第22話再会 二
介護士として働いて数年、他人の世話という仕事にようやく慣れ、同期の間での話題は仕事上の相談ではなく、結婚を占めていた。既婚者は夫への不満や子どもの自慢話、未婚者は理想の相手に出会う夢と結婚式への憧れを、暇さえあれば口走っている。
また、施設に住む高齢者は未婚職員に対して、結婚を急かしたり勝手に相手を紹介しようとする。特に女性は結婚が幸せだという、世代間の価値観のずれが目立つ。それならば夫への不満も愛情、幸せのうちなのか、疑問に思う。
「田川さんはべっぴんさんだし人も良いし、嫁の貰い手があってもおかしくないのだけれどねえ」
「もう、お世辞が上手なんですから。でも私が生まれた結婚したら、皆さんに会えなくなるかもしれないのですよ?」
「あら、それは困るわねえ」
こうした会話は日常茶飯事だ。私は生涯独身を貫くと決めているが、世渡りのためそれをあからさまにするわけにはいかない。毎日、職場の先輩だけではなく同期への言い訳を考えるのが面倒で仕方がない。
私が結婚後の生活に希望を感じられないのは、繰り返される既婚者の不満のせいではない。生まれてから十二年間私を振り回したあの女や、次々と変わった相手の男性、そして父の哀れな最期を先に知ってしまったからだ。
誰かに過去をすべて打ち明けたら、無理に私を結婚させようとする人はいなくなるかもしれない。
その代わり、井戸端会議の話題にされてしまう。十二歳の秋から守ってきた「普通」の人という立場を失う。
特に女性が多い職場はそうだ。常時、いじめや噂などを同性同士で共有しなければ、生きるのは難しい。
高校時代に接客のアルバイトを通じて社会を知ったつもりだったけれど、正社員としてフルタイムで働くとなると、社会の目が変わった。
一方、他の業種のアルバイトと共通する点もある。男性のセクハラだ。
高校時代、客から援助交際まがいの誘いを避けるのが大変だった。自分の連絡先を求められたり、裏に相手の電話番号を走り書きしたレシートを突き付けられたりした。
正社員の介護士として働くと、呆けたふりをして体に触れてくる男性の入居者もいる。
他には男性職員に交際を申し込まれたり、女性の入居者同様、無理矢理他の男性を紹介しようとする。
歳を重ねても、所詮は宇宙人なのだーー父、田川秀丸を除く男性という生き物は。
それでも人と接する介護士という道を選び、続けてきたことには理由がある。
私が十二歳のとき、両腕のない父は、私が学校にいる間に舌を噛み切り自殺した。
弁護士の吉田さんによると、私よりも先に父が自分の異変を感じ取っていたそうだ。後から異変に気付いた私は父のために何もできなかった。
義務教育を終え無力な子どもでなくなった今、私が懸命に入居者に尽くすことで、父の供養になればと願っている。
また、私の職場には、児童養護施設とは違ういろいろなことを抱えている人が多い。
老化し不自由な体で嫁に迷惑をかけたくない。
成長した孫がまったく面会に来てくれない。
苦しいリハビリを毎日繰り返すより、早く楽に逝きたい。そう言って、涙を流す。
特に強烈な印象を受けたのは、過去に出兵したと思われる年長の男性が、戦時中の夢を見て叫んだこと。
「お国」
「仲間」
「死」
初めての夜勤でその場に遭遇して以来、私は夜勤の度に何かと身構えてしまう。
他には、痴呆で自分の世界が歪み、数十年前の感覚でさまよう人もいる。
父以外の人を看ることで、経験という私の大きな武器ができつつある。
人はいずれ老いる。そのときこそ、私が介護士として最も活かされる。
それまで、私はーー。
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