第5話 明日の君へ
カオステラーの力を借りたシンデレラは想像以上に強く、エクスたちも死力を尽くして戦った。
激闘の末、辛くもシンデレラに膝をつかせたエクスたちだったが、それでもシンデレラは止まらなかった。
うつぶせに倒れ伏し、ドレスを泥だらけにしてもシンデレラは諦めない。
「うっ…まだよ。まだ、終わるわけには…」
「シンデレラ…」
いまだ起き上がって戦おうとするシンデレラ。
シンデレラはもう満身創痍だ。それでもなお、立ち上がることをあきらめられないほど、彼女の思いは強かった。エクスはそんなシンデレラをみて顔をゆがめる。
もう立ち上がらないでくれ。
これ以上、君と戦いたくないんだ。
それでも、よろよろとゆっくりではあるが、シンデレラは立ち上がった。
しかしさすがに体の方は限界なのか、ふらりと体が傾く。
「……まだ、わたしは―――…あっ……」
エクスは倒れかけたシンデレラに近寄って、その体を受け止め、ぎゅっと抱きしめた。
「もう、いいんだ…やめてくれ、シンデレラ……」
強く強く。
エクスはシンデレラを抱きしめる。
「君はさっき、『じぶんはひとりぼっちだ。誰も理解してくれない』って言ってたよね。」
「……そうよ。わたしに味方なんていない。ずっと一人きりだった。あなたがいなくなったら、これからもきっと―――」
―――わたしは、ひとりぼっちだ。
涙声でかすれかすれに、切実な様子で訴えるシンデレラ。
エクスのいなくなった未来を想像したのか、体をぶるっと震わせる。それはまるで暗闇に怯える幼子のようで。
エクスはゆっくりと、言い聞かせるようにしてシンデレラに語り掛ける。
「シンデレラ。君は勘違いをしているよ。」
「勘、違い?」
「そう。君は、ひとりなんかじゃない。」
エクスには、暗闇に怯えるシンデレラに伝えなければならないことがあった。
エクスが考え抜いた末に出した結論。それがシンデレラにとっての答えになるのかは分からないが、少なくともエクスにとっての答えはこれだった。
「僕は確かに、君と一緒にはいられない。だけど約束するよ。どこにいても、君のことを好きでいる。絶対に忘れたりしない。」
シンデレラはきっと不安だったのだろう。このまま自分が誰の目にも留まらず、ただ道端の石ころのようにしてずっと孤独に生きていくのでは。継母からは人として扱われず、いつまでたっても王子様は現れない生活の中で、そんな恐怖を抱いていたのだろう。
「いずれ君は誰よりも幸せになる。運命にそう決められてるからじゃないよ。君はきっと、自分の力で幸せを勝ち取ることが出来る人だ。僕が保証する。」
だからエクスは彼女を安心させてやらねばならない。
君は一人じゃない。僕は一緒にいられないけれど、心はずっと、君のそばに。
そう言い聞かせ続けなければならない。
「…本当に? 嘘じゃ、ない?」
「約束する、必ず。」
不安そうに問いかけるシンデレラに、エクスは力強くうなずく。
なぜならエクスは、ずっとそばで『シンデレラ』を見てきたのだから。幼馴染と同じように、苛酷な『シンデレラ』の運命に耐え抜いた目の前の少女が、幸せを勝ち取れないなどありえない。
「…そっか。そっかぁ…」
エクスの言葉を聞いて、泣き笑いのような表情になるシンデレラ。
「……そうね。唯一わたしのことを考えてくれる、他ならない貴方が言うのなら。わたし頑張ってみる。頑張って、幸せになるよ。ごめんね、わがままばっかり言っちゃって。」
―――ありがとう、エクス。
そう言い残して、シンデレラは気を失った。散々エクスたちと戦って、体力も限界だったのだろう。その姿は暴走する前の姿に戻っていて、カオステラーの存在はもう感じられなくなっていた。
