第5話新しい生活 一
翌日、ガラララッと乱暴に玄関の引き戸を開ける音が耳に響いた。午前五時ごろだった。
目が覚めて間もないので、何かの塊が見えただけですぐには分からなかった。
そこで二、三回ほど瞬きをしてみると、視界が少しずつ鮮明になった。塊の正体は、上下逆になったうさぎのアップリケだった。
先日義理の親戚になったばかりの富美子が、そこにいた。
私が田川まことになって初めての朝、シンデレラのような生活が始まった。言うまでもなく、王子様や魔法使いに出会う前の話。
この世界の主である義理の従弟をないがしろにする女が、先日対面したばかりの子どもなどにハッピーエンドの展開を見せるはずがなかった。
うさぎの富美子は冷たく棘のある声で起床を促し、眉間に皺を寄せ、私を睨んでいた。
自分を待っているのだと気付いて、私はパジャマを脱いだ。そしてトレーナーとショートパンツを身に着け、最後にニーハイソックスを履いた。
所要時間は普段通り三分もかからなかったはずだけれど、遅い、という声がぼそっと聞こえた。
「ああ、そうそう、この家ではスカートなんて持っていても仕方がないよ。動きづらいだけだからね」
うさぎの富美子は私を台所へ誘導し、炊飯器、冷蔵庫、ガスコンロの順に指差した。
「とりあえず今回だけはご飯を用意したけれど、これからはあんたが朝食と夕食を作りなさい。学校に行っている間は昼食の用意や洗濯物の取り込みはあたしがしてやるけれど、それ以外は全部あんたの仕事だからね。もちろん、父親の面倒も」
うさぎの富美子がすでに私の立場を定めていた。もっとも、あの女、涼子の再婚相手に両腕がないと知った時点で怪しいと思っていたので、大した衝撃ではなかった。
家事などをする女ではないと熟知していたので、割り切ることにした。もちろん、諦めという意味で。
私は早速洗面所に向かい、液体洗剤が入ったボトルを手に取った。そして洗濯機の中で小さな滝が流れたのを確認して蓋を閉じる。
洗濯物を干す前に、冷蔵庫の中身の確認と夕食のメニューを考えるためだ。
早くしないと、うさぎの富美子が余計に機嫌を悪くするだろうな。
そう思いつつ台所へ戻ると、そこにはすでにうさぎの富美子の姿はなかった。
午前五時二十分、壁時計の細長い針が秒を刻んでいた。
小学六年生の私は、学校と箱、二つの狭い世界しか知らない。
仕事というものを理解するのは難しいけれど、一つだけ確かなことがある。
うさぎの富美子には、介護士としての誇りの欠片もないということだ。
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