみだな!」

 レオンはそう言ってジミーと握手を交わす。

「次は敗けない」とベネットは宣言してミシェルと握手する。

 今回は何とか勝てた。 でも、次も勝てるのだろうか……? 同調率一〇〇パーセントでも、試合の差は余り無かった。

 このままではいけない、とミシェルは自分が強くなることを決意したのだった。



 午後一七時半を廻った頃、学生寮に辿り着いたレオンとミシェルは夕飯の支度をすべく、冷蔵庫の中から食材を取り出した。

「ねえ、レオン」

 ミシェルはまな板の上に食材を置いて、包丁で切りながら声を掛ける。

「何だ?」とレオンが返すとミシェルはどこか暗い表情を浮かべたまま「今日はゴメンね」と謝罪した。

「何の事だ?」

 米を研ぎながらレオンはその謝罪の理由を聞く。

 対してミシェルは食材を切る手を止めて口を開いた。

「あの試合。 ギリギリだった。 僕がもう少し辛抱強い人間だったら楽に倒せたかもしれない」

 それを聞いたレオンはピタリと米を研ぐ手を止めた。

「じゃあ、それを改善していけば良いんじゃないか?」

「え?」とミシェルは目を丸くした。

 それに構わずレオンは言葉を続ける。

「いい加減な発言に聞こえるかもしれないが。 今日の試合で自分に欠けているものが解ったのだろ? じゃあ、早い話それを改善していけば良い。 すぐに改善出来る訳じゃない。 でも絶対に改善出来ないと言う訳じゃない」

 ミシェル、とレオンは彼女の方へと視線をやる。

 そして天使を思わせる様な優しい笑みを浮かべて言った。

「お前は戦闘のセンスが良い。 同調している時、それがひしひしと伝わる。 ミシェルはもっともっと強くなれる。 保証する」

 本当にいい加減で無責任な発言だが、そのどこか確信を突いた発言にミシェルは僅かに微笑んだ。

「ありがとう、レオン。 僕、魔闘祭まで出来るだけ頑張ってみるね!」

「その粋だ!」とレオンはニッ! と歯を見せて笑った。

 本当に出会えて良かった、とミシェルは心の底から喜びを感じ、鼻歌交じりに料理の続きをするのであった。

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