*****
レイナ、シェイン、タオはただ黙って、エクスとシンデレラのやり取りを見守っていた。シンデレラが気を失って、カオステラーが消えてしまったことを感じたレイナは、恐る恐るエクスに歩み寄る。
「カオステラーがとりついている間の記憶は、シンデレラには無いわ。」
シンデレラをかき抱くエクスを複雑そうな表情で見つめながら、レイナが言った。
「いつからこの子にカオステラーが憑りついていたのかは分からないけれど、たぶんあなたのことは全部忘れてしまっていると思う。」
「…そっか、うん。その方がいい。」
レイナの言葉を噛みしめるようにして、エクスは頷いた。
しばらくして、エクスの腕の中で気を失っていたはずのシンデレラがもぞもぞと動き出す。どうやらエクスとレイナの声で目を覚ましたようだ。
「ん、むぅ………あら、ここは?」
「おはよう、シンデレラ」
意識を取り戻したシンデレラに、エクスは優し気に微笑む。密かに、シンデレラはこのまま永遠に目を覚まさないんじゃないか、なんて心配をしていたエクスは心の中でほっと安堵のため息をつく。
しかし次のシンデレラの一言で、エクスの表情が凍りついた。
「あなたは……だれ?」
「っ!」
覚悟はしていたことだが、やはりシンデレラはエクスのことを覚えていないらしい。
―――初めてこの子に会ったときみたいだ。
昨日、目の前のシンデレラに出会ったときのことを思い出して、エクスは少しだけ俯く。
「どうしたの?」
そんなエクスの様子の変化を疑問に思ったののか、シンデレラが首をかしげる。しかしエクスはすぐに顔を上げ、優し気な笑みを張り付けて答えた。
「なんでもないよ。僕の名前はエクス――…それよりいいのかい? もうすぐお城で舞踏会が始まってしまうよ。」
「まぁ! はやく行かないと!」
「フェアリーゴッドマザーももう家に来ているだろうね。急いだほうがいいよ。王子様がお城で待ってるんだから。」
エクスの言葉にハッとしたような顔になるシンデレラ。慌てて家の方へと駆け出す。
エクスはそんな彼女を、ただ見送っていた。
憑き物が取れたような、しかしどこか淋し気な顔で。
と、そのとき。
不意にシンデレラが、エクスの方に振り返ってほのかに笑う。
そして微かに口をうごかした。
――― ばいばい。 わたしの王子様。
「シンデレラっ! もしかして全部覚えて――!?」
エクスがそう叫ぶが、シンデレラがもう一度振り返ることはなく。
彼女はただまっすぐに、家の中へと走り去ってしまった。
*****
「行っちまったな。」
走っていくシンデレラの背を見ながら、タオがつぶやく。
そしてニヤニヤしながらエクスの方に振り返って、楽しそうに尋ねてきた。
「どうだ坊主? 初めての失恋は?」
「別に…っていうかもともと望みなんてなかったし、失恋ってほどじゃ――」
虚勢を張っているのかいないのか、もごもごと口を動かすエクス。
エクスが避けるようにタオから視線を外すと、ふと視界の端ににレイナの姿が映った。
なぜかもじもじとしているレイナ。気になったエクスが声をかけると、レイナは不安げな顔で尋ねてきた。
「エクス……その、あの子が、あなたの初恋の人だったの?」
「そうじゃないけど…そっくりな人だった。」
「そう…。良かったの? 断っちゃって。告白されたんでしょ? 後悔してない?」
寂しげな顔で覗き込んでくるレイナ。エクスはそんなレイナに快活な笑顔を向ける。
「大丈夫。むしろ、なんだかすっきりしたよ。これでやっと、僕は前に進める気がする。」
エクスの答えを聞いたレイナは何も言わず、すこしだけ頬を緩めて優しそうに笑った。そして両手を上げて大きく伸びをすると、先ほどまでとは一転して明るい声で言う。
「さーて、と! この想区のカオステラーも倒せたことだし、次の想区に行きましょうか。」
