第3夜 「花」

 ――おや、何と珍しい花を手に入れていらしたのか!いや、美しい。何度見てもほれぼれ致します。とはいえ、私もこれほど間近に――触れてしまえるほどの距離で拝見したのは初めてです。いつもは行商人が、街角に立ったテントの奥の奥、日も当たらない机の上に、ガラスのケースに販売しているような代物なのですから。……いや、美しい。

 ご覧ください、この6枚の透き通る花びらを。流れるようにまっすぐなこの茎を。こちらの葉は丸みを帯びているのに、こちらの葉はぎざぎざとしている。見事なまでの非対称性。

 実は私、この花の原産地まで赴いたことがありまして。この花の一本でも買い求め、次なる旅程の語り草にでもしようかと、演奏旅行のさ中に。――ええ、先ほど申しました通り、この花をこれほど近くで見るのは初めてですとも。つまるところ、花の時季を逃しておりまして。いや、まったくの不勉強、お恥ずかしい限りです。花のない時期に花を摘みに行くとは。しかしてあの花は、年中どこかで咲いていそうな、何か魔法のような力を感じることがありますよ。

 その代わりとでも申しましょうか、この花にまつわる面白い話を街の子供たちから仕入れることはできましたよ。今宵はそのお話でもいたしましょうか。

 さて、この花の特徴たる、6枚の透明な花びら。街の外の草原いっぱいにこの花が咲き誇るころ、自らの手で一本を手折り、老若男女を問わず贈りあうのが、その街の習わしだそうです。

 なんでも、相手に手渡したその瞬間、花びらのうち数枚が、色づくのだそうで。その花びらの位置と色に、人々は古くから様々な意味を見出していたようです。贈り主からのメッセージだと。一枚の事もあれば、全ての事も。まったく色づかないときは、物笑いの種としてその花が珍重されるようですよ。

 一枚目は「友」。花咲く時季の柔らかな草原を写し取ったような、淡い緑に色づくそうです。これを受け取った者は、送り相手の友情に感激することでしょう。

 二枚目は「愛」。その意味がつくのも然りと言える、甘く優しい桃色です。異性から受け取った瞬間、この花びらが色づけば、うら若き娘は卒倒してしまうのではないでしょうかね。

 この二枚には、異説もあるそうです。どうやら年代や、育った家の言い伝えによっても解釈が異なるようでして。その説によると、緑色が「家族」、桃色が「人生」だそうですよ。ああ、一人の少女がこう申しておりましたね。自分の父親が母親に花を贈ったとき、緑色と桃色が鮮やかに色づいた。そこで父親はひざまずき、母親の手を取って声高らかに宣言したそうです、「私と家族になって、人生を共に送ってください」、と。なかなかに、おませなお嬢さんでしたね。

 さて、三枚目は「命令」。途端に騎士道のような硬さを帯びましたね。当時からの名残なのでしょう。その街から四方へ延びる、はちみつ色の石畳のように、甘い色にも意志を湛えた黄色。上司から部下へ贈ったときに、この花びらが色づいてしまっては気まずいことでしょうな。

 四枚目は「望み」。大志を抱く空のように、あるいは夢を抱える海のように、淡く、濃く、爽やかな青色だそうです。これはなかなかに、受け取り手の解釈が重要な意味を帯びる一枚でしょう。贈り主が自分に、何を望んでいるのか。この友情が永遠に続くことか、はたまた今晩酒でもいっぱいどうか、か。

 五枚目は、これはユニークだ。「年長」、を表すそうですよ。年を重ね白くなった髭のように、威厳のある白色。弟から兄へ、子から父へ、従者から主人へ。この花びらが色づくとき、目下の者の顔は尊敬と崇拝に満ち溢れ、目上の者には穏やかな喜びが広がることでしょう。

 六枚目は、手厳しい。「規則」を表す灰色の花びらです。まるで咎人のように思ってしまいますが、しかして一番愛されている色でもあるそうなのです。なぜでしょうか。――こんな逸話があったそうですよ。とある時代、この花が咲き誇るころ、時の権力者、街の支配者たる女領主が、草原を訪れたそうです。近くにいた若者が花を手折り、ひざまずいて差し出すには、「レディ、これをお受け取り下さい」と。女領主がその花を手にするや否や、たちまちに灰色の花びらが一枚、色づきました。すわ一大事、周りの者が真っ青になる中、若者はただ一人、胸を張ってこう申したそうです。「ああ、レディ、我らが支配者、我らが規則! あなたこそ、この街を、この地を統べるお方!」と。女領主はそののち、その若者を従者として召し上げ、譲位するまで穏健で民のためを想った統治をしたそうですよ。

 ……さて、全ての花びらの意味を語り終えたところで、今宵の私の話は終わりにいたしましょう。

 ああ、しかし私も、触れてみたいものだ。どなたか、私にこの花を贈ってはいただけませんかね。かの地までは、ここからは少々時間がかかりますが、今から出立すれば、ちょうど花の時季に辿り着けるのではないでしょうかね。

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