シェインは銃に目がない―銃声が紡ぐ運命―
井戸
第1話 青空と銃声
僕はお母さんが好きだ。
僕がどんなイタズラをしてみんなを困らせても、その度にほっぺたをぶたれても、お母さんだけは頭を撫でてくれた。お母さんだけはいつも優しかった。お母さんだけはいつも僕の味方でいてくれた。
だから僕は、お母さんが好きだ。
僕はお母さんが好きだから、お母さんの『運命の書』を、勝手に見ようとした。
でも、お母さんの『運命の書』は、ぐちゃぐちゃの文字ばっかりで、僕には読めなかった。
僕は泣いた。僕の大好きなお母さんは、ぐちゃぐちゃの運命なんだ、って思った。
買い物から帰ってきたお母さんは僕に優しく言った。
「『運命の書』は、持ってる本人にしか読めないようになってるの。だから、お母さんが見ると、ちゃんと読める文字が書いてあるのよ」
お母さんは、僕が勝手にお母さんの『運命の書』を見たことを怒らなかった。
僕は嬉しかった。お母さんにも、ちゃんとした運命があるんだって思った。
だから、僕はお母さんに聞いた。
「お母さんの『運命の書』には、何が書いてあるの?」
僕のお母さんは優しい笑顔で言った。
「いつかその時が来たら、教えてあげるわ」
だから、僕は、ずっとその時を待っていた。
だから、俺は、母さんが好きだった。あの日までは。
母さんは俺に嘘を吐いた。
母さんは結局最後まで、俺に自分の『運命の書』の中身を教えてくれなかった。
母さんは、それを俺に教える前に、死んだ。
だから俺は、母さんが嫌いだ。
嘘吐きが嫌いだ。
「はぁ……」
ため息が出る。これでこの想区についてから五回目だ。
エクスはぼんやりと空を眺めている。穏やかな青空を、雲がのんびりと流れていく。
エクスは赤茶色のレンガで舗装された道の脇に座り込み、これまた赤茶色のレンガ造りの建物の壁に体重を預けている。もしエクスが小銭を入れるための帽子でも持っていれば、乞食のようにも見えただろう。
エクスは雲を目で追うのにも飽きて、ふと視線を、自分が背もたれにしている建物――店の看板に移す。
看板に文字は書かれていない。その代わり、大きな分かりやすいイラストがひとつ描かれている。
バン! バン!
エクスの背後から、まさにイラスト通り、銃の発砲音が聞こえる。
ズドォン!
少し間を置いて、再び銃声。先ほどの発砲音は高く小さい音だったが、今度は低く大きく、ずっしりと重く響いていた。と言っても、銃の知識などこれっぽっちも持ち合わせていないエクスには、どうして音が違うのかなんてさっぱり分からない。
エクスは再び空を見上げる。最初に追いかけようとした雲は、とっくにはるか彼方へと流れていた。
「はぁ……」
エクスは無意識のうちに六回目のため息をついた。それほど退屈なのにも関わらず、エクスは店の前から動こうとしない。何故なら、現在エクスに与えられている任務が『待機』だからだ。
エクスはじっと動かず仲間達の帰還を待っている。あくまでこの場所の周辺にいればいいので、別に座り続ける必要はない。なのでエクスは最初、通りかかった人にでも話を聞こうか、と思っていたのだが、どうやらこの道に人通りは皆無のようだ。
ズバァン!!
