第5話 朝日が昇る
朝日が昇る。
夜半に2時間ほど仮眠をとったきり、幾つかの技術提供と資金援助の契約をとりつけたり、関係各所との連絡と裁決を行っていたため、ろくに寝ていない。
太陽が黄色い。
雨が上がった路地の石畳は太陽の熱で乾き始めており、冷え切った身体を湿気が心地よく包む。
「熱が出ていらっしゃいます。本日の面会は御容赦下さい。」
早朝である。
訪問するには早すぎる時間だったにも関わらず、戸を叩くとテルセラは10秒と置かずに顔を出した。
獣人の面相は、とかく表情が分かりにくいが、冷ややかな眼差しは言外に俺を責めている。慇懃無礼に断られた。
「……っ、そういう時こそ会わせろよ! 」
「薬湯をお飲みになって、丁度先程、また休まれたばかりです」
殊更に冷ややかさが増した気がする。
「はぁ!? ……お前、ハルカに触ってねぇだろうな」
「何を仰います。触れねば汗を拭いて差し上げることも出来ますまい」
「……うううっ! 」
──こいつ……触ったのか! なんてやつだ!
任せたのはこちらなのだ。
仕方がないとは頭では分かっているつもりなのだが、心情的には許せない。
嫉妬やら独占欲やらがグルグルと渦巻いて、激昂しかけているところに、テルセラは溜息をひとつ落とす。
「……泣いていらっしゃったご様子ですよ」
──やっぱりか。
ズキリと胸が痛み、息が詰まりそうになる。
直ぐにでも側に行きたかったのに。
「原因は? 」
「私にはわかりかねます。……が、イェスタ様の演武を見ていたあたりから、ご様子が」
「……何故」
「さあ。お話し頂けなかったので……私も、出来ればお慰めしたかったのですが」
「……それは俺の役目だ。手ぇ出したら、お前でも許さねぇからな」
「……いえ、それは……」
言いかけたのを、片手で遮る。
「あーいや、今のはナシ。……口が滑った」
獣人であるテルセラも、異界渡りだ。
彼は、渡ってくる前に既に婚姻を交わしており、子も2人居たという。相思相愛のすえ結ばれ、妻の身体には次の子が宿っていた。
王に仕官し、乱れていた国が落ち着いたところで妻子に恵まれ、幸福の絶頂ともいえる、そんな時に異界に流された。
彼が現実を受け入れるまで、短くはない時間が必要だった。……否、まだ全てを受け止め切れてはいない。時折、遠くを見る目がそれを語る。
……戦乱で首を断たれた方が、どんなにか「まし」だったろう。
「……イェスタ様は異界渡りの者の心情について、今少しお考え頂いた方が良いと思われますね」
目を細め、いかにも怒った、傷ついたといった風に軽く睨み、わざとらしく誤魔化そうとする。
そうして、彼はこの微妙な空気を紛らわせようとしているのだ。
わかっていて、俺はそれに乗ってやる。
「う、すまなかった。悪かったってば」
彼が俺なんかに剣を捧げたのも、生真面目に自分の役割にのめり込もうとするのも、彼が過去を断ち切ろうともがき、傷が癒えていない証拠だ。きっとこれからも痛みを抱えたまま生きていくのだろう。
──異界に帰る術は、いまだ発見されていない。
「イェスタ様には、何かお心当たりは御座いませんか」
逆に聞き返され、
「……ねぇよ」
むっつりとふて腐れてみせたが、本当に心当たりは無い。
「だから、本人に聞いてみるしかねぇだろ。会わせろ」
「いいえ。……今は休まれてますから、一旦、屋敷の方へお戻り下さい。大丈夫です。熱が続くようでしたら医者を手配します」
本当に融通が利かない。起きていなくても、側に居てやりたいだけなのに。
再三の要求にも全く動じない部下に、結局は折れて引き下がるしかなかった。
……引き下がる?
いいや。そんな選択肢は、この俺には皆無だ。
これは退却ではなく転進である。
援軍を率いて出直すまでだ。
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