05:秘話時々惚気話
「えっ――お父さんのギアスーツのデザインがしたい?」
思わず口に出して驚いてしまった。三十代後半に差し掛かり、子育ても佳境に入りつつある私、ツバキ・シナプスは先月十四歳になった娘、カエデの発言に目を丸くしていたのだ。
……自分で三十代後半とか言っちゃうと傷ついちゃうなー。んー、夫が外見的には若いからなー。
ぶんぶんぶん、と首を縦に振る我が娘。振り回されるサイドテールが可哀想だ。
「んー、そりゃいいけど。なんで急に?」
カエデは用意していたのか、ズボンのポケットから手のひらサイズのパッド状の携帯端末を取り出して見せてくる。
ははーん、さしずめ、お父さんへの誕生日プレゼントと洒落込むわけね。画面に映し出されたカレンダーで察した私は、悩むフリをして夫のギアスーツの状況を思い出す。
確か、使用していたギアスーツが一度コテンパンにやられちゃって、アップデートを訴えていたっけ。そりゃまぁ、試作機でオリジナル機で、何より最新パーツと機能を有していても時代には乗り越されるわけで。第二世代ギアスーツを使用しているから、戦場に現れた第三世代ギアスーツに苦戦しているわけだ。
ほーんと、人類って新しい物好きよね。そりゃ新しい方が色々と利便性あるし、生存率は確実に上がるわけだけど――あーん、そういうことね。
「カエデはカエデなりに、お父さんの事が心配なのね」
その一言に微妙な表情を浮かべる反抗期に差し掛かった娘。図星だなー。
まぁ、娘が言うまでもなくアップデートは考えていたわけだけど、デザイン案を出してくるとなると、一からの設計になる。それこそ、内部フレーム構造を総入れ替え。装甲パーツの新規生産ラインの確立と、あとはスタッフの協力の呼びかけね。
第三世代のギアスーツのデータは揃っているけれど、開発者のトロイド博士から参考資料を取り寄せましょう。あと、これを機にコアスーツの新調とかも企てましょうか。
「わかったわ。なら、カエデの初めての私達のお仕事の責任者として受け給りましょう。ちゃーんと、締め切りは守るのよ?」
うんうん、と何度も頷く最愛の娘。あーもう、本当に可愛いんだから。
でもね。お母さんも、これでも真面目な技術者だからね。デザインが酷かったら没っていくわよー。
◇◇二日後◇◇
「…………」
ふっふーん、と言った様子でどや顔をしてくる娘を横で見つつ、渡されたデザインをざっくりと見てみる。イラストはちゃんと描けてるしデザインも概ね良好。ちょっと設計に不向きな感じだけど、そこは今後の課題として。
問題は――んー……こりゃ、私への反逆として受け取ってもいいのかしら?
「えーと、カエデちゃん。なんで赤要素ないの……?」
キョトンとする娘を見る限り、思ってもいない質問だったらしい。
そりゃそうか。一度も娘には語った事ないけれど、私、赤好きなのよね。娘の名前にも赤い葉を見せる植物の名前を用いたぐらいには。あとは夫の下着とかを赤に揃えたりするぐらいには。
なんで好きになったかしら……。確か、孤児院にいた頃に夫と見た、戦隊物の特撮で好きになったんだっけ……? あーでも、自信ないわ。ハッキリとは思い出せないけれど、とにかく赤が好き。
でも、カエデが描いたギアスーツデザイン案には赤要素は全くなかった。黒と青。まーた、こりゃ夫が色々と思い耽るカラーリングだ。というか、見事にRR要素がなくなっちゃった。RRは赤と緑、リンゴ色だからねぇ……。
「んー……」
今度ばかりは悩んでしまう。そりゃ、夫に自分の趣味を強要してきたダメな妻ですよ? でも、師匠的なトロイド博士からも、君のその子供らしい考えは無垢でいいよね、と褒めてもらったのだし……あぁ、でも、レールガンの一件はだいぶ申し訳ない事したしなぁ……。
夫が私の趣味を理解し、そして余程の事がない限りは口出しをしない人なのは私がよく知っている。だから私は自由に夢を追いかけてきたし、彼を引っ張りまわした。辛い事もさせた。元より……私と彼は結ばれたのも奇跡なのだから。