銃声だね。とエクスは思った。それだけだった。
エクスも最初は飛び上がるほど驚いていたのだが、繰り返し銃声を聞いている内にすっかり慣れてしまった。慣れてしまうほどの時間が経過したということだ。にもかかわらず、銃声は一向に鳴りやむ気配を見せない。
この様子だと、先に帰ってくるのは――
「ただいま、エクス。……で、そっちはまだやってるのね」
「相変わらず、武器やアイテムの事になると歯止めが利かないな。店に入る前に止めればよかったか」
エクスの予想通り、レイナとタオの方だった。
エクスは二人の声を聞き、ウサギが飛び跳ねるように勢いよく立ち上がった。それまでのどんよりな態度とは打って変わって、顔には血気が戻り、一挙手一投足が力強い。
「お帰り、二人とも!どう?なにか分かった?この想区のこととか、カオステラーの手がかりとかさ!」
エクスは長かった一人ぼっちの時間が終わり、会話が出来ることが嬉しくて、矢継ぎ早に質問を始めた。ため息はどこへやら、エクスはいつも通りの人当たりの良い笑顔を浮かべている。
エクスは仲間たちの間ではお人好しというイメージだ。実際、エクスはどの想区でも、誰とでも仲良くなろうとするし、困った人には率先して手を差し伸べる。何の役割も持たない『空白の書』の持ち主だからこそ、そういう運命も選べるということだ。
はきはきと喋るエクスに対し、レイナとタオは困り顔でたどたどしく喋る。
「えっと……それが、全然なのよね。カオステラーどころか、ここが何の物語をモデルにした想区なのかも、主役が誰なのかも、さっぱり分からなくて……」
「そうだな、分かったことと言えば……ここがわりと小さな村で、道も家もレンガ造りだってことと、村の外には森が広がってて、そこには野生の動物がいるってことか。あと、シェインが好きそうな武器屋がそこらじゅうにあることくらいだな」
「…………」
レイナとタオが口を動かすたびに、エクスの元気が目に見えて萎んでいく。そして、『武器屋』というワードが止めを刺した。
エクスが長い間待機させられていたのは、その武器屋のせいだからだ。
「……もうこれ以上待つのは勘弁だよ」
エクスはこの想区に着いてからの事を思い出し、やつれた顔でぼやいた。
沈黙の霧を抜けた”調律の巫女”一行を迎えたのは、木々と小鳥のさえずりだった。
今回は森の中に出た。他の想区にも見られるごくごく普通の森だ。エクスはそれを確認し、まずは一呼吸置いた。以前、激しい戦争が繰り広げられていた想区で、戦場のど真ん中に出たことがある。それ以来エクスは、沈黙の霧を移動する際には、いつでもコネクトができるように心の準備をしている。
だが、戦闘が無くとも問題はある。森の中には何も目印になるものが無い。どちらに進むべきか、方向音痴の権化であるレイナだけでなく、全員が分からないのだ。ただし、そのレイナは何の根拠もなく、こっちよ!と自信満々に指差した。方向音痴ってこうやってなるんだ、とエクスは感心した。
一行をこのレンガだらけの村に導いたのは、レイナではなく銃声だった。
ズドォン!
明らかに人工物が作り出したであろう音が聞こえた。興奮気味のシェイン曰く、銃声で間違いないとのこと。一行はその音がした方へと歩くと、やがて森が終わり、この村の入り口に辿り着いたのだ。
入口には鉄格子の扉があったが、手で押すと簡単に開いた。太陽の位置を見るに、時刻は昼。村を取り囲むように森があるので、動物対策で、夜になったら鍵でも掛けるのだろう。というタオの解説が入った。
ズドォン!!
