第3話 夢物語は夢のままで
王子様なんていない。
それがわたし、シンデレラのたどり着いた答えだった。
*****
「シンデレラッ!早く掃除をなさいっ!」
朝。
わたしはいつもお母様の罵声で目を覚ます。
小汚い屋根裏部屋のベットの上で、天井に届くか届かないかというところまで手を伸ばし、うーんと小さく背伸びする。
薄汚れた服を着て下に降りると、継母が化粧をしていた。もう歳だから、化粧にも時間がかかるらしい。最近はわたしより早く起きて、こうやって化粧台に向かっていることが多い。
降りてきたわたしには眼もくれずに鏡とにらめっこする継母。わたしが小さく「おはようございます…」と言っても、何の返事も返してはくれない。
わたしはいつものように、まだ薄暗い庭に出てバケツに水を汲み、朝の日課の雑巾がけをする。
そしてしばらくして、義姉たちの部屋からごそごそと物音が聞こえ始める。どうやら義姉たちが目を覚ましたらしい。わたしは雑巾がけを止めて、朝食作りに取り掛かる。
ベーコンと卵をフライパンで炒め、火を通している間に簡単なサラダを作る。ベーコンと卵をお皿に盛り付けて、昨日買ってきたパンを取り出す。
義姉たちは「いただきます」の一言すらなく、わたしの用意した朝食を食べ始める。
「まっずいわね! こんなの食えたもんじゃないわ。」
「はい、ごめんなさい…」
いつものようにわたしの料理を罵倒する義姉たち。自分たちは料理なんてしたこともないくせに、いつも偉そうにお小言を言う。
毎晩お城の舞踏会に行っている義姉たちからすれば、わたしの料理なんておいしくはないのかもしれないけれど、文句があるのなら自分で作ればいいのに、といつも思う。
お昼を過ぎると、継母と義姉たちは王城へと向かう。毎日お城で開かれているという舞踏会に出席するためだ。
「シンデレラ。掃除と洗濯、しておきなさいよ。」
「はい、お母さま。」
もちろんわたしは家でお留守番。彼女たちが帰ってくるまで、ひとりぼっちで家事をこなす。
わたしの生活は、そんな毎日の繰り返し。
小さい頃は、眠る前に月明かりを頼りに自分の「運命の書」を読んだりもしたけれど、今では頁をめくる気にもなれない。
「運命の書」にはいずれ出会うであろう王子様のことが書かれていた。幼いわたしは無邪気に王子様に憧れたりしたこともあったけれど、時が経つにつれてそんな存在は信じなくなっていった。
わたしは毎日夜になると、自分の「運命の書」を膝に抱えて、ベッドの上で声を殺して泣く。
王子様なら助けてよ。
ここからかっこよく救い出してよ。
だけどわたしがどんなに泣いても、王子様は助けてくれない。そんな王子様なんて信じられるわけなくて。ましてや憧れることなんてできるはずもなかった。
そんなある日。
わたしの前に彼が現れた。
化け物たちに襲われたわたしに向かって
「君は隠れてて。あの化け物は僕が退治するから。」
なんて言って、化け物たちを倒していく彼。
「今から僕とデートに行かない?」
真剣な顔で彼はそう言って、わたしを町へと連れ出してくれた。
「お腹空いたよね? ほら、林檎買ってきたよ」
微笑みながら林檎を差し出してくれる彼。言ってもいないのにわたしの好物を買ってきてくれて。わたしははっきりと、自分の胸が高鳴るのを感じた。
そしてその日の夕方。
「あなたが好きです」
わたしは彼に想いを打ち明けた。
白馬になんて乗ってなくたっていい。
豪華な服なんて着てなくたっていい。
お城に住んでなくたっていい。
わたしの王子様は、わたしが決めるんだ。
それが、この物語に絶望したわたしの、初めての恋だった。
*****
街を少し離れて、森の入り口付近。
ヴィランを撃退したエクスたちは、そこで野営の準備を進めていた。
「本当は宿に泊まれるはずだったのに。新入りが迷子になるから野営ですよ、まったく。」
そう言ってぷくっと頬を膨らませるシェイン。晩御飯の調理をしながら、くどくどとエクスへの愚痴をこぼす。
「まあまあ、エクスもわざとじゃないんだろうし。」
そんなふうにレイナがフォローを入れるがシェインの文句は収まらない。
「だいたいあの人はすこしぼーっとし過ぎ―――…ってあれ? 当の本人はどこ行ったんですか?」
「そういえば…タオもいないわね。二人でどこかに行ったのかしら?」
レイナとシェインが辺りを見回すが、そこにタオとエクスの姿はなかった。
首を傾げたレイナだったが
「ま。あの二人なら問題ないでしょう。」
そんなシェインの言葉に納得し、ふたたび晩御飯の準備に取り掛かった。
*****
「で。相談ってなんだ、ぼーず?」
星明かりの下。
野営地からほど近い小高い丘に、エクスはタオを連れ出してきていた。
丘の上からは、エクスの故郷である城下町が見える。
「タオ。僕は一体どうしたらいいんだろう。」
エクスは苦悩していた。
