四足族の変化
燃える茂みのなか、俺は空を見上げるようにして寝転んでいると、誰かが俺を見下ろすようにひょこっと視界に現れた。
ミィスラである。
不思議そうな顔で俺を見下ろしている。
どうしてあの鳥と出くわして、生き残っているんだ? みたいなそんな感じの表情である。
「動物っていうのは、どこの世界でも火を恐れるものなんだな」
なんとなく言ってみる。
言葉は通じないのだから、意味はないのは分かっている。
実際、彼女は俺がなにを言っているのかは分かっていないようだった。ただ、喋ることができる――つまり、生きていることが分かったようで、ミィスラはふいっと俺から視線を外した。
俺は上半身を持ち上げる。周りではネナシとナンテンとサルカケが火を消していた。ああ、そうだった。後始末もしなくては。
「ようやく気づいたか。このままお前が燃えるのをみるのも一興だと思ったんだが」
「消しながらよく言うよ」
辺りを見渡して、ミィスラの姿を探す。
ミィスラは俺たちから離れることなく、近くにいた。仲間の死体には一目もくれていない。
「野生ってやつは残酷だな」
「残酷なものをなんでも野生だからと片付けるのはバカのすることだぞ。暗い創作をリアルだと称賛するやつぐらいには思考能力がない」
ネナシがバカをみるような目で俺を罵倒してきた。
「象は仲間の死体を悔やむ文化がある。野生は残酷ですべてを片付けたら、野生の象は存在しないことになるぞ」
「お前みたいに色々考えている余裕はないんだよ。こっちは」
俺は立ち上がりながら言う。
考えている余裕はない。異世界を三つほど移動している時点で、考える余裕は頭から消えてなくなっている。
ミィスラは俺たちを見ると、あごでついてこい。と促した。
そういえば、どうしてこいつは俺たちを案内しているのだろうか。逃げる時には見捨てていたし『珍しいものを見つけたが、命をかけるほどではない』ぐらいの感覚なのだろうか。ダイヤぐらいか?
彼女は再び、崖のほうへと向かって歩きだした。火を消した俺たちは彼女のあとを追いかけるように歩きだした。
***
あの鳥に会うことはなかった。
あの時大声で叫んでいた『シナュールャ』という言葉が鳥の名前ではないかとサルカケが言ってきたが、単に『危ない!』とか『命の危険だ!』とか『逃げろ!』という意味合いかもしれないし、なによりも発音しづらいから却下した。
鳥は鳥のままで言い続ける。
しばらく歩き続けると、不意に茂みはなくなって視界がかなりクリアになった。
目の前には崖がある。どうやらたどり着いたらしい。
崖には大きな洞穴が空いていた。
手作業で掘ったようには見えないし、おそらく自然にできた洞穴なのだろう。
ミィスラは周りをきょろきょろと見渡し、匂いを嗅いでいる。周りに危険がないのを確認してから、洞穴の中に入った。洞穴は下向きに伸びているようだった。
「四足族は鳥に勝てないのだろうか」
「ムリだろうな。体が頑丈というわけでも、角とか武器を持っているわけでもない。歯も草食動物の歯だったしな」
「じゃああいつらにできるのは逃げるぐらいか?」
「一応、逃げ切れるぐらいの力はあるようだしな」
洞穴をのぞきこみながら、俺たちは話し合う。
歯が草食のものであり、服を千切ることすらできなかったことから考えると、食われる心配もないだろう。ならなにを不安視しているのかといえば、ミィスラ以外の四足族の存在だろうか。
この洞穴は彼らの縄張りでありテリトリーであり、コミュニティーでもある。
おいそれと侵入していいものだろうか。という気持ちはある。もちろん、ミィスラが俺たちを連れてきたのだから、別に問題はないのかもしれないが。
そんなことを考えている折だった。
ひょこり、と。洞穴から頭が生えてきた。
人間の頭だ。
ミィスラではない。他の四足族だろうか。
表情は変なものをみているように、訝しんでいる。
そういえば警戒心は強めだったな。
そうこうしているうちに、どんどんと頭は増えていく。一人に連れられてやってきたのだろうか。
そういえば好奇心も強めだったな。
強い警戒心と好奇心がせめぎあって、自分のテリトリーからでることも、逃げ出すこともしない。そんな状況では話しかけることもできない。
硬直状態がしばらく続くと、ようやく洞穴の入り口から覗き見ていた四足族の一人がゆっくりと前足をテリトリーの中からだした。そろり、そろり、とこちらの様子をうかがいながらうかがいながら近づいてくる。少しでも動いたらぴくりと反応して逃げだしてしまいそうだった。
出てきた四足族は子供だった。
ミィスラよりも小さい。子供のほうがやはり好奇心は強いのだろうか。
小さな四足族は鼻をひくひく動かしてから、小さく体を震わせた。しまった。さっきの鳥の臭いがしみついているのかもしれない。
もしくは仲間の死骸か。
どちらも臭いが染みついてしまうほど近くによった覚えはないのだが、もしかしたら彼らは思った以上に鼻がいいのかもしれない。まいった、これでは第一印象が最悪ではないか。
