第2話 実際、人手は足りなかった

 実際、人手は足りなかった。

 俺が老害どもをバッサリ切り捨てて、安楽な余生とやらに叩き込んでやったのも一因だ。

 改革には必要なことだったが、重鎮が居なければ居ないで、鶴の一声で決まっていたような事柄や、例年通りダラダラと続いていた習慣をゼロから見直さねばならない。それなりに重労働で面倒だ。

 幸い、俺の方針に同調してくれる者も多く、寝る間も惜しんで尽力してくれている。ただし、自転車操業であることに変わりは無く、常時人手を募集している状況だ。


 俺は所詮、妾腹の子である。王位継承権三位という肩書きはあるが政治活動を進める上で使える手駒は少ない。

 この地に来てから能力のありそうな者を各方面探した。


 異世界人は、この世界とはかけ離れた歴史・文化をもち、特に技術や科学面で随分と進んでいる。

 馴染みの部下はあまりいい顔はしなかったが、俺は迷わず数人の異世界人を腹心として使った。

 不満が燻り出さないよう、状況を見極めながらの慎重な雇用が必要だろうと杞憂したが、存外に古参の部下達は俺の意向を正確に汲める者達だったようだ。メリットを理解し、うまくコミュニケーションをとってくれている。


 中でも、テルセラという名の獣人には、俺の人柄にいたく感じ入ったとかで、忠誠の誓いとやらを捧げられてしまった。彼は元の世界でも王族の衛兵として名を馳せた人物だったらしく、頭の回転も良く剣の腕も確かだ。

 騎士団で剣の師事をに就かせていたが、ハルカが異世界人専用の宿泊施設から出て独り暮らしを始める際に、密かに護衛としての役割を与えた。


 表向きはハルカの居住するアパートの管理人として、である。


 「サカキ・ハルカ」それが彼女の名前だった。

 使っている文字から過去に渡来した異世界人の資料を検索したが、なかなか見つからずに王立学校の書庫を漁ったり王都の学院本部に照会を依頼して、今にも崩れそうな古い資料を発掘した。

 「うわーなにこれ。筆? 読めないよこんなの……」

 どうやら、時間の流れのせいで書体も文章表現も随分ハルカの世代とは異なっていたらしい。

 実際に会話をして1つずつ単語を確かめた方が、資料を手繰るよりも早かった。




 世話役という口実を元に、俺はヒマを作ってはハルカに会いに行った。


 月の無い夜のような黒髪と、深い森の奥の木々のような茶色の混じった黒い瞳。

 故郷を懐かしんで、事ある毎に泣くものだから、黒が溶けて流れてしまうのではないかとさえ思ったものだ。

 面倒だと思いつつ、幾度も涙を拭ってやるうち……多分あの頃から、俺はハルカに惹かれていた。


 実際問題、いわゆる結婚適齢期を迎え、俺には縁談が降るように来ていた。

 色々と修正されているであろう、額入りの美麗な御息女の肖像画や、金糸銀糸を織り込んだ布で装飾された釣書、少しでも気を引こうというのか、地方の名産特産品、高価な贈り物の数々も屋敷に続々贈られてくる。


 「いい加減にして欲しいものだな。この分ではあっという間に部屋がガラクタで埋まるぞ」

 「そうは仰いましても、こればかりは仕方がありません」

 家令が慇懃に応じる。


 「……断りの返答も面倒だし……うわ。サータルガスのとこの1番目……会った事があるけど、頭の中おが屑でも詰まってるんじゃないかっていうぐらい、会話の内容が酷かったぞ。年齢も俺より結構上だし行き遅れもいいところだ。……ゼニアムのとこの6番目か。アイツのところホントに女ばっかり生まれてるな。あそこのババア嫌いなんだよ。親類になんざ、なりたかねぇぞ。つか、なんだこの肖像画は。原型の欠片もねえじゃん。これは? ああ。見たくもないぞコイツ、現王妃の系列じゃないか。却下だ」


 次々に切り捨てる。

 釣書など見なくても、一度会った「御息女」の顔と名前とある程度の性格は覚えている。

 継承権が上の兄弟たちに見切りを付けた、先見の明がある者が縁談を持ってくる……というわけではない。

 単に娘の頭数が多い貴族達が「あわよくば」と、こぞって権力という甘い蜜を求めて擦り寄ってきているだけだ。

 王都に触手を伸ばしてくる貴族連中には、禄なのがいない。自らの美や財力をこれ見よがしにひけらかす女どもにもうんざりだ。


 ──ハルカなら……こんな馬鹿げた謀(はか)りごととは無縁だ。

 何しろ、身寄りもなく異世界から単身この世界に飛ばされてきたわけなのだから。


 街中で、ハルカの黒い髪や目は酷く目立つ。

 ジロジロと無遠慮に見られたり、指を差される事を彼女は酷く怖れた。

 初めて会ったとき同様、フードのついた服を好み、目深にかぶって人目を避けるように行動するのだ。


 「隠さねぇで出してろ……キレイなんだから」

 「やだ」


 どうやら、俺の言葉を信用していなかったのだと知ったのは、随分後になってからだ。

 この世界の基準として黒い色がキレイなのだということに、彼女は全く思い至らなかったようだ。


 素手に触れ、握る行為は、この国では家族以上の親愛の情を示す。

 文化の違いはあるだろうが、肌に触れるというのは多かれ少なかれ愛情表現の一種である。

 指を絡め手を握りしめれば、彼女は握りかえしてくる。俺に対する嫌悪感はないはずだ。

 それに、俺の身分ハルカは明かしていないから妙な先入観も持たれていない。


 ……と、そこまで考えて、ハッとする。


 アイツは異世界人だ。

 我が国では、異世界人との婚姻は出来ない事になっている。

 「事になっている」というのは、事実婚の状態で夫婦同然の共同生活を営んでいる者も少なからず居るし、同族の異世界人同士での集落もあるからだ。


 ──なんだ。

 それでは、法律を変えればいいのではないか。

 早速、法学者に意見を聞きに行こう。


 それが、半年前までのことだ。

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