04:それいけ!整備ガールズ!!

「んーーーッ!」


 技術士の朝は早い――って書くとカッコイイ。実際、ギアスーツを早朝から整備するのはよくある事で、この言葉は間違いではない。何せ、自分達に機体を任せてくれたパイロット達に万全な機体を提供するためなんだから。


「――んまぁ、私達は徹夜なんだけどね」


 後ろでぐったりしている優衣や遠見を見て、私も大きな溜め息を吐いた。オットー襲撃事件、と名目される事件から数日。やっと機体の修復作業の許可が下りた私達は、三人で一機ずつ改修していたのだ。

 優衣の兄、瞬の乗っているカルゴは、整備性優秀でノウハウも出揃っているので改修は簡単であった。まぁ、夜から始めたから、その装甲の派手なオレンジ色が非常に目に悪かったんだけど……チカチカするよ。でも、愛されているんだなって思う。至る所に古傷があったけど、それほど使い込まれているのだ。

 ――まぁ、流石にもう限界っぽいけど。

 パーツがどうとかじゃなくて、時代的に。第一世代のギアスーツ、アークスが第三世代のミスティアの登場で完全に生産がストップしたように。その次の世代ともいえる、三.五世代が到来した現代において、第二世代のカルゴの生産は厳しいものになる。世界各地にパーツが萬栄しようとも、最新の信頼性のあるパーツを得るのは難しくなるのだ。

 だからこそ、今のうちに次の世代の――日本製の伊弉諾イザナギとかに乗り換えた方が堅実だ。


「ふわぁ~」

「カエデちゃーん。コーヒー飲む?」

「あっ、ならミルク増し増しと砂糖少なめでお願いしまーす」


 遠見が隈を浮かべた笑みでそう言ってくるのでは、いつもの――我ながら牛乳が好きすぎると思う――コーヒーを用意してもらう。優衣はまだ睡魔に負けているのかボーっとしている。

 かくして、瞬のカルゴはとりあえずは改修は簡単だった。整備組からすると、こういうありふれた量産型は整備しやすいのだ。

 問題は残り一機というか、厳密には二機というか……。ハッキリ申すと、我が父が持ち込んだブルーラインとブロード・レイドの改修には時間がかかった。あぁ、我が敬愛する母よ。あなたは残酷です。あくまで高校一年生レベルの私達にこんな厄介物を残すだなんて!


『母からの宿題です。貴女ならちょちょいと修復できると信じてるわン』


 そんな電話があったのだから、郵送する予定はキャンセルさせられてしまった。実際、父の乗機の修復は何度もやった事がある。母と同じ道を歩むと決めた時、母が与えてくれた玩具であった。

 RRフレーム。装甲パーツにはその型番が与えられている。即ち、オリジナルのパーツで構成されているのだ。これが厄介で、専用の施設がないと装甲が作れなかったりするのだ。

 父もその点はよく嘆いており、遠征先では苦労させられたとか。カルゴとかアークスのパーツを強引に接着して帰ってきた時は目を疑ったけれど、互換性を有した調整をしていない母が悪い。まぁ、それも全て中心的なコアが独特らしく、どうにもならないかららしいけれど。


「カエデちゃん、はい」

「ありがとー」


 淹れたてのコーヒーを流し込み、身体の芯がホッとする。やっぱコーヒーには牛乳よねー。

 話を戻すと、私を主導者として優衣と遠見に手伝ってもらって改修したのだけれど、ブルーラインとブロード・レイドの差異に悪戦苦闘したのだ。何せ、第三世代と第二世代の技術の差が大きいのだから。トロイド小父さんの馬鹿って言っちゃいたくなる。

 簡単に言うと、構造が違うのだ。第一世代から第二世代の進化がA→A+だったに対して、第二世代から第三世代はA→Bなのだ。厳密には互換性はない事もないんだけど、面倒な細工をしないといけないのでやらない。

 これを機にブロード・レイドも第三世代機にしてみようと、父に進言してみよう。構造上、多少の改良で第三世代機になるはずだし、ブルーラインもずっと使えるわけでもないし。


「んー……バカ兄貴ぃ……むにゃ」

「夢の中まで瞬を罵倒してる……よっぽど心配してたんだね」

「優衣、昔から喧嘩してた瞬を見てたからね。それに何だかんだで瞬の事が好きだし」

「兄妹かぁー」


 寝言を言いながらうつらうつらしている優衣に毛布を被せて、遠見と私はコーヒーを片手にほっこりする。徹夜明けのこういう時間は尊い。バカスカ上がってたテンションが急激にクールダウンするからだ。


