【 第一幕④】

新学期最初の授業が終わり、帰り道をわたりちゃんと歩いています。

桜が満開を迎え、綺麗に風に揺れています。

風に煽られて散ってくる桜を見ると少し寂しさがこみ上げて来ます。


桜に目をやりながらわたりちゃんが聞いてきます。


「新しい先生、どうだった?」


「うーん……普通…かな? 授業も分かりやすかったと思うけど…何か…」


「ん?何か気になる事でもあった?」


「ううん、何でもない。 わたりちゃんはどうだった?」


「ウチは勉強苦手だから良し悪しはよく分からないけど、悪い先生ではなさそうって感じかな?」


まあまだ初日だからわからないけどっと付け足すわたりちゃん。


そんな話をしている間に自宅の近くまで来ていたようです。


「じゃあすず、また明日ね!」


「あ、うん。 また明日」



一人になり再び歩き出します。


思うのは今朝のホームルームでの事、先生に名前を呼ばれた時。

先生の表情が何か寂しそうな悲しそうな、そんな風に見えたのは気のせいでしょうか。

私自身も先生の表情に関係なく、胸がチクチクと痛むような感覚になっていました。


私と先生は初対面……ですよね。

何か関わりが過去にあったのでしょうか。

物心が付く前だったら分からないのも納得出来ますが…



自宅の前に立ちます。

現代に見合わない昔ながらの屋敷のような佇まい、この鈴峯家の存在に今まで何人もの先祖様が悩まされてきたのでしょうか。

顔も声も覚えてないけれど、お母さんもきっと…


風に揺れているリボンに手をやります。

こうしていると自然と気持ちが落ち着く気がします。


一度深呼吸をして、私は家の中に入っていきました。


「ただいま」


近くに誰も居ないのか返答がありません。

いつもの光景なので気にしません。


廊下を歩いていると前からお父さんが来ました。


「おかえり」


「ただいま帰りました、お父さん」


鈴峯 充嗣(みつぐ)

私のお父さんです。

私が産まれた時にお母さんを亡くして以来、男手一つで私を育ててくれました。

ですが鈴峯家の仕来り上、私か又は私の子を後継ぎにしろと言われてるのでしょう。

昔から私を道具としか思ってないのか、親子関係は冷めています。



「すず、また縁談の話が何件か来ている。 部屋に置いてあるから目を通しておきなさい」


やはりそれですか。

近頃頻度がどんどん増えてきてるとは思ってましたが、そろそろ相手を決めなさいという事なのでしょう。

私の人生なのだから私自身で色々決めたいのに、その権利すら無いのですね。


「すず、聞こえたかい?」


「…はい、聞こえています。 分かりました」



私は足早に自分の部屋に戻りました。

机の上の縁談書類には目をやらず、カバンを置いて書類を隠しました。

ベットに腰を掛け、膝を抱え顔を埋めます。


こういう時、お母さんが居てくれたらと思ってしまいます。


机に飾ってある写真を見上げます。

笑って写っているお母さんの姿です。

大切な人へ向けて笑っているような柔らかな笑顔。

この顔を見るからに、優しく母性溢れた人なんだと思います。

こんな人に私の胸の内を明かせたら、抱きしめてもらえたら、それはどれだけ嬉しい事でしょうか。


(ちりん……ちりん……)


リボンを撫でると優しく鳴る鈴、写真のお母さんも付けています。

声も性格も分からないし思い出も何もないけれど、今の私にとって大切な宝物であり、形見なのです。


ですが、鈴の音を聞いても晴れない気持ち。

様々な感情が入り交じり、思考が滅茶苦茶になる感覚です。

どうあっても逃れられない現実。





―私は何の為に生まれてきたのでしょうか―

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僕の目に映るエクラ 逢湊朶 しろ @asuta-shiro

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