第2話 悪さするヴィラン
まばらな屋根が点在する小さな集落と思っていたが、丘の稜線に沿って回り込むように下るに連れて、思いのほか建物が多く建ち並んでいるのが見えるようになってきた。
流石に町とまではいかないまでも、山あいの村としてはそれなりの規模のようだ。
丘の上に建つ小屋から、きちんと踏みならされた道と呼べるようなものが見当たらないことに若干疑問もあったけど、畜産で生計を立てる典型的な村らしく、猫の額ほどの畑が申し訳なさそうに村の向こうに広がっていた。
僕達がこの想区の情報を仕入れるために、煉瓦造りの家々が並ぶ村の中央通りと思しき道を進み、少し開けた広場に差し掛かったところで人だかりが出来ているのに行き当たった。
午後のひととき、仕事の合間のお昼休憩で農具など片手に楽しく歓談してる。という雰囲気ではない。
村人たちの表情も声の調子も怒気を含んでいて、まるで戦の準備でもしてるのではないかと思ったほどだ。
シェイン曰く、「まるで百姓一揆のよう」だとか。畜産農家のストライキみたいなものだろうか?
声をかけようにもみんな話に夢中で、誰一人として取り合ってくれそうもない。
聞き耳を立てていたレイナが言うには、例の丘の上にいる少年の処遇について喧々諤々の熱い議論が繰り広げられているみたいだ。
一体何をやらかすと村人総出の怒りを買うのか理解に苦しむが、これがこの想区、あるいはこの村の習わしなのかもしれないので、深入りするのは遠慮しておこうとなった。
「どうすんだ、お嬢。これじゃ想区の情報は聞けそうにねーが」
「確かに、一番の関心ごとが明日の天気ってくらいの牧歌的な人たちだね」
「言う事聞かない子供をどう躾けるべきか、熱く語り合っちゃうくらいですからね。何か異変とかあれば大騒ぎしそうなものですけど」
「しかたないわね。ここに集まってる人たちの邪魔はしないで、少し村を回ってみましょうか。誰か他に話を聞けるかもしれないし、ファムもそれでいい?」
見ると広場の片隅に置かれたベンチの背もたれに身を預け、今にも倒れてしまいそうな程顔色が良くない。
「ちょっとファム、大丈夫!? レイナどうしよう?」
「まったく……仕方ないわね。ちょっとその辺回ってくるから、それまで大人しく休んでなさい」
ファムは力なく手をひらひらとさせると、そのままベンチに横になってしまった。
僕らはてっきり面倒臭がってごねてたのかと思ってたけど、本当に空気の薄さが堪えてたみたいだ。
これでは口先の魔術師も形無しだね。……あれ、なんちゃって魔女だっけ?
小川で汲んできた水筒の冷たい水で、タオルを冷やしてファムの額に当てると、僕らは広場を後にして村の散策と情報収集に出かけた。
そして広場を出てから数分後──僕らは路地裏で立ち尽くしていた。
別にレイナの道案内で歩いていて迷ったとか、そういうことではない。
なんというか、出会い頭に状況がまったく飲み込めず固まってしまうような、そんな感じ。
「姉御、あれどう思います?」
「どうって言われても……判断に困るわね」
僕達が村人から想区の情報や何か気付いたことはないか話を聞こうと、住居の間を網の目のように不規則に伸びる石畳の道を右に左に進んで行くと、あまり馴染みのない光景に出くわした。
そりゃ僕らもいろんな想区があることは承知してるし、自分たちの常識で測っちゃいけないことも稀にあるのも分かっているつもりだ。
でもいくらなんでもコレはどうなんだろう?