再び銃声。距離が近づいたためか、先ほどより少しだけ大きな音がした。
「うおおっ……近くで聴くとさらに迫力満点です!テンション急上昇です!!」
シェインは最初の銃声を聞いたときからずっとテンションが高かったが、そんなツッコミを入れる暇もなく、シェインはダッシュで村の中に入っていった。
「あ、こら!待ちなさーい!」
エクス、レイナ、タオは、単独行動するシェインを慌てて追いかけた。
シェインはたった二度、村についてからだと一度きりの銃声を頼りに、一件のガンショップに辿り着いた。シェインの武器に対する関心と嗅覚は尋常でない。それはエクスももちろん知ってはいるが、改めて見せられるとやはり驚く。お人好しのエクスでさえ軽く引くレベルだ。
シェインは店の中で店員らしき人物と少し話をした後、バタン!と勢いよくドアを開け、三人にこう告げた。
「このお店、銃の試し打ちができるらしいので、ちょっと寄っていきます!シェインお手製の相棒のメンテナンスもしたいので!」
相棒というのは、シェインが腰にいつもつけている銃の事だ。
これはシェインが自分で制作した、唯一無二の一点もの。護身用の武器らしいが、今のところ世話になったことはない。そもそもヴィランと戦う力が欲しいのなら、ヒーローの力を借りればよいのだ。四人は『空白の書』の持ち主で、『導きの栞』で様々な想区で語られるヒーローと『コネクト』できるのだから。
だが、シェインはその相棒を手放そうとはしない。シェインなりのこだわりがあるのだろうと思い、エクスはそれ以上深く考えることはなかった。シェインに直接尋ねると、どれほど時間があっても足りないだろうから。
「ちょ、ちょっと待っ――」
バタン!と勢いよくドアを閉められ、エクスの言葉はシェインに一文字も届かなかった。
「ふおおおお!凄いです!感激です!銃はもちろんのこと、弾の種類もオプションパーツもこんなにたくさんあるなんて!!」
店内から、天井知らずにテンションの上がったシェインの歓声が漏れる。外にいても聞こえるほどの大声だ、店内は実に賑やかなことだろう。お人好しのエクスは、シェインに付き合わされる店員に同情した。
「……こりゃもう手遅れだな。無理やり連れて帰ったら、最悪寝首を掻かれるぞ」
タオの言う通りだ。シェインの武器に対する執念は確固たるものがある。無理やり連れて帰ろうとすれば、シェインはコネクトをしてでも抵抗するだろう。あるいは腰の銃が初めて火を噴くかもしれない。
時間は惜しいが、命はもっと惜しい。シェインを無理やり引っ張り出すという選択肢は消えた。
「大人しく、出てくるのを待つしかないか……」
「でも、そんな悠長にしてるわけにもいかないわよ?この想区にも、どこかにカオステラーが潜んでいるかもしれないんだから」
レイナの言い分ももっともだ。なにせ、レイナは”調律の巫女”なのだから。
レイナが一行をこの想区に案内したということは、この想区がカオステラーに侵されているか、そうでなくても何らかの異変があるということなのだ。のんびりと銃の品定めをしている暇などない。が、それをシェインに言ったところで、大人しく引き下がるはずもない。武器との出会いは一期一会だと、シェインは以前どこかで言っていた。
かといって、シェイン一人を放置して三人で動くわけにもいかない。万が一シェインがカオステラーに、そうでなくとも手ごわいヴィランに狙われたら、シェイン一人で相手をしなければならなくなる。それはあまりにも危険すぎる。可能なら四人で動きたいところではあるが、店ごと持っていくわけにもいかない。ここは二人ずつ分かれるのが定石だろう。
「じゃあエクス、シェインが戻ってくるまでここで待っててくれるか?」
「えっ?僕?」
「安心して。リーダーの私がしっかり情報を掴んでくるわ」
きょとんとするエクスを横目に、レイナはタオの考えを察して、それに乗っかる。あえて、リーダーという単語を持ち出して。
「タオ・ファミリーの大将はオレだ!よしレイナ、ここはひとつ、どっちが多くの情報を集められるか勝負といこうじゃねぇか!」
「受けて立つわ。どっちがリーダーに相応しいか、この際ハッキリ白黒つけようじゃないの!」
二人はエクスをほったらかしにして盛り上がる。レイナとタオのどちらがリーダーに相応しいかでもめるのはよくある光景だが、今回はそちらがメインの目的ではない。
「ちょ、ちょっと待っ――」
再びエクスが引き留めようとしたときには、既に二人は走り去っていた。シェインのお守りという面倒事をエクスに丸投げして。
その場には、ぽかんと口を開けたエクスだけがぽつんと残された。
「……まあいいか。最近忙しかったし、たまにはのんびりするのもいいよね」
半強制的に押し付けられた役割だが、エクスは持ち前の人の好さもあり、現状をポジティブに捉えた。もちろんタオやレイナの狙い通りだ。様々な想区を共に旅してきた仲間のことは、互いによく知っている。
なので、エクスは待つことにした。
まず、ヴィランがいつ来てもいいようにきょろきょろと周りを見渡した。
しばらくきょろきょろしていたが、ヴィランはおろか人間さえ誰も来ない。ガンショップに店員はいるので、単に村の人口が少ないのかもしれないとエクスは分析した。
やることがないエクスは、空を見た。天気は晴れ。透き通るような青空の中を、なだらかに流れていく雲を観察する。うん、悪くない。
エクスは一つの雲を目で追い始めた。ゆっくりゆっくりと流れていく雲。たっぷりのんびり時間をかけ、少しずつ右から左へ流れていく雲。
バキュン!
「ひゃあっ!?」
穏やかな心でのどかな風景に意識を預けていたエクスは、突然の音に、女の子のような素っ頓狂な声を上げた。雷でも落ちたかのように、全身に電流が走ったのだ。
それが銃の試し打ちの音だという事実をエクスが理解するまでに、十二秒かかった。そして、この音はこれから何度も聞こえてくるのだという事実も理解した。のんびり心を休めるには、かなり条件が厳しいという事実を理解した。
「はぁ……」
エクスはこの想区に来て一回目のため息を吐いた。
「はぁ……」
七回目のため息の後、エクスは無言で、影の差した瞳を二人に向けた。
話が違う、と。
しっかり情報を掴んでくると言っていたじゃないか、と。
「そ……そんな目で見たって、情報は増えないわよ!」
「エクス。過ぎたことをいつまでも引きずるのは男らしくねえぞ」
「……そうだね。二人の言う通りだ」
エクスはぶっきらぼうに吐き捨てた。
明らかに機嫌の悪くなったエクスを見て、レイナとタオはエクスに背を向け、小声で緊急会議を始める。
「ど、どうするのよ!タオ、あなたが言ったのよ!エクスならちょっとくらい待たせても笑って許してくれるだろうって!」
「だってよ、大事なことが何一つ分からないなんて思わないだろ?ふつー、もう少し調べたら何か出てくるかもって思うだろ!?」
二人は、お人好しの代名詞であるエクスがまさかこんなに不機嫌になるなんて露ほども想像していなかった。
半ば強制的に留守番を任せた上、小さいとはいえ村の隅から隅まで念入りに回れるほどの長い時間待たせていて、しかも何の成果も得られなかった――改めて振り返ってみれば、むしろこっぴどく怒られるべき事案ではあるのだが。
「何の話?」
二人に背を向けられて、ぼっちに戻ったエクス。
普段より低い、威圧感のある声が二人の耳に届いた。
たらりと嫌な汗が流れる。
「いや、何でもない何でもない。こっちの話」
「……そう。まあ、いいけど」
再びのけ者にされたエクスがさらにピリピリした空気を放つ。
「……僕の運命の書が空白だったのは、『何もしない』のが僕の本当の運命だった、ってことなのかもしれないね」
皮肉を言った。あのエクスが。お人好し、温厚、優しい、明るい――明元素言葉をいくつ並べても物足りないほど、絵に描いたようないい人のエクスが。
昔どこかの想区で聞いた、『普段温厚な人物ほど、怒らせた時が怖い』という言葉をレイナは思い出した。エクスもその例外ではなかったのだ。
二人の心臓がドキンドキンと激しく高鳴る。足ががくがく震える。エクスに恐怖を抱いているのだと、二人は遅れて理解した。生存本能が警笛を鳴らしているのだ。これ以上エクスの機嫌を損ねるのはまずい。このままでは、シェインではなくエクスに寝首を掻かれることになる、と。
ズバァン!!