どうしたものだろうか。
「■。■■■■、■■■?」
そう困っていた時だった。
洞穴の奥のほうからなにやら聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ミィスラだ。
周りの四足族の視線が、俺たちのほうから、洞穴の奥の方に向いた。洞穴の奥から姿を現したミィスラは俺たちとその前にいる小さな四足族を見ると、鼻をふんと鳴らした。
「■■■。■■?」
「□□、□……□□!」
「■■、■■■■」
「□……□□□」
ミィスラはなにやら叱るような強い口調で言うと、小さな四足族はしょんぼりと頭をさげて、とぼとぼと洞穴へと戻っていった。
まるで年長者に怒られた子供のようだった。いや、そのままなのだろう。
戻っていく小さな四足族を目だけで追っていたミィスラは俺たちを睨むと、また首だけを動かして洞穴を指した。その首の動きは少しはやく、なんだか「さっさと入れって言ってんだろう?」みたいなキレ気味な感じがあった。
「はは……」
俺たちは顔を見合わせてから洞穴の中に入る。
俺たちをテリトリー内から見ていた他の四足族はミィスラが入ってくると、洞穴の隅の方に引っ込んだ。
どうやらミィスラはこのコミュニティーの中では上位の地位を確立しているらしかった。
小さな四足族と比べれば大きいが、それでも俺たちのいた世界ならば小学校高学年から中学生ぐらいの年頃の見た目だ。
そんな子がどうして、コミュニティーで高い地位を確立できるのだろうか。しかも俺たちのような、言ってしまえば不審者である余所者を独断でテリトリーの中に入れることができるぐらい高い状態に。
どうして。
その理由は洞穴の中に入れば分かった。
***
前言撤回。
入っても分からなかった。
なにも分からない。
なんにも見えない。
洞穴は思いのほか深かった。下向きにーー下り坂気味の洞穴を歩き、どうやら居住スペースらしい場所に到達したときには、外の砕けた太陽の光は届かなくなり、隣にいるサルカケの輪郭すら見えなかった。
「なあサルカケ」
「なんだ?」
てんで方向違いから返ってきた。
隣にいるのはサルカケではなかった。
まあ、それぐらい真っ暗だ。
「安眠できるところを探した結果、こんな場所に居着くようになったんだろうな。恐らく」
ネナシが言う。どこにいるのかは分からない。
真っ暗な視界に火が灯った。位置は高い。ナンテンのライターだ。
「これじゃあまだ暗いな」「なにか燃やせるものはないのか?」「あたりにあるのは石だけだな」「いったん外に出て、茂みの草を回収してくるしかないな」「あれ、思いのほか燃えたなあ」「木の枝とかあればもっと楽なんだが」「この世界に来てから一度も木を見ていない。木は近くにないと考えた方がいいだろう」「この世界自体、木がないのかもな」「可能性はある」「しかし」
話し合いのさなか、俺は思わず辺りを見回した。真っ暗でなにも見えたものではないが、俺たちのまわりに人だかりができていることは、なんとなく気配で分かった。
四足族が集まっている。俺たちの周りに集まっている。ナンテンがライターに火を灯したあたりでこの気配は集まりだしたところをみると、火に興味があるらしい。ナンテンが動けばこの気配も動くのではないだろうか。
「ナンテン」
「なんだ」
「俺たちは今から外の茂みの草をかき集めてくるから、お前はここに残れ」
「なんでだよ」
「お前が移動するとこいつらも移動して非常に厄介」
我ながら分かりやすい説明であると思う。
俺たちは坂のような洞穴の中を通り、外へとでようとした。
「■■■■■■、■■■」
外にでようとした時、後ろから声をかけられた。ミィスラだ。
彼女は外にでようとしている俺たちを睨んでいる。はて、なにか睨まれるようなことをしただろうか。と考えながら外に足をだすと、ミィスラも一歩前に踏みだして俺たちを更に強く睨んだ。
外にでるな。ということだろうか。
参ったな。それでは草をとりにいくことができない。
俺は仲間たちと顔を見合わせて、二人残って二人取りに行くのはどうだ。という話をした。
もちろん、異世界人であるミィスラに話して説明することもできないから、俺とナンテンは洞穴の奥の方へと向かい、ネナシとサルカケが洞穴の外に向かった。ミィスラはネナシとサルカケを見向きもせずに俺たちの方についてきた。
四匹もサンプルがいるのだから、二匹ぐらい死んでも問題はないとでも言うのだろうか。
「もしくはお前たちの方に興味があるのか、どっちかだな」
「俺はこんな小さな子に興味はない」
「俺は異世界人に興味はない」
ナンテンの言い回しだと『小さな子』には興味がある。みたいな感じだが、実際その通りなので言及はしない。
それはもう何回もネタにしている。言い飽きた。
俺はまだ明るい場所に腰をおろす。
