07:あなたへ贈る物(起源回帰のラグナス)
そりゃ、無愛想でぶっきらぼう、彼女からすれば怪しさ満点であるであろうでも自分でも、流石に町の人々……特に女性が浮足立っているそのイベントの名を聞けば思うところはある――ローブの青年は、一人、人ごみの中でそう思う。
「――んで、あなたは誰に上げるのー?」
「んー、そりゃバレンタインなんだから気になるあの人かな~」
「私には?」
「ここに置いてある、素材用の板チョコをあげましょう」
「酷くないッ!?」
そんなキャピキャピとしたトークが、店の外だというのに聞こえるのだから、静かに町を見て回っているラグナスの耳に入るのは当然だ。
「……バレンタイン、そういうのもあったか」
フードの影で表情を隠す青年は、ふとその単語を口に出す。馴染は薄くとも、決して無視できない日。何せ、今はその対象と言える女性が身近にいるのだ。
――いや、しかし、ルナが俺にくれる可能性は低くないか?
そう思わざる負えないのは、彼女と自分の関係ゆえだろう。彼女を助けたのは確かな事だ。呼ばれたのだから助けた。だが、素性を全て話したわけでもない。そして彼女は自分を悪魔と称する。その疑いも半ば晴れたとはいえ、結局のところは何も解っていない。
実際、彼だって解っているとは言えない。自分自身が何者なのかは解っているが、この世界において何であるのかの結論が出ていない。だからこそ、彼女には自身を打ち明けていないのだ。
――まぁ、どちらにせよ。
労いはしてやらないといけない、というのが彼の本音であった。チョコという報酬は最良ではあるが、それを前提にするつもりはない。
ただ、旅という行いは簡単にできる事ではない。ましてや、幼少から義父に教育を受けていたとはいえ、十三になりたての少女が平気でいられるはずがないのだ。実際、ベッドとシャワーの喜びの表し方は相当の物であった。
「……というわけで、なんかいい物ないか?」
「どういうわけでそうなったかは知らんが、いい物はあるぞ」
路地裏を遮るようにある小屋に居座る髭面の男は、陽気にラグナスの質問に答えて見せる。小物屋、というべきか。手作りで、どことなく質素なイメージを覚えるネックレスやブレスレットが並べられていた。
「黒肌の兄ちゃんがつけるのか? それとも、彼女さんへの贈り物かい?」
「……贈り物だ。残念ながら、相手は十三でおしゃれもあまりしないやつでな。せめて馬子にも小物を与えたい」
「まぁ、小物は小物だからねぇ」
ラグナスとしては褒めた言い回しだったのだが、どうにも皮肉に聞こえてしまったらしく男は声質を潜めてしまう。申し訳ない事をしてしまった反面、変に弁明すれば値上げでもされかねないので、仕方が無く品ぞろえを吟味し始める事にした。
「あっ、ラグナスさん。ここにいたんだな」
「ん――タスクか」
そうしているうちに声をかけてきたのは一人の少年。灰髪の目立つこの国の快男児、タスク・アクターだ。労いの対照である少女、ルナリアの同行をお願いしていたのだが、なぜか青年の前に現れる。
「ルナはどうした?」
「マナナが来たから任せてきたんだ。ほら、女子同士なら話も弾むだろ?」
「なるほど。……あの子だけで大丈夫か? 女の子二人だけというのは、不安を感じるが」
「心配し過ぎだ。流石にこんな明るい朝っぱらから強盗とか、人さらいはない。何せ、人の目がある。それに、ルナリアの横にいるのはマナナだ。あぁ見えて、あいつ、力あるからさ」
自分よりもこの国に詳しい彼が信頼に足る人物に託してきたというのだから、それ以上の口をはさむ必要はない。ラグナスからすれば、彼のそう言う部分は信頼できる。一度会話するだけでも、彼がいかに自分の心に素直かが解るからだ。
それがまだ葛藤が少ないからできる事なのか、それともただの考えなしなのか……その答えは、午前中にもう出ていた。
「んで、何してんの?」
「いや、世間的にはバレンタインらしくてな。このまま行けば、ホワイトデーのお返しもままならんし、今のうちにお返しを考えていたところだ」
「……バレンタイン?」
「ようは、贈り物の日だ。マナナからもらったことないか?」
「……あー」
思い当たる節があったようで、納得するタスクをジトリと見つつも、青年の口からは呆れた溜め息が漏れた。バレンタインという文化が果たしてどこまで浸透しているかは定かではないが、少年はものの見事にマナナの好意を理解していなかったという事になる。
……これはどうにかした方が良いかもしれない――そう思考が進み、青年はいち早く自身の事を終わらせるために、目に留まっていた二つの商品に指をさす。
「小物屋。この赤と青のミサンガに、紫色のとんぼ玉を通す事はできるか?」
「できるが、ちょっとカラー的にどうだろうか……派手じゃないですかね?」
「いや、いい。それがいいんだ」
いまいち納得していないような小物屋に、ラグナスはその指定した商品を頼む事にする。その色でないといけない。勿論、拘りもあるが、何よりもそこにあるのは小さな願いでもあった。
自身の事が終わり、次はタスクの事である。少年は結局、その後に繋がるお返しの事など考えておらず、ラグナスの買い物が終わるのを今か今かと待っていた。
「タスク。マナナにお返しとかしないのか?」
「えー、しなくても……いいんじゃないか? いやまぁ、確かにすごく感謝してるし、長い付き合いだけどさ。今更何かあげても……」
「その今更、が重要だ。こっちにこい」
少し強めの口調で少年を呼ぶと、渋々と彼はラグナスの横へやって来た。
父性に近しい感覚だな、と自身の行動を内心で苦笑する。とはいえ、旅とは出会いと別れの物語。だからこそ僅かでもできた縁は大事に思えるし、それがそう言う感覚に繋がるなら良い事である。
「金は俺が出そう」
「いや、それは俺が出すよ。俺からの贈り物なわけだしさ」
「……心がけとしてはいいな。うん、その切り替えの早さは正直に羨ましいと思うぞ」
小物屋からルナリアへの贈り物を受け取り、タスクも自分が選んだ――そして大いに値切って半額まで落としきった――小物を受け取って、翌日へ臨む――
【◆】
「――というわけで、例年通りのチョコっす! 今年はちょっとだけ奮発して、中身が蕩けてるやつにしました!」
「……おぅ」
いざそういう物だと気づくと、以前のように受け取るのができなのが少年の心情である。言葉尻を萎ませつつも受け取り、彼女のいう拘りポイントを聞き流しながらチョコを一口。
「……苦っ」
「今年はビターにしてみましたっす!」
苦いのは苦手なんだが、という言葉をチョコと一緒に飲み込んで、タスクは白無地の包み紙に包まれたそれを無造作にマナナに手渡す。
突然渡されたためか、マナナはきょとんとした表情で少年を見つめるので、嫌々ながらもその意図を伝える。
「いつもの御礼だ。まぁ……似合っていると、俺のセンスがあるって事だな」
「おれい……? お、れ……い……?」
「悪い! ゼクタウトのところ行ってくるから! そ、その、気に入らなかったら捨ててもいいかんな!!」
気恥ずかしさが爆発し、いてもたってもいられなくなった少年は、赤くなる顔を隠しながらそそくさとその場を去って行く。
残された少女は、渡されたその捨ててもよい、と言われた物の中身を見て、
「……えへへ」
そっと、両手で包んで胸の上に押さえ込んだ。
初めての、物での御礼だったのだから。
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