「きゃあっ!?」「うおおっ!?」
緊張の糸を張りつめさせたレイナとタオが、銃声に飛びあがる。
対し、これまで同じような音を何回も何十回も聞いていたエクスは、全く動じることはない。むしろ、銃声ごときで大げさな、と、目つきがさらに険しくなった。
「はぁ……」
エクスは八回目のため息をついた。
そして、ふらりと歩き出す。レイナとタオの間に向かって。
普段の穏やかな笑顔からは到底想像できない、短剣を喉元に突きつけるような殺気を放つエクス。ゆっくりと、重い足取りで迫るエクス。
逃げるように、レイナとタオは脊髄反射的に道を開けていた。エクスの進行を妨げてはならない。
息が苦しい。胸がざわざわする。見てはいけないものを見ているような背徳感。
エクスは二人の間を通り過ぎ、一人歩いていく。
ある程度距離が開くと、空気の味を確かめるように、二人は呼吸を再開した。
だが、そのまま行かせるわけにはいかない。せめてどこにいるかだけでも、把握しておかなければ。想区の中で迷子になったら一大事だ。
「……エクス?えっと、どこ行くの?」
「森の空気を吸いに行ってくる」
背中にかけられた声に、エクスは振り向かずに答える。表情が見えていないと、想像を掻き立てられて余計に恐怖が増す。
しかしレイナは、何とかエクスのご機嫌を取ろうと、必死に声をかけた。
「そ、そうなんだ!奇遇ね!ちょうど私も――」
「二人はシェインが戻ってくるまでここで待っててくれる?」
「ハイ。ゴメンナサイ」
エクスは自分が言われた言葉をコピーして、心臓に突き刺さるのではないかと思うほど深々と釘を刺す。レイナは思わずぎこちない返事をしてしまった。エクスの言葉は形こそ疑問形であれど、有無を言わさぬ圧力があった。
エクスは最初に入ってきた村の入り口を目指して歩いていく。その姿が曲がり角で見えなくなるまで、二人はエクスの背中から目を離せなかった。
「……こ、こええ……カオステラーなんかよりよっぽど恐ろしかったぞ」
「うう……本気でじぬかと思っだぁ」
全身の力が抜けたように、レイナは涙声でレンガの地面にへたりと座る。
「いや、あそこで声をかける勇気は俺には無かった。あっぱれだぜ」
「……うん。ありがと」
タオはすっかりしおらしくなってしまったレイナを気遣った。大将を自称するだけのことはあり、仲間を思う気持ちは人一倍強い。もっとも、仲間想いなのは他の三人も同様で、タオに限った話ではないが。
そしてタオは、仲間を思う気持ちをエクスの方へと向けた。そしてようやく問題に気づいた。
「つーかやべぇ!理由はどうあれ、カオステラーがいるかもしれない想区で単独行動はマズいだろ!ただのヴィランでも、一人で相手するのは危険だ!」
「……嘘よね?……追いかけるの?エクスを?あのエクスを?」
レイナの目から光が失われる。人はそれを俗に、絶望と呼ぶ。
「俺だって行きたくはねえけど、もしもの事があったらどうすんだ!背に腹は変えられねえだろ!」
「待ってろって言われたのに?それでも行くの?あの近づいただけで走馬燈が見えそうなオーラを放ってたエクスの隣に?エクスの言いつけを破って?」
レイナは駄々をこねる子供のように首を横に振る。先ほどの会話が脳裏に焼き付いて離れないのだ。本気で死ぬかと思ったという言葉に、一切の脚色はない。
タオは必至に頭を回す。頭脳労働は通常エクスかシェインが主な担当なのだが、どちらもいないのだから自分で考えるしかない。
「……分かった。レイナ、お前はシェインを待ってろ。二人で行ったら今度はシェインが一人になっちまう。元々、エクスを待たせてたのもそれが理由だしな」
「タ、タオ……」
すっかり幼児退行してしまったレイナが不安そうにタオを見上げる。
タオは自分の恐怖心を隠して、不敵に笑った。
「心配すんな。必ず生きて帰ってくる。二人でな」
「うん。骨は拾ってあげるからね」
「勝手に殺すな!」
タオはまだ震えの止まらぬ足を叱咤して、エクスの後を追った。
「……頭ではわかってるんだけどな」
村の入り口で、エクスは独り言を言っている。
「誰かが悪いわけじゃない。情報については結果論だし、シェインだって……品揃えがもうちょっと少なければ、こんなに長居はしなかったんだろうし」
銃はともかく、弾やオプションパーツとやらはシェインの想像以上に豊富だったらしい。その組み合わせを全部試していたら、時間がいくらあっても足りないだろう。この想区に武器屋があったのだから仕方がない。
相手にとって都合のいい解釈をするのは、エクスの十八番だ。エクスが良い人たる所以でもある。
「はぁ……八つ当たりしちゃったなぁ……」
エクスは九回目のため息を吐いた。
エクスはついさっきのレイナとの会話を思い出し、ぐるぐると思考を巡らせる。思考が一巡する度に、剣呑な態度を取ってしまったことに後悔が積み重なる。
「後でちゃんと謝らないと……あれ?」
お昼ご飯のおかずを譲ったら機嫌を直してくれるだろうか、と、エクスが具体的にどう謝るかを思案し始めた時だった。
村の外、即ち森の中で、一人の人間が動くシルエットが見えた。
タオの話によれば、確か村の周りの森には野生動物がいるはずだ。あの人は、一人で森に入って大丈夫なんだろうか?