「被害の程度に差はあるって言っても、普通は直接人に危害加えてるものよね?」
「シェインも同じ認識ですが、これはなんというか、程度の差という問題ではない気がします」
「なんでヴィランが、その……イタズラしてるのかな? ってあれ、イタズラだよね?」
「オレに聞くな……頭痛くなってくるぜ」
辛口ツッコミ担当のシェインも呆気に取られるほどの珍光景。
ヴィランが軒先に吊るされた洗濯物を地面に落としたり、何か飼料の入ったカゴをひっくり返したりしている。どこからどう見ても破壊活動ではなく悪戯だ。
立ち尽くす僕らの足元を、今コッコヴィランが悠然と通り過ぎていった。
「考えてたってしかたねー。いつもどおりこいつらまとめてぶちのめすぞ」
「ええ、そうしましょうか」
僕達はいっそその辺のホウキや物干し竿で戦おうかとも思ったけど、壊して村人達に迷惑かけるのも悪いので、いつも通りの段取りで害獣駆除をはじめた。
「で、どうするよ? こう狭くちゃろくに立ち回りなんて出来ないぜ?」
「とにかく建物とか村人に被害を出さないこと。いいわね」
「それじゃ僕とタオがディフェンダーで挟み撃ちにするよ。シェインとレイナは近接で各個撃破かな」
「わかりました。お二人はヴィランを逃さないようにしっかり抑えておいてください」
「おう! オレは向こうから周るからこっちは頼んだぜ」
「それじゃ、みんな行くわよ!」
作戦に問題はない。問題があるとするとこの路地の狭さだろう。
僕達が導きの栞で変身すると、途端にヴィランたちが逃げ始めた。
いつもの戦闘なら一撃で薙ぎ払えるような数なのに、狭いせいであまり振りかぶれない。
このヴィランは戦うつもりがないと言うか、ちょこまかと逃げ回ってはその辺の鉢植えや腰掛けなど、手当り次第に投げつけてくる。
その上足元で我れ関せずのコッコヴィランが奔放にウロウロしているので、戦い難いったらありゃしない。
ここまで散らかるのなら、冗談抜きでホウキや物干し竿で戦っても良かったかもしれない。
コネクトしたヒーローたちも、吹き出すのをこらえてるのが伝わってくる始末。
なんとも異例づくしの想区だ。
これ以上周辺への被害が広がらないうちに、さっさとケリを付けてしまおう。
僕はゴリアテに変身しているタオに合図を送り、低い姿勢で盾を構えたまま突進。
向こうからも同じく盾で壁を作りながら、ヴィランの逃げ道を潰していく。
そこにシェインとレイナが、それぞれ鬼姫とアリスの連撃で次々と切り捨てていった。
ドン・キホーテの僕が勝ち名乗りを上げて、無事勝利を収めた事を告げる。
思ったより手こずった、と言うか想像以上に大変だったヴィラン退治が終わると、そこには悪戯以上の惨状が広がっていた。
僕達は慌てて召喚を解き顔を見合わせる。
「これどうしようかしらね」
「どうも出来ない気がするんだけど……」
「こういうのって調律すれば戻るんじゃないんですか?」
「そんな便利な機能はありません」
「なら答えは一つだ。ずらかるぜ!」
「あ、ちょっとタオ!? 一人だけ逃げるなんてずるいわよ!」
走り出すタオを追ってこの場を離脱していくレイナを見ながら、僕とシェインは片付けようと手にしていた諸々を、そっと地面に下ろし静かにその場を去ることにした。
締りが悪いと言うか座りの悪い戦闘を終え、僕達はさほど広くない村の中を見て回った。
人目の少ないところで何回か悪戯三昧のヴィランに遭遇したけど、僕達の姿に気づくとすばしっこく逃げてしまい、倒せたのは最初の一回だけ。
まあよしんば退治できたとしても、僕らが村人たちの生活を脅かしかねないので、深追いはしなかったけど。
結局想区の情報についてはまったく聞くことができなかった。
どうも若者や大人など、働き手の人たちはみんな広場に行ってしまっているらしく、火の見櫓の青年以外誰もいない状態だ。
残った小さな子供は恥ずかしそうにして家に逃げ帰り、お年寄りたちは耳が遠くて聞こえていないため、情報を得るどころの騒ぎじゃない。
唯一聞けたのは「あいあい、ほんに今日はええ天気じゃね〜。お前さんたちも身体にきーつけんさいよ〜」というありがたいお言葉だった。
これ以上の成果は期待できそうもないので、仕方なく僕らはファムの待つ広場へ戻ることにした。
なんかいつもはもっとこう、ナイスなタイミングで主役や関係者にばったり遭遇して、想区に起こっている歪みなどもあっさりと判明したりするのに、これではまるで風情のある山村に観光旅行にでも来ているような感じだ。
ヴィランを見てしまった以上は警戒せざるを得ない訳だけど、図らずも僕達自身が村を荒らしてしまったことを除いても、とてものどかで平和な村と言えなくはない。
