第3話 謎の白騎士

 いざ戦いが始まると、僕らの支援は思いのほかうまくいった。

 なんと言うのか、見てると踏み込みが甘かったり、武器の扱いがお世辞にも上手いとは言えない状態で、正にへっぴり腰と言うやつではあるのだけど、妙に統制の取れた動きでお互いをフォローしあっているのが分かる。

 小さな村落ならではの結束のなせる技か、日々こうした戦いに慣れているのか分からないけど、僕達は途中から完全にバックアップに回り、取りこぼしや怪我人への対応に専念した。

 やがて狼たちは、その本能からか徐々に戦線を離脱しはじめ、次第に遠巻きにして恨めしそうに僕らを見ているだけになった。

 そう、勝利だ。素人同然の村人たちの奮闘で、見事狼の襲撃から村を守ることに成功したのだ。

 健闘を称え労い合っている村人を見て僕達は変身を解き、「これなら参戦しなくてもよかったね」などと話していると、若者数人が僕らの元に近づいてきた。

 顔中ドロまみれで、お世辞にも綺麗とは言えない汚れ方だけど、とても誇らしい笑顔で輝いている。


「あんたら結構強いんだな。広場で伸びてたからてっきりひょろっちい奴らかと思ってたけど、助かったよ」

「ありがとう。そういうあなたたちも結構いい線行ってたわよ」

「まあな、俺達だってやるときはやるさ。ほんとのところは王国の騎士様に戦い方を教わったんだけどな」

「それで物は相談なんだが、あんたらの腕っ節を見込んで頼みたいことがあるんだ」

「頼みって何かしら?」

「実は丘の上に住む羊飼いの悪ガキを懲らしめたいんだ」

 相談とはやはりそのことだったか。悪さをするあの少年を懲らしめる、そのために村人総出で作戦会議をしていたが。

 簡潔に、この村の事情を知らず無闇に介入は出来ないと伝えると、肝心な部分はスルーされ、「なんだ、この土地の者じゃないのか」とがっかりされた。

「旅の方なら知らないのも無理はないな。実はあの小僧のイタズラが酷くて、俺達の貴重な収入源まで駄目にさせられそうになった程なんだぜ? 麓の町まで噂になってるくらいだ」

