失う感覚、消えた主体


 視力を失ってからもう久しい。


 何の音も聞こえない世界。ただ犬の吠えるのが聞こえることを除いて、何の音も無い世界。



 この頃は、他の感覚にも影響が出始めて、オレンジと青の区別がつきにくくなっている。


 聴覚も衰えているらしく、足がむくむ。


 こんな日ばかりが続くと、さすがに憂鬱だ。もうマグロの味も分からない。


 一体どういう病気なのだろうか。


 それに比べて、世の人は本当に楽しそうだ。


 今日も、目を輝かせながらマンホールを叩く男を見た。今はこれが流行りらしい。



 目に効くと言うので毎日ミントを一枚食むようにしているが、小指の動きが滑らかになることを除けば大した効果は無い。



 しかし、今日、どうやら一つ勘違いをしているらしいことに気が付いた。


 友人になぜみんな幸せそうなのだと聞いた。


 彼の答えで目が覚めた。



「あぁ、音が聞こえないのはみんな同じだよ。」


 こうして今日も、無音の町を歩く。

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