エクスは記憶を探る。この想区についてから村に至るまでに、リスなどの小動物や鳥や虫の類がいるのは見ている。他の想区には狼や飛行するサルなんかがいたけど、この想区には、そういう危険な動物はいないのかな?と、エクスは首を傾げた。
が、そんなエクスの考えは無駄になる。
森の生態系などまるで関係なく、エクス達の訪れるどの想区にも共通して現れる者がいるからだ。そして、この想区も例外ではなかった。
クルルァ!クルルァ!
聞き覚えのある鳴き声が、村の外、即ち森の中から聞こえた。
「なっ、ヴィランの鳴き声!?まずい、あの人を助けないと!」
顔も知らない誰かの為に、エクスは迷わず森の中に突っ込む。
注意深く周りを見回し、人間とヴィランを同時に探しながら、ガサガサと草を掻き分け進む。
ほどなくして、エクスは両方を同時に見つけた。
開けた場所で、ナイフを構えた人間を中心に、円を描くようにブギーヴィランが取り囲んでいる。
今まさに、その中の一体が襲いかかとうとしていた。
「ほらよっと!」
声変わり前特有の、高すぎず低すぎない少年の声。
その人物は、助走をつけて飛び込んできたブギーヴィランの手を、小さなナイフで軽々と受け流す。ブギーヴィランは勢い余って後ろのヴィランに激突した。
「大丈夫ですか!?今助けます!」
その間を縫って、エクスは少年の元に駆ける。
少年の周りには、十数体ものブギーヴィランがいる。それにまだ森に潜んでいるかもしれない。一般人が一人で相手するなんて到底不可能だ。
「ん?俺と一緒に戦ってくれるのか?」
「はい!」
「そういうことなら、よろしく頼むぜ!」
少年は逆手に持っていたバタフライナイフをくるりと回し、ちょうど片手剣を持つように構え直す。防御から、今度は攻撃に転じるために。
エクスは自らの運命の書を取り出す。中に何も書かれていない、『空白の書』を右手に持つ。そして左手で、エクスの導きの栞――表と裏に、共にワイルドの紋章が浮かんだ栞を、空白の書に挟む。
たったそれだけの動作で、エクスの全身が一瞬光に包まれ、そして光が収まった時、そこには別の姿があった。
ワイルドの紋章のおかげで、エクスはどんなヒーローともコネクト出来る。
それでもエクスは、昔練習していた剣の技術が生かせるためか、あるいはずっと二人で戦い続けてきた連帯感のためか、栞の表に刻むヒーローの魂は、いつも同じだった。
「ジャック。力を貸して!」
ジャックと豆の木の主人公、ジャック。小さな体に大きな夢と勇気を持った、エクスの相棒。
――ああ、もちろん!行くよ!
エクスはジャックの姿と力を借りて、ブギーヴィランの群れに迫る。
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