「井戸にカエルを投げ込んだり畑に落とし穴を掘ったりミルクを汲む桶の底を抜いたり、もう限度を知らないのさ」

「おとつい数人がかりでとっちめに行ったんだけど、ことごとく返り討ちにあってどうしたものかと困っているんだ」

「最近じゃ黒い悪魔まで現われて、村中好き放題さ。騎士様も自分たちで解決しろと仰っていたが、もう我々の手に負えなくってね」

「なるほどね〜、それはひどいねぇ」

 これはせっかくのチャンスとばかりに、この想区の情報を得ようと色々と質問してみることにした。


 興奮気味にまくし立てる青年達の話をまとめるとこうだ。

 少年の悪戯に手を焼いていた村人たちだが、つい先週辺りに狼の群れが襲ってきて、怪我人が出る被害があった。

 冬に餌を求めて山から降りてくることはあっても、夏に村を襲うなんて今までに経験がない。

 その時はたまたま視察か何かで来ていたらしい白い騎士が追い払ってくれて、知恵を借りて狼への備えをはじめたということ。火の見櫓はその時作ったらしい。

 それから少年の悪戯への報復として、一度村人たちが数人でゲンコツをくれてやってから、更に悪戯がひどくなり、あのヴィランたちが目撃されるようになったと。

「きっとあのガキが裏で糸を引いてるに違いないんだ」

 それはどうかとも思ったけど、無関係と決めつけてしまう訳にもいかないので、黙って頷いてみせた。

 気がつくと僕らの周りには人垣が出来上がり、みんな口々になんとかならないか、どうしたらいいんだと僕達にすがりついてくる。

 話を聞く限りでは、不自然な異変など何か怪しいところは特になく、身内のいざこざと自然の猛威に困り果て、助けを求める民草と言った印象しか受けない。

 ただヴィランのことは気にかかるけど、誰一人悪戯に困っているだけなのが引っかかった。


 タオは難しい顔で腕を組み、目をつむったまま一言も喋らない。

 こういう時のタオは決まって怒っている。何か思うところがあるんだろう。

 一応空気を読んで、情報収集のために口を挟まないと固く誓うと同時に、オレに話しかけんなという意思表示でもある。

 だけど悲壮感漂わせた村人のある一言で、ついにタオがカッと目を見開いた。

「狼に襲われるのだって、普通一番目立つあの丘の上の羊だろ? これじゃ運命も当てにならないよな」

 すぐさまレイナがタオを手で制し、「ここは任せて」と目で合図してくる。

 それなりに付き合いが長くなってくると、身内の動きも分かってくるというもの。

 気心の知れた仲間だからこそ、こういう時でも口に出さずに配慮ができる。

 レイナとファムが村人との話を引き受けてくれている間に、僕とシェインはタオを促し、人だかりから少し離れた腰掛けへと連れ出した。


 憤懣遣る方無いといった感じで腰掛けにドカッと腰を下ろすと、それでも村人たちには聞こえないように、若干トーンを下げたタオが吐き捨てる。

「くそったれ! 奴らいったいどういう神経してんだ! あのガキを鳴子か撒き餌代わりにしてやがる! ちょっと当てがハズレて自分らが襲われた途端、まるでですって顔して騎士やオレら部外者にまで頼りやがってよ。はじめから自分たちでどうにかしようって気がぜんぜんねぇ」

「タオ兄、それを言うなら無辜の民むこのたみです」

 僕とシェインもタオの両脇に座り、レイナたちが戻ってくるまで三人で待つことにした。

「でも気になることも言ってたね。運命と違うみたいなさ」

「その辺のことはファムさんと姉御がうまく聞き出してくれると思いますから、しばらくここで待ちましょう」

「定めに反して村を襲った狼か。何か分かるといいね」

「奴らにとっちゃ運命の書は便利なあんちょこみたいなつもりなんだろ? まさに人生のバイブルってか、やってらんねーよ」

 タオは腰掛けに沈み込むようにふんぞり返ると、まるで呟くように空に向かってひとりごちた。


 タオが怒るのも無理ないかもしれない。

 以前訪れたタオとシェインの故郷、桃太郎の想区。

 どんなにひどい目にあっても自分たちでは何もせず、いずれ誕生する桃太郎に全てを任せる。

 飢饉や干ばつの時も、自分たちで努力や工夫することも一切なく、やれ見捨てるのかやれなんとかしろと「お上」に頼るだけなんだとか。

 タオは自分の運命が空白だったからというだけでなく、自ら望んで鬼退治へと参加したのだ。

 僕の暮らしてたシンデレラの想区は、そこまで深刻な自然災害とかが起きない平和な場所だったから、最初はそういうのが普通だと思っていた。

 運命の書に書かれていないと動こうとしない。それは桃太郎の想区やこの不思議な想区に限ったことではない。

 今までもそういった場面をいくつも見てきたから、どんなに鈍い僕でも分かる。

 なんで運命の書なんてあるんだろうな……昔あれだけ憧れてたのが嘘みたいに、今では疑問のほうが多い。

 なんだか僕まで憂鬱になってきてしまい、色々と考えるのをやめて、タオに倣って抜けるような空を見上げた。

 まだ陽は高く、ゆっくりと流れる大きな雲があまり強くない日差しを遮り、僕達に涼し気な影を落としていった。



 どれくらい流れる雲を数えたろうか。

 僕達三人が腰掛けで黄昏れていると、げっそりとしたレイナとなんだか楽しそうなファムが戻って来た。ようやく村人たちから開放されたのだろう。

 もう喉がカラカラと水筒を煽るレイナを労い、さっきからニヤニヤしているファムに話しを促した。

「おつかれさま。それでなんの話をしてたの?」

「うん? 聞きたい?」

「ファムさん、もったいぶらずに教えてください」

「え〜とね、レイナに嫁になってくれって」

「ブフッ! ちょっと、その話はナシって言ったでしょ!? こぼしちゃったじゃないのよ!」

「いや〜ごめんごめん。レイナがモテモテで面白くってさぁ、ニシシシ」

「もう、信じられない!」

「それで、例のことは聞けたの?」

「あ〜それがね、予定ではあの丘の上がオオカミに襲われるってのは、どうも間違いないみたいなんだけどさ、それでどうなるとか細かいことは分からないって言うんだよね」


 つまり、この想区での決まった出来事として、あの少年のいる丘の上が狼の襲撃を受けることにはなっているみたいだけど、自分たちの運命じゃないので結末までは知らないと言うことらしい。

 仲の良い村人同士なら、定めについてお互い情報が共有されているかもしれないが、如何せん確執のある悪戯少年と村人とでは、土台からして無理な注文ということになる。

 となるとこの村は物語の中心的な舞台ではない、ということになるのだろうか。

「もうみんなばらばらに好き勝手話すものだから、聞いてても要領を得なくてね」

 その挙句レイナへの求婚合戦と言う訳か。

 最初の青年達と話していた時の方が、有意義な情報が多かったようだ。

 なんにしてもあの丘がいつ襲われる予定なのか分からない以上は、単なる偶然なのか何かの予兆なのか、はたまた想区の運命を歪める何かが起きているのか、軽々に判断する訳にもいかなそうだった。

