【 第一幕③】
新たに受け持つクラスに向かって廊下を進む。
教頭先生からの事前説明が長く、終わる頃にはホームルーム開始時刻ギリギリになってしまっていた。
どんな生徒が集まっているのか期待と不安が入り交じる。
クラス名簿には目を通したのみでは当然何にもわからない。
しかし、1人だけ引っ掛かる名前がそこにあった……
何か靄が掛かったように思い出せない。
僕と何か関係性があるのだろうか?
手掛かりかもしれないという事に嬉しさと悲しさが入り交じる、そんな感じ。
しかし、記憶の事と教育は別。
教師として果たさなければならない事は見失ってはいけない。
そんな事を考えていたら目的の教室の前まで到着していた。
「2-C」
プレートを見上げた瞬間にチャイムが鳴った。
静かにゆっくりドアを開ける。
開けている途中で生徒が席に戻っていく音が耳に入ってきた。
この瞬間、何とも言えない緊張が走る。
生徒に対して第一印象で悪印象を持たせないよう前を向き、気持ちを引き締める。
人ひとり入れる程度にドアを開けると、生徒の顔が僕の目に飛び込んでくる。
見た事無い顔、期待の混じった眼差しで僕を見上げている。
「おはようございます」
一言挨拶をし、教卓の前に立つ。
学級委員であろうポニーテールに髪を結いた女生徒が元気よく号令を掛ける。
この学校はクラス替えが無く、基本的には学級委員は変わらないとの事。
「起立!」
全員立ち上がり僕と初対面を果たす。
興味のあるたくさんの眼差しがこちらを見ている。
「礼!」
「着席!」
再び一斉に席に着き、落ち着いたタイミングで口を開く。
「皆さん、おはようございます」
「初めまして、今日からこのクラスを担当する事になった浅間 幸輝です。宜しくお願いします」
柔らかい表情を作るよう努めつつ自己紹介後、生徒に向けて会釈をする。
「宜しくお願いします」
生徒から声が返ってきたので、少しだけ安堵した。
挨拶もそこそこに出席簿を開いた。
「それでは出席を取りますので、呼ばれた方は立って返事をして下さい」
……
………
…………
何人か呼び終わり、先ほど号令を掛けてくれた女生徒の番が来たようだ。
「大亘 わたりさん」
「はい!!」
大亘さんは元気良い返事をして立ち上がり、力強い眼差しで僕を見つめながら挨拶をしてくれた。
「浅間先生 初めまして!」
「大亘わたりです、このクラスの学級をしています!宜しくお願いします!」
喋るだけで周りの雰囲気を明るくしてくれそうな娘である。
こういう娘が学級委員をしてくれるのは心強い。
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
そう返すと大亘さんは軽く会釈をして再び席に着いた。
その後も何人か出席を取り、いよいよ最後の1人になった。
「鈴峯 すずさん」
名前を見た瞬間に感じた妙な感覚。
この娘がその当人である。
「はい」
控えめな返事をして立ち上がろうとすると
(ちりん…ちりん…)
リボンに付いている鈴が鳴った。
どこか懐かしいような、はたまた切ないような感覚が走る。
立ち上がった鈴峯さんが口を開く。
「初めまして、鈴峯すずです」
「宜しくお願いします」
軽く会釈をすると再び鈴が鳴った。
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
再び顔を見上げる。
やはり何処かで見たような気がする…
その表情と何よりも髪に付いている水色のリボン、そして鈴。
とても大切な事だったような…
きっと、取り戻すその鍵はきっと彼女にあると直感的に思った。
鈴峯さんが席に着く音を聞いたところで我に返る。
物思いに耽ってるわけにもいかないので、ホームルームをそこそこに授業を始める事にした。
「それでは早速授業を始めたいと思います、途中で何か分からない事や質問がありましたら遠慮なく言って下さい」
こうして僕の教師生活は幕を開けたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます