第3話 我ながらいいアイディアだと思った

 我ながらいいアイディアだと思った。


 ──ハルカを妻に。


 碌でもない貴族どもと政略のために仮面夫婦になるよりずっといい。

 だが、ハルカが内縁の妻扱いでは、後々、面倒事に発展する事が懸念される。

 相続問題や継承権だけではなく、周囲の貴族どもからも軽んじられるようでは困る。正式に婚姻関係を成立できるように根回しをせねば。


 そんな裏事情もあり、ハルカとの関係は親友以上恋人未満あたりでうろついていた。

 何しろ異世界人との婚姻は我が国では認められていないため、事実婚のみで確実なデータが揃っていない。もし子が成せないようなら、ゆくゆくは後継者問題にも発展する重大な選択だ。


 法の改正のため各方面調査を進め、慎重に事を運ぶよう、周囲にも言い含めた。


 今は大人しくギスムントに控えているが、現国王は俺の技量を計っている様子だ。

 万が一、あのボンクラの兄弟のどちらかが国王となっても、どうせ俺ぐらいのものが補佐に就かない事には国が立ち行かない。現国王には実に憂慮すべき状況なのだ。

 面倒だから、俺が王になってもいいとさえ思う。妾腹の子ではあるが、人並みに野心とやらが無い事もない。無論、幾らでも「やりよう」はある。このまま……庸愚なる君主の施策の始末にかけずり回るだけの人生は御免だ、とも思う。

 今は「そのため」の力を蓄えるべき時だ。




 「絶対、来い」


 公演のチケットを目の前に差しだして、俺は言ったのだ。


 ハルカは、ちょっと嬉しげな、でも困ったような顔で

 「って言うけどさぁ……ボッチで観に行くの? やだなぁ。夜だし 」

 と杞憂を口にする。

 「テルセラにエスコートさせる」

 勿論、テルセラには事前に言い含めてある。

 特別手当を出す、とも言ったのだが「イェスタ様の命が私の存在意義ですから」と、やんわり断られた。


 「うーん」

 ハルカは、まだ不承不承といった風体だ。


 「……来ねぇと、マジ殺す」

 こういう言い方をすると、またノワゼやテルセラあたりから「女性に対してそのような言い方を……」と説教が入るのだろう。しかし、公演は王立学校の一大イベントになりつつある。

 今回は出演側にまわるため、ハルカと一緒に居られないのが残念なのだが、絶対に見せたかった。


 「テルセラには俺から言っておくから、用意していろよ」


 しっかりと念を押して、部屋をあとにした。




 慣習も考え方も、ましてや姿形さえも違うのだから、こちらの世界の常識は通用しない。

 ハルカとは身振り手振りさえも意味を成さないことが多々あり、想像よりも意思疎通の助けに繋がらなかった。

 彼女の言う「ニホン」という世界から渡ってきた記録はほとんど残されておらず、日常会話さえ不自由する。

 わからないことは、よく紙とペンを使って絵を描いた。

 子供用の図画を多用した本も多く取り寄せた。


 まだ質の改善や製造単価を下げるといった課題はあるものの、ここ十年程で新しい製紙や印刷の技術が飛躍的に広まっている。これも異世界人からもたらされた文化や技術情報によるものである。

 筆記用紙が、獣の皮を使ったり手で梳いていたりと高級品だった頃より、潤沢に記録用紙が使えるのだと経理担当者が話していた。ハルカが異世界より持ってきていたノートと同様なものが学生たちの間でも主流になってきている。


 過去、異世界人を迫害していた時代もあったようだが、こうしてみるとなんと愚かだったのかと感じさせられる。異世界より学ぶことは非常に多い。

 現に、今ハルカが描いて見せた通信に関する技術が、もし本当にこの世界に広まれば凄いことになる。


 壊れてしまって使い物にならなくなってしまったのだそうだが「スマホ」とやらで遠距離にいる人間と瞬時に情報の交換をしたり「ゆーちゅーぶ」とやらで動く絵が見られるのだという。

 ただし、それらを使用するためには「電気」が必要で、それについてはつい先日より試験的に送電が始まっている。「スマホ」の中にはハルカの世界の中でも最高峰の工業技術が詰まっていて、その内容はハルカでも分からないと言う。

 

 「無理じゃないかなぁ。精密機械だよ」

 ハルカは困ったような、諦めの表情で言う。

 「そんなことはないだろ。事実、ここにハルカが持っているんだから、絶対この世界でも作れるはずだ」

 きっといつの日か、これを使えるようにしてやると誓った。もちろんドサクサに紛れて手を握りながら、だ。


 初めの頃こそ、触れられる度いちいちビクついていたが、最近は随分慣れてきたようで、距離感を詰めて抱きしめたりしても、人前でなければ抵抗することもない。


 一度、人混みの中ではぐれそうになったところを、手をつないで歩いたことがあった。

 「あのね。日本人はそういうの、あんまりしないんだよ。……あの、恥ずかしいから、人前で……」

 と、喧噪を離れた場所まで来ると真顔で言われた。

 「へぇ」


 人前での恋人同士の愛情表現という点に関して言えば、我が国でも似たような感覚なのだが、知らぬ振りで黙っておくことにした。

 街中のカップルを眺めればその程度は気づくだろうと思うのだが、ハルカは俺の言動がスタンダードだと思っている節がある。そのまま、気付かないでいてくれるといい。



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