「やっぱりあの少年に話を聞いてみた方がよさそうだね」

「シェインは白騎士さん主役説を推しますけど」

「確かにありそうね。冒険譚のワンシーンで立ち寄る高原の村とか」


「で、結局どうすんだ?」

 膝を突き合わせてこの謎だらけな想区の謎解きをしていた僕達を余所に、ずっと黙って空を見ていたタオが腰掛けから立ち上がり、首を鳴らしながら明後日の方に向かって話しかけてきた。

 もちろん僕らに言ってるんだけど、ずっとふてくされててバツが悪いのかな。

 みんな気持ちは分かってるのでその事には触れず、今後の予定について具体的検討に入ることにした。

「立ち寄ったという王国の騎士はとりあえず保留。名前どころか今どこに居るのかもわからないから」

「そうですね。やはり一度丘の上のイタズラ小僧さんに話を聞くのがよさそうです」

「あの様子じゃ素直に話をしてくれるとも思えないけどね」

「主役や関係者以外からの情報だけで、どこまで異常が見つかるかな〜」

「それじゃ、決まりだな。いっちょガツンといってやるか」

「いやいや……ほどほどにね。タオ」


 僕達が身支度を整えて再び丘の羊小屋に向かおうと準備をしていると、それに気付いた数人の若者がやって来た。最初話していた青年達だ。

「あんたらもう帰るのかい?」

「いえ、ちょっと調べたいことがあるので、あの丘に行ってみようと思って」

 まずい、言ってから気づいた。またタオが怒り出しちゃうかも……

「だったらちょうどいい! 俺たちも一緒に行かせてくれよ」

「悪いがオレらが戻ってくるまで待機しててくれ」

「しかし……!」

「別に着いてきても構わねえが、村の守りが手薄になるんじゃねーのか? あいつらが手ぐすね引いて待ってるぜ」

 タオが顎で示す方向、あいつらとは村の外で様子をうかがっている狼たちのことだ。

 敢えて絡まず、それでいてどことなくつっけんどんな言い方をしたタオの言葉に、村人たちも引き下がるしかないだろう。

 でもとことん自分たちで解決しようという気構えが感じられない。

 素性の分からない僕ら旅人にまで便乗しようだなんて、さすがの僕も呆れて物が言えない。

 やはりシェインの言うように、主役の白騎士が人任せな村人を指揮して、問題を解決させるエピソードなのではないか。

 未だ姿の見えない白騎士とは、一体どんな人なんだろう。


 二三言葉を交わした青年たちは、まるで苦渋の決断でもしたかのように、ひどく落胆した様子でタオの提言を受け入れた。

 苦し紛れなのか気遣ってくれてなのか分からないけど、「くれぐれも用心しろよ。あいつは手強いぞ」と言葉を残し、集まりの輪に戻っていった。

「そんじゃ行き掛けの駄賃に、奴ら片付けちまうか」

「まあそれぐらいならやっても構わないでしょ。思いっきり暴れちゃいなさい!」

「それじゃあ私はこのまま留守番ということで……」

「いい訳ないでしょ! さっさと来ないと、その辺の木に括り付けて狼の餌にしてやるからね!?」

「はぁ〜い。お〜こわいこわい……」

「あの……」

 か細い声をかけられ振り返ると、遠慮がちに俯いた少女がシェインの袖をツンツンしている。

 さっきから何度か見かけた女の子だ。

「あい? あーみなさん先に行っててください」

「わかった。それじゃ、先に行くからシェインも急いでね」

「わかりました」

 少女はもじもじしながら、シェインに何事か耳打ちしたいらしい。

「これを……」

 腰を屈めたシェインに声をかけると、僕はみんなを追いかけ村の入り口へ向かった。



 賢く統制の取れた生き物、狼。

 蹴散らそうと近づいても素早く距離を取られてしまい、攻撃することが出来ない。

 駆けつけたシェインを交え、しばらく悪戦苦闘したけど、結局一匹も退治することができなかった。

 陽も傾いてきて、どうやら無理という結論に達した僕達は、村人たちに要所を固めさせ村を後にする。

 あの羊飼いの少年がいる丘を目指し、大分涼しい風が吹くようになった高原を、僕らは足早に歩き出した。

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