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 ポターニンはうなづき、それから思いついたように、社の業務内容を語り始めた。

「ご存じかどうか分かりませんが、ソスノヴィ原発には原子炉が4基あって、それぞれの原子炉から廃棄物が出ます。廃棄物の処理に関して、我が国の実績は芳しいものではありません。そして、ロシアやリトアニア、ウクライナで稼働しているRBMK(黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉)の多くが、万全とは言えない状態にあります。その一方で、この原子炉は旧ソ連の原子力発電量の半分を占めてます」

「チェルノブイリで事故を起こしたのも、同じ型でしたね」

「それらの施設を近代化するため、諸外国から融資を受けることになるのですが、融資の条件として、我が国は核廃棄物の処理に関し、国際原子力機関(IAEA)へ協力することに同意しました。核廃棄物そのものはドラム缶に密閉されて、我が社の冷蔵車に積み込まれます。ご覧の通り、万一の事故に備えて、トラックの一部は装甲板で保護されてます。この分野では、イギリスが進んでいて、様々な技術を提供してくれます。トラック自体もイギリス製です。積み込まれた荷物は、長期貯蔵施設へ運ばれるわけです」

「つまり・・・」ギレリスは言った。「西側がロシアの原子炉の近代化を助けてくれる見返りに、我々はあちらさんのゴミを一手に引き受けるということですか」

「まぁ、そんなところです。もちろん、処理すべきは核廃棄物ばかりではありません。核弾頭を解体施設まで運んでいくという問題もあります。現に、その問題に対処するための特別輸送トラック部隊を、我が社に配備しようという計画が進められています」

「しかし、なんで、そういうものをトラックで運ぶんです?」ラザレフは言った。「鉄道の方が、うんと安全じゃないですか?」

「お言葉ですが、これが他の国の話なら、ご意見に同意いたすところでしょう。しかし、このロシアでは国民の大多数が車を持たず、遠方の移動には必ずと言っていいほど鉄道が使われます。そのために、列車の運行は遅く不確かになりがちです。放射性物質の輸送に関しては、わずかな遅滞も許されません」

「あなた方が遺漏なく業務を管理なさっていることは、よく分かりました」ギレリスは言った。「しかし、できれば他の運転手たちの話も聞きたいのです。トーリャを知っていた人たち。もしかすると、一緒に酒を飲んだかもしれない人たち・・・きっと何かが浮かび上がってくるでしょう。誰かに何かを言い残した可能性もありますし」

「それは構わないですが、2~3日待っていただかねばなりません。少なくとも、輸送車隊が廃棄場から戻ってくるまで」

「廃棄場というのは、どこにあるんです?」

「申し上げませんでしたか?白ロシアの南、ウクライナとの国境地帯です。プリピャチの近く」

「それだと、チェルノブイリのすぐそばじゃないですか」ラザレフが言った。

「正確に言うと、3キロ離れた場所です」

「あの辺り一帯は、立入禁止にされてると思ってたが」ギレリスが言った。

「その通りですよ、大佐」ポターニンが言った。「廃棄物はどこかへ捨てなくてはなりませんからね。プリピャチの立入禁止区域内には、すでに800か所の埋立地があって、5億立方メートルの放射性廃棄物とチェルノブイリ事故の残骸が埋められています。あの土地はもう、再生不能です。すでに汚染されきったあの一帯ほど、核廃棄物の長期貯蔵に適した場所が他に考えられますか」

「まあ、考えられないでしょうな」ギレリスが同意した。「運転手の人選がたいへん厳しいと言われましたが、そうすると、1人ひとりについての人事考課みたいなものが、個別のファイルに記されているんでしょうか?」

「そういうファイルを作って、別に不都合はないと思いますが」

「もちろん、不都合はありません。私はただ、アナトリー・ロマネンコのファイルを貸していただけないかと思ったのです。捜査の参考にできるかもしれないので」

「ああ、そういうことでしたか。つい弁解がましいことを申し上げてしまって・・・」

 ポターニンは書類戸棚の鍵を開け、抽斗を引っ張り出した。ファイルの束を手早くかき分け、ひとつを取り出して、ギレリスに渡す。

「何もかも、それに書いてあります。住所、旅券番号、検診結果、雇用記録・・・若い頃からのトーリャの全てがね」

「ありがとうございました」ギレリスはポターニンに名刺を渡した。「輸送車隊が戻ってきたら、こちらまで電話していただけると助かります」

 ラザレフを従えて、ギレリスは戸口まで歩いた。

「もうひとつだけ、ポターニンさん。デミトヴァ博士をご存じですか?」

「いいえ。そういうお名前の人物には、心当たりありませんね」

 ギレリスはうなづいた。時間を割いてくれたことへの礼を言い、もう一度会社の設備の素晴らしさを褒めてから、いとまを告げた。

 蒸し暑い午後の残り時間を、ギレリスとラザレフとリュトヴィッツは大屋敷で、アナトリー・ロマネンコの人生の細目を調べることに費やし、何の収穫も得ずに終わった。しかし、クレスチ刑務所の所長から電話があって、ヴァシリー・セルギエンコが考えを変えたことが知らされた。ようやく捜査に協力する気になったのだ。

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