第6話 一歩外に出ると、影のように

 一歩外に出ると、影のように何処からか護衛が現れて付き従った。彼らの仕事だとはいえ実にウザい。

 夜明けまで祝賀会と称した講演会の打ち上げ兼商談会に付き合った挙げ句、俺の私的な動向にまでついて回るのだ。ご苦労なことである。

 正直なところ、俺の心情を慮って放っておいて欲しい。


 海岸線から結構離れたこの地区で、波の音が聞こえる。

 高台に登れば遠くても海鳴りが響くのだが、建物に遮られたこの一角では海も見えず、従って、本物の波が砕ける音など聞こえない。このニセモノの海の声は、日が昇り、2本向こうの通りの市場の活気が建物の壁に反響しているのだ。

 2年程前は、もっと静まりかえっていたはずだ、と記憶を辿る。


 この国には所謂、異界渡りの血筋である者も多い。異形の者は見た目で迫害されることもあって、人口割合的に亜人が非常に多いにも関わらず、ポジティブに文明に反映されていなかった。

 現国王の治政となり、自治や役所方面に亜人をためらいなく投入していった結果、徐々にその傾向は改善されてきている。元々異界の技術や知識は重用されてきたのだ。大学には多く異界の者が在籍していたし、異界渡りの地位を改善していく素地はあった。

 同じく異界渡りであったノワゼの、長年にわたる水面下での地道な働きかけにより、数年前より「公演」が開催されるようになったのだと聞く。


 国王である親父の手の内で遊ばされているような気がしている。

 ここギスムントの改革がスムーズだったのも、タイミングを図って俺という人間を投入したからではないのか。


 ……まあいい。

 いくら何でも、ハルカまではその算段の中に組み込まれては居なかっただろう。

 それを、多少、小気味よく思う。




 屋敷に一旦戻って身なりを整えてから、2件の商工組合へ挨拶に向かい、続いて職業仲介所、流民管理局、と回る。幾つかの決裁をし……その合間に不穏な報告を受けた。

                                           

 「テルセラによるハルカ様への不必要な接触あり」

 曰く、病床の彼女に接近し額に手を当てた上に、手の甲への接吻を……


 いや、敬愛する女性や高貴な淑女への礼として、手をとって口付ける行為は一般的である。……普通は。

 

 ハルカのことは一般市民として扱うよう関係各所には通達しているが、テルセラは騎士団に属している。だから騎士のならいとして、一般市民である女性に淑女への礼を行うことも理屈としては有り得ることなのだ。

 懸案事項はそこじゃない。


 テルセラには、数時間前に「触るな」と言ったばかりである。


 忠義を俺に誓った者が、主君の命に背いたこと。

 それが問題だった。


 これは、明白な俺に対する挑発行為である。




 「何のつもりだ……!」

 俺の怒りを買うかのようなテルセラの振る舞いに苛つき、舌打ちをする。


 おまけに、窓の外へ視線をやって、監視を一瞥したという。


 奴のことだから、間違いはないと思いたい。

 だが……


 俺も黙ってはいたし、テルセラもその件に関してなにも言わなかったが……あのアパート周辺には常時警邏の手を回していた。

 それだけではない。時折外部からの監視を付けていたり、ハルカへの護衛役を増やしたり、秘密裏に警備強化を図り逐一報告をさせていた。


 腹の底から信用できていなかったのは、俺だ。

 ヤツの鋭い嗅覚と視力なら、俺がこうして動いていたことなど直ぐに見抜かれていただろう。

 わかっている。

 忠誠を疑われていると、嘆きたければ嘆くがいい。軽蔑したくば軽蔑するがいい。


 「信じている」と嘯(うそぶ)きつつ、二重三重に手を打つのが、物心ついた頃からの原則だった。

 誰に手のひらを返されても、俺は平然と切り捨ててみせるだろう。

 権謀術数渦巻く城内で、継承権争いに関わる様々な企みに「他人を信用」するなど甘っちょろい思考回路はとうに擦り切れている。誰も、確実な俺の「味方」ではない。


 ……現に、この通りではないか。

 胸の奥に苦いものが広がる。

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