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「勘違い?」

「はい。アイルランドの人々も、イギリス人でもフランス人でも、こんなに肌が白いなんてことはないようです。わたしは病気です。生まれた時から身体の色素が人より少ないらしいですから、この肌の色も、瞳の色も、その影響です」


 金と、白と、赤。彼女を構成する色。


「じつは病気の影響で、視力もひとより劣っています。ですから、こうして――」


 エリーはこちらに身を乗り出して、僕の瞳を、鼻を、口を、その輝く薔薇の瞳に閉じ込めてしまう。眉にぎゅっと力を込めて、くちびるをつき出して、迫力のないしかめっ面をしている姿が、何というか、ばかみたいだと思った。


「力一杯に目を凝らして見ないと、先生の顔も、じつはあまりよく見えません」


 身を乗り出したまま、エリーは恥ずかしげに微笑んだ。

 美しい笑顔だった。一秒前までばかみたいな顔をしていたのに、その笑顔は美しかった。

 衰えることを知らず地面を撃ち抜く雨の匂いに混じって、胡桃のような淡い香りが鼻をくすぐっている。日本の少女はこのような香りを漂わせないから、アイルランドの血統の恩恵だろうか。それとも、エリーだけの特別だろうか。

 雨の雫が金糸の毛先から色素の薄い頬へと伝う。そして小振りなくちびるで一瞬留まり、短い顎を辿ったなら、ささやかな紅に染まった雫はつるりと彼女の肌から離れていった。

 不意にその唇が息を飲み、顎のラインから先へと伝っていた雫がぱっと弾けた。


 エリーが何に反応したのか。その視線の先を追いかけてみれば、雨の中を走り抜けている一匹の犬がいた。エリーがベンチから立ち上がる。犬に向けて、こいこいと手指を曲げて見せる。

 犬でも雨宿りをするものだろうか? そんなことを思いながら眺めていると、そのうち犬はエリーをみつけて、事もあろうに本当にバス停まで駆け寄ってきたのだった。


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