もっとも、カオステラーの気配は相変わらず感知できないらしく、これでは僕らのほうが招かれざる客と言った方がいいような気さえしてくる。
何も情報を得られず、がっかり肩を落としながら広場に戻ってきた僕らと対象的に、興奮した様子の村人たちは相変わらずで、白熱した話し合いをまだ続けている。
ベンチで休ませてたファムは、僕達の姿を見つけると手を振りながら、バツが悪そうな表情で出迎えてくれた。
顔色も普段通りでとりあえずは一安心。ベンチをポンポンしながら、「おつかれ」と僕らに座るよう促してきた。
「いや〜ご心配おかけしましたぁ。もう体調の方もバッチリなんで。それでどうだった? 何か分かった?」
レイナは頭を抱えながら、路地裏での顛末を話して聞かせる。
直接見た者でなければ誰も信じないだろう摩訶不思議な光景を、ファムは紙袋片手に興味深そうに聞き入っていた。
「なるほどね〜……アム。……まさか、もぐ、ヴィランと共存て、ことはないだろうけど、もぐもぐ……そういう想区って、ことはないよね? ゴックン……」
「ちょっと? 人が苦労して情報収集してたのに、何一人で買い食いなんかしてるのよ!」
「違うってば。ここでへばってたら、誰かが差し入れてくれたんだよ?」
「まさか物乞いと間違われたの!? 信じられない……!」
「ひどいなぁ、心優しい人が私を気遣ってくれただけだってば。それより食べる?」
「ここがどんな想区か、ハム……分からないって言うのに、もぐもぐ、無警戒すぎ! あら、これ美味しいわね」
「無警戒はどっちだか……」
お腹も空いていたので、僕らもご相伴に預かり遅めのランチを取ることにした。
もっちりとしたバケットに、シェーブルチーズとスライストマトを挟んで、軽く焼いただけのシンプルなサンドイッチだけど、口の中に広がる濃厚な香りと酸味が絶品だ。
これで搾りたてのミルクでもあれば言うことなしだけど、そこまで贅沢は言えない。
「ところでちゃんとお礼は言ったの?」
「それがね、お礼を言うんで起き上がろうとしたら、そのまま寝ていろって。なんか凛々しい話し方だったような……あ、ほら、半分寝てたし具合悪かったから」
「新入りさん。こういうだらしない大人になったら駄目ですからね」
「肝に銘じておきます」
僕らが路地裏でヴィランと格闘していた頃、気圧差になかなか慣れず、横になり頭痛と格闘しながら村人たちの話を聞いていたファムが言うには、あの丘の上の「わんぱく坊や」の悪戯に悩まされていた村人たちが、我慢の限界ということでこれからとっちめに行く、と決まったそうだ。
ただその被害内容というのが、さっきファムに聞かせたものとそっくりと言うか、どう見てもヴィランの仕業っぽいのが気になるところではあるけど。
その辺のところを誰かに確認できないだろうか?
さっきから建物の影に隠れて、こちらをチラチラ伺ってるあの女の子とか。
チーズサンドを美味しく頂き、村人たちに声をかけようと立ち上がったちょうどその時、村を散策してる時に見かけたあの火の見櫓の鐘が、けたたましく鳴り響いた。
『敵襲! 狼が来たぞー!』
村人たちはそれぞれ手にしていた農具などを構えて飛び出していく。
僕達も見張り番の指差す方へ走り出した。
「いいんですか? 余計なことに首を突っ込んだりして」
「これは大人と子供の諍いとは違うさ。見て見ぬふりは出来ないよ!」
「坊主、わかってるじゃねーか! これは加勢するしかねーな」
「しかたないわ。できるだけ出しゃばらないように援護しましょう」
山の裾野に広がる森の方角、狼はそちらから現われたようだ。
本日二度目の特殊ミッション──村人たちの援護をしながら勝利せよ。
「極力怪我人を出さないように、各自気をつけて!」
「了解!」
僕らは空白の書を開き、適切なヒーローをチョイスしコネクトする。
村人の前に躍り出たタオはゴリアテで護衛、シェインは近場の屋根の上に飛び乗りエルノアで援護射撃、ファムも村の入り口からいばら姫で迎撃準備、僕はジャックで狼の群れに切り込み、レイナは万が一に備えて布告うさぎで後方待機。
布陣は完璧だ。
あまり大活躍しないように、狼と戦う村人たちをカバーする戦いに徹することにした。
「我々も助太刀いたす! 存分に暴れられよ!」
ゴリアテの名乗り出に村人たちの戦意も更に高揚する。
僕らを交えた混戦部隊は、雄叫びを上げながら高原へと突撃を開始した。
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