肉を味わう冒険者

 飲んだくれていた頃はエネルギーのほとんどを葡萄酒から得ていて、固形の食事はつまみに食べるジャーキーが関の山だった。だがここ数日は食生活が変化してきている。

 どうせ全部飲んでしまうからとコストパフォーマンスを重視して大瓶で注文していた葡萄酒は、量を考えると割高なカップ単位での注文に変更した。別に身体に気を遣っているだの酒が不味く感じるだのといったことじゃない。ただ、カップ一杯の葡萄酒で身体が満足しているように思われた。

 一方で俺の身体が別のものを欲しているようにも思われたので、酒屋が兼ねている食堂としての機能をようやく本格的に活用することにした。最近ではこの店のサンドウィッチがお気に入りだ。葡萄酒でふやかすようにしてくちゃくちゃと噛んでいたジャーキーとは違う、真っ当な食い物の味。さっくりとしたパンの歯ごたえ、瑞々しい野菜のシャキシャキとした食感と刺激、そしてソーセージから溢れる肉の味わいと脂の甘味。身体が生命としての喜びに沸き立っているような気分だ。


 そんな平和で楽しい日常を掻き乱す者がいた。

 俺がロッデンベリー・タブと出会って数日。食堂(もう単に酒場とは言わない)でご機嫌な昼食を摂っている時にそれは起こった。店主が店の奥の方へ目を向けた瞬間。

 入口付近で妙にコソコソと飯を食っていた細身の青年が、身を縮めるようにして店の入口へ駆け出す。

 ――食い逃げだ。

 犯人の足止めをすべく、俺は反射的にバターを塗るのに使っていたテーブルナイフを掴む。

 ――そう言えば、投げナイフはこの店じゃ御法度だったか。

 そんなことを考える前に、投げ放った。

 先日まではどう投げても明後日の方向にしか飛ばなかったナイフが、今日は吸い込まれるように青年のシャツの袖を貫き、そのまま柱に刺さって青年を繋ぎ止めた。

 店主は投げナイフ禁止令を破った俺に小言を垂れながらも、俺に礼を述べる。けれど俺はそんな言葉を聞き流しながら、ナイフを投げた指の感触を反芻していた。

 ――俺は、まだやれるかも知れない。


 翌朝。一念発起した俺は、軽装の鎧と安い銅の剣、それに投げナイフ数本を装備して近隣の山に分け入った。かつてのパーティーとは違う、つい先日まで飲んだくれていてブランクもある。そんなデメリットを考慮しつつも腕試しを行うため、取り敢えずは狩りを行うつもりだった。

 朝に山に入り、夕方に帰るつもりだったのだが、予定が狂って昼前には帰路につく羽目になった。

 体力が保たない、どうやっても獲物が捕らえられない、そういったことではない。

 獲物が多すぎたのだ。

 投げナイフが面白いように小動物を直撃、必殺してウサギ三羽を一気に狩る。

 つぶてを投げれば飛んでいた鴨が落ちてくる。二羽の鴨の足をウサギの耳と一緒に縛って腰に結わえた。

 その程度で止めておけば良かったのだが、鹿を狩った後にたまたま襲いかかってきた猪まで返り討ちにしたのはやり過ぎだったのかも知れない。

 そこらの木の枝を折ってソリを作り、猪と鹿を載せて引き摺ることでようやく下山した。

 町に帰るとまず食堂へ。ツケにしていた酒代や飯代の代わりに獲物を押しつけ、俺は早いながらも自宅へ戻った。

 夜に改めて食堂へ行くと店主が待ち構えていた。扱いに困ったのかと思い話を聞くと、俺の獲物の総額がツケの代金を大きく超えていたとのことだった。釣り銭を返すと店主は譲らなかったが、細かい計算が面倒そうだったのでその場にいた他の客とともに酒宴を張った。

 俺が狩った猪のステーキはシンプルな味付けながら、噛めば噛むほど味が口の中に広がる絶品だった。


 月も高く昇ったころにようやく帰宅。ベッドに身体を沈ませ、今日の出来事を振り返った。自分の力の確認、狩りの成果、そして酒盛り。全く実りの多い一日だった。

 特に最後の猪狩りは印象的だった。

 仕留めた鹿を運ぶために脚を縛っていると、視界の端に違和感を覚えた。目を向けると、猪がこちらを睨んでいたのだ。

 幸い猪を狩ること自体は容易だった。突進する猪をかわしながら顔面から腹に深く切り込む、その一撃で十分だ。

 しかしそれを発見した視力は――俺が本来持っていたものではなかった。俺は現役冒険者の頃から、正面以外の視野には無頓着だったのだ。広範に注意を払うのは盗賊の役割で、俺は主に彼が発見した魔獣を正面に捉えて戦うのが主な役割だった。

 視界の端の猪を発見した俺の視力は、明らかに呪いを受ける以前よりも上がっている。

 これも、この丸薬のおかげなのだろうか。

 この、ロッデンベリー・タブの。

 残り少なくなった麻袋から丸薬をひと粒取り出し、葡萄酒ひと口とともに飲み込んで眠りに就いた。

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