「待ってください! 食べ物の備蓄が減ってきてるので、少し補給していきましょうよ。」
「そうだぜお嬢? 今回はなんだか疲れたし、休憩しても罰は当たらねぇって。もうすこしここでゆっくりしていこうぜ。」
いつものように会話する三人を見て、エクスは微笑む。
レイナがいて。シェインがいて。タオがいて。
三人と一緒にいるこの旅路が、エクスの今の居場所なのだ。
そこでふと、エクスの頭に疑問がわく。
―――どうしてレイナたちは、シンデレラがカオステラーに変わったあの時、この場にいたのだろうか。
今朝、エクスは行き先を誰にも告げずに野営地を出てきた。エクスがこの場所にいることは誰も知らないはずだったのだ。
「そういえばどうして、レイナたちはここに居たんだ?」
エクスがそう尋ねると、タオが思い出したように言う。
「そうだ坊主。俺たち、お前があの嬢ちゃんになんて返事するか気になって、物陰からずっと覗いてたんだけどな?」
「なっ!」
なんとタオたちはエクスをこっそり着けてきていたらしい。
昨日エクスが相談してしまったせいで、勘のいいタオがエクスの行動に気が付いたのだろう。
さきほどまでの仲間を想う感情はどこへやら、エクスの胸を激しい後悔が襲う。
レイナやシェインたちにも、おそらくタオが情報を漏らしたのだろう。こんなことならタオに相談なんてするんじゃなかったかもしれない。レイナだって、シンデレラが僕の初恋の人だなんて知らなかったはず―――いや、そういえば、言ったことがあるような気がしなくもないな。
エクスがひとり思考を巡らせている間にも、タオは話を続ける。
「いやぁ、シェインはともかく、お嬢をここまで連れてくるのは大変だったんだぜ? なにせお嬢は―――」
「ちょっとタオっ!」
突然慌てだすレイナ。顔を林檎のように真っ赤にして必死にタオの口をふさごうとするが、それでもタオは止まらなかった。
「―――心底心配してたからな、お前のこと。」
「……そっか。」
エクスがレイナの方を見ると、レイナは先ほどまでとは一転、おとなしくなって俯いてしまった。前髪の隙間からのぞく顔は依然として真っ赤に染まっている。
「心配かけてごめん。レイナ。」
「…別にいいわよ。」
エクスが謝ると、レイナはか細い声で答える。しかしちらりと見えた口元が弧を描いているのが見えて、エクスは思わず微笑む。
そしてエクスは突然、「そうだ」となにか思いついたようにつぶやいて言った。
「レイナ。今度二人でどこかに出かけない?」
「え」
赤くなった顔を隠すのも忘れてしばしの間ぽかんと間抜けに口を開けて放心していたレイナだったが、徐々にわなわなと口を波のように震わせる。
「そそそ、それって、もしかして、でで、デート……!?」
「動揺しすぎですよ、姉御」
ただでさえ赤かった顔をさらに赤くして冷静さを欠いている様子のレイナに、シェインが冷静にツッコミをいれる。タオはと言えば、エクスがレイナをデートに誘った時点でもう既に腹を抱えて爆笑していた。
「僕はデートのつもりだよ。ダメかな?」
「い、いいえ。全然大丈夫っ!」
そして、レイナとエクスは顔を見合わせて笑ったのだった。
*****
初恋を捧げた君へ
君は今、どこで、何をしているのかな。
僕は元気でやってます。
故郷を出て、いろいろなことに悩んだ時期もあったけれど。
新しい仲間に囲まれて、やっと僕はやりたいことを見つけたんだ。
お城で暮らす君が今、どんな生活を送っているのか、僕には分からない。
だけど。
君が幸せであることを、僕は心から願っています。
君の親友、エクスより
あの日の決意 あれっくす @alex
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