2-b


「ところでこんな雨の中、君はひとりでどこへ行こうとしてるんだい?」

「学校が夏休みに入ったので、祖父母のお家にお泊りするんです」


 エリーの赤い瞳が明後日の方角に向けられる。僕もその先を目で追いかける。


「祖父母と言っても、アイルランドではなくて日本の方ですよ」

「ご両親は一緒に行かないのかい?」

「はい。ママもパパも仕事で遅いんです。本当はお兄ちゃんと二人で行くはずだったのですけど、わたしはどうしても本を買わないといけなかったから、無理を言って先に行ってもらったんです」


 ですから今はこうして、わたし一人です。そう言い終えて、エリーはこちらを見た。

 顔をまじまじと見つめられる。


「それにしても、似ています」

「何?」

「先生と、お兄ちゃん。とてもそっくりです。瓜二つとは言いませんが、ええと、柿二つって程度には似ていると思います」

「あはは、随分と小さなものにすり替えられたね」

「じゃあ、ええと、茄子ならどうですか? 縁起物です」


 悪い気はしなかった。さておき話を戻す。


「僕と君のお兄さんが似ているって、でも僕と君は随分と見た目が違うようだけれど?」

「はい。わたしがこういう見た目に産まれたのは、ものの偶々ですからね。ですがお兄ちゃんはわたしとは違って、多くの人たちと同じ黒髪で、黒い瞳で、ちょっと可愛い風ですが女のひとに人気のある顔立ちをしていて、喋り方や笑い方が妙に先生とそっくりな人です」


 エリーは自分の胸に手を当てる。自嘲するような顔で続けた。


「わたしは奇妙な身体をしていますけど、お兄ちゃんはそうじゃないんです」


 言い訳をするみたいに、繰り返す。


「ええと、ですね。偶々なんですよ、本当に。わたしの肌や髪の毛や、特にこの赤い目を見るとみんなが驚きます。興味を持ってくれます。それはとても喜ばしいことです。でも、中身は一緒なんです。特別なものなんて、わたしは何一つ持っていません」


 だから、とまだ言葉を続けようとする彼女を遮って、僕は首を振った。


「僕は別に奇妙なんて思わないけどなあ」

「本当に? 奇妙じゃありませんか?」

「全然。僕は今でこそ小説を書いているけれど、でも本当は翻訳家になりたいんだ。そのために大学では語学を勉強している。だからっていうわけじゃないけど、君が日本人じゃなくたっておかしいなんて思わないよ」

「……ええと、わたしは日本人ですよ?」

「……そうだったね。そうだとも。でも、そういうことじゃない」

「うふふ。わかっています、冗談です。これも言葉のあやというやつですね。ですが、先生はわかっていませんね」


 何が分かっていないのか、それが分からず首を傾げる。するとエリーは答えた。


「いいえ、わかっていないというよりは、きっと勘違いですね」



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