彼に対して何も思わない冷徹な女ではない。だから、今更だけど勝手な事を躊躇ってしまう。
「ちょっとだけ保留……させて?」
私が思い悩むのを見て不安なのだろう、カエデはその言葉に不安混じりの表情を残しながら部屋を出て行った。
◇◇その夜◇◇
「――という事があったのよね」
『そりゃまた、今更だな』
娘を寝かしつけて、私は甲板に出て彼に電話をかけていた。戦地に赴いている彼への連絡は頻繁にしているけれど、まさかこんな事を言いだされるなんて思ってもいなかっただろう。
「私……不安なのよね、たぶん。夫婦仲も上手くいっている。娘もすくすく育ってるし、環境も悪くない。だからこそ、昔に無視した想いを蒸し返してるのかも」
思えば、彼には強要しっ放しだった。当時、試作機で動作テストもままならない機体に乗せて敵と戦わせて、半端に戦果をあげさせてしまったから軍に入れてしまう結果になった。それが彼の望みとは違うのは承知していた。していた、のに……なんで今更。
『ツバキは過去との決別をしていないからだろうな。いや、その生き方は正しい。俺にとっては羨ましい生き方だ』
「……ごめんね」
『謝るな。謝られたら、お前の夢を追いかけられなくなる』
彼にその生き方を強要させたのは私で、彼はそれを容認してくれている。
でも、ね。今の私には、その優しさは辛いの。
『……あーもう、解った。ハッキリ言ってやるよ』
「……何を?」
『正直、最初はビビったさ。俺としちゃ、やる事をやり終えて終わりだと思ってたもんで、まさかもう一度お前に出会えるとは思わなかった』
「…………」
『マッドサイエンティスト、ここに極まれりだったよ。でもな、俺は驚きはしたが、同時に申し訳なさを思い出した。皆の事はキッパリと別れられたのに、ツバキにだけは未練があった……だから、お前に再会して、お前のために尽くすと決めた』
「…………」
『たとえ自分が殺人マシンになったとしても、俺はお前のために生きよう。夢見がちで、昔から俺を引っ張り出してくれたお姉ちゃんを――かつて現実を突きつけてしまった俺が愛した女性を――今度こそ、幸せにさせてみせると誓ったんだ』
「…………」
『ツバキ? おーい、もしもしー?』
な、な、な――なんたることでしょうにかッ!?
あ、あわわ……ヤバいよ……こんな姿、娘には見せられないよ……あぁ、たぶん、うんきっとにやけてる。私、久しぶりに顔中が真っ赤になっちゃってるッ。
なんで、こう……そういう事言うかなー! そんな大胆不敵でどどーんと、ザババーンな告白されたら、余裕あるツバキでも陥落寸前ってのにぃっ!!
『……ツバキ。ちょっと作戦会議があるから、これだけは言っておく。色はそのままでいい。なに、お前が仕込んでおけばいいんだよ。俺はお前と娘を愛しているんだから』
そしてがちゃりしてつーつー、ですよ。
ほんと……昔から恥ずかしい言葉もハッキリ言ういい子なんだから……。
「よーし!」
愛されて期待されているんだから頑張らないとね。
そう気合を入れて私は部屋に戻る。誕生日までに間に合わせないとね!
◇◇二年後◇◇
「――とまぁ、そういう秘話があったのさ」
「そういう秘話があった、じゃないぞっ!!」
夏休み。ヒューマゼミの面々をホウセンカに招待したら、嫁に恥ずかしい話をバラされた。
いや、その……やめてくれ。ほら、そこの教え子たちが固まっているんで……。
「いーじゃん、減るもんじゃなしー」
「お前なぁ……」
「先生の愛、素晴らしいですね……」
「やめてくれ。恥ずかしくて死にたくなる」
生徒たちの視線を受ける中、ツバキはニシシと笑う。
あーもう、お前のそういう笑顔が好きなんだから愛してるんだよ。
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