5-a


 バスが戸塚駅に停車して、僕たちは二人で降りる。

 散弾銃の掃射めいた夕立は、鎌倉から戸塚まで運ばれているうちに止んでいた。しかし空にはまだどんよりとした雲が残っている。またじきに、強い雨が降り出すかもしれない。

 去っていくバスを見送りながら、ほうと息を吐く。身体が妙に冷え込んでいても、吐いた息は白くはならない。やむもない。まだまだ八月も末、残暑である。


 視線を隣に移す。

 上下する細い肩。首もそう。薄い胸。華奢な少女の躰つき。

 色鮮やかな殴打の痣は、藤色のブラウスに隠されている。


「先生はこの後どうされるおつもりですか?」

「向かいのバスで鎌倉に戻るつもりだよ」

「そうですか。では、今度こそ本当にお別れですね」


 深々とおじぎをしてみせるエリーに、僕は空笑いで応えた。

 顔を上げた彼女はにこりと微笑んで言葉を続ける。


「今日はありがとうございました。たくさんお喋りしてきたんだぞうって、お兄ちゃんに自慢できることがひとつ増えました」


 嬉しそうな声でそんなことを言われて、僕は苦笑してしまう。そのうちに、薔薇色の瞳はわずかに曇る。


「そういえば先生は、鎌倉には旅行に来たと仰っていましたね」

「そうだよ。三泊四日。こっちに来て、まだ三時間も経っていないよ」

「四日ですか。それはまた随分と長いんですね」


 言いながら、エリーはふらりと歩き出す。

 バス停の屋根から外に踊り出ると、雲の隙間から差し込んだ斜陽が彼女を照らした。


「うふふ。先生は、長い長い旅の途上なのですね」


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