第9章:解法
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翌朝、大屋敷の全員が早めに出勤して、会議室で夕刻の作戦活動についてギレリスの説明を聞いた。国家車両監査局(GAI)からも、ノヴィコフ大尉も出席している。クリコフが照明、ペトロフがブラインド、ラザレフが映写機を担当していた。
「みんな、よく聞いてくれ」ギレリスは言った。「本日午後の《肉弾》作戦は、私の指揮により1600時に開始される」
手を上に伸ばし、サンクトペテルブルクとその近郊の地図を引っ張り下ろす。
「この作戦には、2つの段階がある。
第1段階はこうだ。ノヴィコフ大尉のGAIチームがガッチナからM20号線をプスコフ方面に15キロほど南下した地点に待機する。同時に、OMONと私とサーシャがそれより5キロほど北に陣取る。空港のすぐ手前に、ソヴィンテロートのガソリンスタンドがあって、その隣が木立ちに隠れた待避所にみたいになっている。
輸送車隊がGAIの前を通過したら、パトカーが1台、その後を追いかけて、最後尾の車両を我々の位置になるべく近いところで停止させる。我々は木立ちの陰に停車しているから、向こうからは見えないはずだ。GAIの諸君がトラックの運転手と助手を下車させ、ブレーキランプの故障という名目で、後部まで彼らを連れてくる。ところが、そこにはOMONと私とサーシャが待ち構えている。運転手と助手には、旅程を全うできなくなったことを深くお詫びして・・・」
笑いが起こり、ギレリスはしばらく話を中断した。
「それで、私とサーシャがトラックの運転台に乗る」
寝不足の頭痛に悩むリュトヴィッツの隣で、スヴェトラーノフが小突いてくる。ギレリスの説明は続いていた。
「我々は残りのトラックの後を追いかけ、携帯無線機を使って、OMONの本隊を肉の受け渡し予定地まで誘導する。相手側がどのくらいの人員を配置しているかは分からんが、全員が武器を所持していて、いつでもそれを使用する態勢にあることは予期しておいた方がいいだろう。ただし、我が方の情報提供者によると、次の3人が相手側の顔ぶれに含まれていると思われる」クリコフへうなづいた。「明かりを消してくれ」
ラザレフが映写機のスイッチを入れた。最初のスライドは、民警の捜査資料に添付された顔写真だった。
「マカル・ナズドラチェンコ。別名、《小人》。ペテルのウクライナ・マフィアの組頭だ。1958年、キエフ生まれ。殺人未遂で5年間服役していた。よし、次だ」
ラザレフが2枚目のスライドを入れる。
「アラム・ウルマーノフ。1956年、ドニエプルペトロフスク生まれ。陸軍でレスリングのヘビー級チャンピオンだったことから、《レスラー》と呼ばれている。オリンピックに出場する予定だったが、麻薬の常習が発覚して、2年の懲役をくらった。ヤク中といっても、身体はでかい。気軽に格闘は挑まん方がいいだろう。
この2人がドミトリ・ヴィシネフスキーとオレグ・サカシュヴィリとスルタン・ドゥダロフを殺害したことは間違いない。取り逃がすことのないように。よし、次」
次に映し出されたのは、犯罪記録部から送られてきた顔写真だった。
「レオニード・スヴォリノフ。1955年、ウマーニ生まれ。闇屋として知られている。窃盗で、前科一犯。汚染された肉をペテルのコーペラチヴに売っていた男だ。そして、最後にもうひとり」
4枚目のスライドは、これまでの顔写真とは違っていた。黒い革のコートを着た年配の男が、キーロフ・オペラバレエ団の本拠地であるマリインスキー劇場の前に停まったベンツから降りるところを撮った望遠写真だ。
「最後だが、けっして優先順位が低いわけじゃない。ヴァレンティン・ルイバルコ。1946年、ロストフ生まれ。バレエの愛好家ということから、《黒鳥》と呼ばれている。70年代に為替法違反で捕まっているが、以後は無傷だ。だいぶ以前から、我々はこの男がペテルのウクライナ・マフィアの大ボスじゃないかとにらんでいる。今回の件に奴がどの程度まで関わっているかは不明だが、全く知らないということはないだろう。直々に姿を現した場合に備えて、この顔をよく見ておいてくれ」ギレリスはペトロフに向いた。「ブラインドを上げてくれるか?」
ラザレフが映写機のスイッチを切り、ペトロフがブラインドを上げる。
「何か、質問は?」
OMONの1人が手を上げた。
「なぜ、運転手と入れ替わるのですか?ただ追跡していくだけの方が、簡単ではないでしょうか?」
「輸送車隊がいったん市内に入ると、どこにマフィアの眼が光っているか分からん。追手の姿を見られたら、そこで一巻の終わりだからな。ヘリを使いたいところだが、空軍は作戦全体の指揮を自分たちに任せない限り、1機も貸せんと言ってきた。空軍の手柄にしたいということだろう」
怒りと驚きに、室内がしばしざわめいた。また1人の手が上がる。
「運転を入れ替わったことが、他のトラックから見れば分かるんじゃないですか?」
「いや、風防ガラスには鎧板が張られている」
さらに、もう1人。
「作戦が終了した後、運ばれてきた肉はどうなるんですか?」
「よくぞ聞いてくれた。どんなことがあっても、肉には絶対に手を触れないように」
大きな不満の呻きが湧き起こった。ギレリスが声を張り上げる。
「放射能に汚染されているんだ。この際はっきりさせておくが、トラックに積まれている肉は人間の食用に適さない」
「誰もそんなこと、気にしないさ」茶化しぎみの声がした。
「見た目には安全に映るかもしれん。だが、古い格言にあるように『眼に見えるもの、信ずるべからず』だ。この問題については、コンドラシン刑事部長と相談した結果、アングロ・ソユートザム運輸に核廃棄物と同じ方法で処理してもらうことになった。全てを専門家に任せるんだ。いいな?」
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