ミィスラはその近くに座り込んだ。犬のようにお尻をペタンとおろして座るのではなく、いわゆる『伏せ』の体勢でしゃがみこんだ。
それからなにかをするわけでもなく、ただひたすら、俺のことを見上げている。
明らかに観察をしている風だった。
観察されることになれている人間なんていないだろう。思わず睨むなりなんなりをしたくなったが、自分だって彼女のことを観察しているのだという事実を思いだし、その目線から逃げることはしなかった。
ギブアンドテイク。こっちが観察しているのだから、観察されてもいいだろう。
そうは思ったのだが。
「ネナシたち、遅いな」
「鳥に食われてないといいが」
「…………」
「…………」
「見てるな」
「見てるな」
ミィスラ以外、この洞穴の中にいる四足族の恐らくほぼほぼ全員が俺たちを見ていることには、さすがに気づいた。
その中の一匹。見覚えのある顔が、薄暗い洞穴の中でもなんとか顔を見ることができた。この洞穴にやってきた時に一番最初に俺たちに近づいてきた小さな四足族だった。この中でもかなりの好奇心が強い方なのだろう。
俺たちの顔をまじまじと見つめ、そして体を左右に揺らして俺たちの『座り方』を確認していた。なにをしているのだろうか。気にはなりはしたが、どうも芸術家が描こうとしているモデルをまじまじと見ている感じで、俺たちが動くことはできなかった。
実際のところは。
彼は描こうとしているのではなくて、真似ようとしているのだけれど。
『伏せ』の体勢をしていた小さな四足族は、いきなりすくっと立ち上がったかと思うと、慣れない動きで、前足を曲げないように我慢しながら下半身だけをぺたんと地面に降ろしたのだ。後ろ足は自然と体の端で折りたたむようにされていて、それこそ――犬の『おすわり』のような。
そこで小さな四足族は首を傾げる。
座り心地が悪いのかと思ったがそうではなく、俺たちの足が体の両端で折りたたむようになってはいないことに気づいたのだ。
俺の座り方は左足を体の前で折りたたんで、右足を投げだすように伸ばしている。
犬の『おすわり』とは似ても似つかない。
小さな四足族はなにかうめくように小さな声でなにかを言うと。
自分の足を体の前に持っていこうとしたのだ。
しかしそれは無茶である。腰からそのまま下に接続するように生えている人間と、腰の横に接続するように生えている犬。四足族がどちらに似ているのかと言えば犬の方だ。
前足で押すようにしながらムリヤリ動かしているし、もし仮に座れたとしても心地良い座り方ではないだろう。
それでもどうにか、体を震わせながらも後ろ左足を前の方に持っていくことに成功した小さな四足族は今度は後ろ右足を投げだすように伸ばそうとしたのだろう。
そんな体の構造にあっていないこと。できるはずがない。
バランスを崩して小さな四足族は転んだ。
周りの四足族が笑いだすなか、俺とナンテンは顔を見合わせた。
「これ、どういうことだと思う?」
「どうって。どうなんだろうな、これ」
***
「どうもこうも、俺たちが関わったことによって発生した不自然だろう」
無事に帰ってきたネナシに件のことを言うと、ネナシはあっさりと答えた。
こういう時に、頭が賢い奴がいるのは便利だ。
「俺に尋ねてこないのはなにか悪意を感じるな」
「お前、どうせ分かんねえだろ」
ぱちぱちと燃えている茂みに、新しい草を追加しているサルカケが俺を睨んだ。サルカケは俺たちの中で一番賢くない。
「単純な話だ。好奇心旺盛な原住民。俺たちとは明らかに違う生態をもつ原始人。それが俺たちの一挙一投足に関心を持たない方がおかしな話だろう」
もしかしたらあと数世代かしたら二足歩行で歩きだす個体が現れるかもな。とネナシは言った。そのネナシの近くでは二足歩行に挑戦しようとして失敗している小さな四足族がいた。
後ろ足二本だけで立てるほどの力はないらしく、何度もコケている。
そう言えば、この洞穴の中にはミィスラよりも歳が上だと思われる個体は見つからなかった。
どうやら四足族の平均寿命は恐ろしいほど低いようだった。
まあ彼らは医療関係が成長しているようには思えないし、鳥という天敵もいるから長生きはできないのだろう。
あの男子の四足族も、そう考えると結構な長生きしていた個体だったようだ。四足族も、長くは残ることのできる種族ではないのかもしれない。
「とにかくだ」
ネナシは言う。
「この異世界に長期間いる必要性はない。はやめに出ていくことにしよう」
片手に持っている機械によると、次歪みが発生するのは明日の夜。近くの山のうえらしい。
明日に備えてはやめに寝たほうがいいだろう。
俺たちは茂みを燃やしている炎に噛みつこうとしている四足族の頭を軽くたたいてから、炎を消した。
炎に噛みつこうとした四足族はこれで十三人目だった。彼らはとりあえず噛みつく癖があるらしい。
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