故郷のこと。初恋のこと。今日のシンデレラからの告白。自らの想い。
そのすべてを吐きだすように、エクスはタオに語って聞かせた。
タオはただ静かに目を閉じて、エクスの独白に耳を傾ける。
「僕はたぶん、彼女のことが好きなんだと思う。でも僕が彼女の思いを受け入れてしまったらこの想区の物語をめちゃくちゃにしてしまうし、なによりタオやレイナ、シェインたちとは一緒にいられなくなる。」
エクスは終始、悲痛な面持ちで語っていた。
「レイナたちに相談するのもなんだか気が引けて。タオ、僕はどうしたらいいんだろう?」
不安げな声音でエクスが聞く。
酷く自分が情けなかった。こんなに女々しくうじうじと悩んで、僕はいったい何がしたいんだろう。
男勝りなタオからしてみれば、今の自分は酷くなよなよしているように映るであろうことはエクスにも分かっていた。タオに殴られるのも覚悟して、エクスはぎゅっと目をつぶってタオからの返答を待つ。
「お前の好きなようにすればいいんじゃねぇの?」
しかしエクスの予想とは裏腹に、タオから返ってきたのは素っ気ない言葉だった。
「好きな、ように?」
「ああ。お前がそのシンデレラちゃんと一緒にいたいんなら、そうすればいいさ。」
「でもそれじゃあ、タオ達を裏切ることになる。それにシンデレラの運命だって滅茶苦茶に―――」
「関係ねぇよ。」
エクスの言葉を遮り、タオが言う。
「俺たちはなんの為に戦ってきた? 自分の運命を掴み取るためだろ? 空白の運命に意味を与えるためだろ? だったらつまらないことに悩んんでないで、お前のやりたいようにやればいい。自分の運命は自分で決めるんだ。」
「でも、」
「でもじゃねぇ。」
言い訳するように口を開くエクスをさえぎって、ニッと笑うタオ。
「自分の運命は自分で掴め。それが男ってもんだろ?」
自信満々に笑うタオ。エクスの目には、そんなタオが輝いて見えた。
「…もう少し、考えてみるよ。」
しかしエクス自身は儚げに笑うばかりで。
タオは今だ悩んでいる様子のエクスを心配そうな目で見つめる。
「………あー、俺から一つ助言をさせてもらうと、だな。」
タオは頭をかきながら、エクスから視線を逸らしてめんどくさそうに言った。
「お前はお嬢たちにこのことを相談しなかった。それがお前の答えなんじゃねーの?」
「…どういう意味?」
「お前は、この悩みはお嬢に聞かせたくないと思った。それをもう一度よく考えてみろってこった。」
*****
「もうっ! どこに行ってたのよ!」
「わりぃな、お嬢。ちょっと野暮用でな。」
相談を終えて。野営地に戻ってきたエクスとタオを出迎えたのは、出来たばかりの夕食とお怒り気味の女性陣二人だった。
「エクスも! どこか行くなら一言くらい声をかけて行ってよね! また迷子になったのかと思っちゃうじゃない。」
「…うん。気をつけるよ。」
ぷりぷりと怒った様子のレイナが、エクスに文句を言う。しかしエクスは先ほどのタオとのやり取りもあったせいか、彼女と目を合わせられないでいた。
そんなエクスの様子に疑問を持ったのか、レイナが首をかしげる。
「…エクス? どうかしたの?」
「ッ! なんでもないよ。」
薄く笑ってごまかそうとするエクスだったが、それは逆効果だったようでレイナが心配そうな表情でエクスに詰め寄る。
「やっぱり変よ? なにかあったの?」
困り顔でエクスがたじたじしていると、シェインからの追及を逃れて夕食を食べ始めていたタオがおもむろに口を開く。
「お嬢。俺らは、連れションに行ってたんだよ。そいつは小便の出が悪かっただけだから気にすんなよ。」
「なっ!!」
物凄い勢いで顔を赤らめるレイナ。振りかえって鬼の形相でタオを睨みつける。
エクスはほっと安堵のため息をつきつつ、気を遣って言い訳を考えてくれたのであろうタオの心の中で感謝する。
「タオッ! あなたはデリカシーってものを―――」
「お嬢がそいつに詰め寄るから、俺が親切に教えてやったんじゃねーか。それをごちゃごちゃと―――」
言い争うレイナとタオ。
と、そんな時。
「二人とも、ちょっと黙ってください。」
騒いでいるレイナとタオに突然、シェインから叱責がとぶ。シェインは人差し指を一本立てて「しーっ」と静かにするようにとジェスチャーをとった後、囁くように言った。
「…そんなこと言って騒いでる場合じゃないみたいですよ。」
「え?」
そういうや否や、シェインは戦闘態勢に入った。
エクスが驚いて辺りを見回すと、そこには闇に紛れてたくさんのヴィランがたたずんでいた。
「チッ! どっから湧いてきやがった!?」
「文句は後! まずはヴィランを撃退するわよ!」
突然現れたヴィランに立ち向かうレイナ、タオ、シェイン。
エクスもそのあとを追って、ヴィランの大群に向かって行った。
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