「遠見は兄妹はいたりするの?」

「ううん。一人っ子」

「私と同じだね」

「そうなんだ。カエデちゃん、皆が最初はビビる整備長に対して堂々としてたから、兄妹とかいるんだと思った」

「兄妹代わりはいっぱいいましたけどね」


 いかんせん、遠見や優衣のような普通な出生ではない。物覚えが確かになった時から、母に連れられて各地を転々としてたし。最終的に母の作った戦艦で暮らしていたのだから。

 いや本当、私っておかしい生活してるよね……。おかげで人見知りはしなくなったし、技術士としてのイロハも母以外からも教わった。兄弟といえば、ニーア兄ちゃんとか、マリーお姉ちゃんとか、スミスの姉御――と言ったら怒られるからスミス御姉様とか。血は繋がってないけど、心は繋がっている人達はいる。

 そう思うと、凄く懐かしい気分になる。元気かな……?


「でも、整備長の目の前でそんなこと言ったら怒られるよ?」

「ヘーキヘーキ。まず言わないから」

「――ほぉ?」


 背筋にぞぞぞ――ッと悪寒が走る。あ、これ早朝特有の寒さとか、徹夜明けの身体の異常じゃないや。

 キリキリと壊れた人形のように震えながら後ろに首を向ける。あ――私悪くないからね。

 そこにいたのは我らが先生であり、マッスルスミスの異名を持つ筋肉の塊――もとい、整備長が私達二人を睨んで見ていた。オゥ……まさしく筋肉の壁。流石は食堂のハンバーグ大食いコンテスト優勝者……それでいてそのヤバいステキな筋肉が衰えない辺り本物だ。


「イェア!? あ、あー……いや、そのッ! これは整備長がいないと思っていたからであってッ!」

「遠見、それ墓穴」

「カエデちゃん、助けてッ!!」

「せんせ。私、先生みたいな逞しくて悪を挫いてくれる大人の人、好きです。ラブじゃないですけど、そこんところは先生も先生ですし……ね?」

「ふむ――鉄・拳☆制・裁ゴッドフィストォッ!!」

「プギャッ!?」


 まぁ、ここまでの寸劇を平気で言えるのは、この人が怖い人ではないからだ。

 遠見が整備長の痛くないゲンコツにオーバーなリアクションを示す。筋肉を鍛えているから、加減も心得ている。その肉肉しい物量とは裏腹に、その威力は良くてデコピン程度だろう。デコピンでも痛いけど、グーよりはマシだ。


「ッター。整備長、酷いですよー」

「人の悪口を許せる大人ではなくてな」

「カエデちゃーん! 大人の人が殴ったー!!」

「今のは遠見が悪い。それにいい目覚ましになったんじゃない?」

「うわーん!」


 泣き真似をし始めた遠見にほとほと呆れる――整備長も同じように鼻で笑っていた。

 しかし、整備長がこの時間に整備室にやって来てくれるのはビックリだった。腕時計では今は朝の五時。時間のサイクルを決めているとされる整備長的には、朝のジョギングの時間のはずなんだけど。


「どこまで終わった?」

「父の二機と瞬のカルゴ――両方です。与えられた予定はこれでクリアー」

「お疲れ様だ、ほら、早めの朝食だ」


 ポイポイっとビニールでくるまれた大雑把に半分けのサンドウィッチが投げ込まれる。遠見には少し乱雑に投げたせいで頭に当たる。んー、まだちょっと怒ってるっぽい。

 優衣の頭元に朝食を置く整備長に短く感謝の言葉を言うと、先生は優しい笑みを浮かべた。やっぱり、悪い人じゃない。たぶん、父と同類の人だ。


「――そう言えば、アイ・Aアルトリス・イグリスの機体の件だが」

「ッ!?」


 さっきまで整備長を恨めしく見ていた遠見の瞳が真剣なものに変わる。

 やっぱり、自分のパートナーの事だから真剣にもなるし、それは私も気になってた事だ。アイの機体が戻ってくるという事は、彼女の安否が解るのだから。

 アイへの想いは皆同じだ。帰ってきてほしい。また一緒には話し合って笑い合いたい。たった一か月の間でもそう思えたのだから……。


「――――」


 その整備長の言葉を聞き届け、私達の朝は始まる――

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