最終話 華燭

この物語は終わりがないといえば終わりがない。ただうまいものをたべて唸る、それだけだからだ。しかしまあ、物語だから終わらせなければいけない。

ということで今回で最終話になる。最後は華燭つまりは結婚式で〆させていただこうと思う。この章だけは最近プロポーズされた友人猫村にゃーさんカップルに捧げる。


その日木村千沙の自宅の前には黒のロールスロイスが止まっていた。

周囲には黒い礼服を着た人が集まっていた。

いつもとは違う景色がそこにあった。

やがて白いドレスに包まれた女性が出てくる。

「やぁー千沙ちゃん、綺麗ね」と近所のおばさんの声で周囲の注目が一気に千沙に集まった。

千沙の顔はドレスとは違って真っ赤に染まる。

「お嬢~~」と涙が止まらない高杉がそこにあった。奥さんのみどりさんがタオルを差し出す。

「みなさん、今日はありがとうございます。これからもよろしくお願いします」と小さく頭を下げる千沙を拍手がつつんだ。


そして千沙はその体をロールスロイスの中に納める。母や高杉夫婦もともに乗り込む。

「おう、千沙嬢の晴れの舞台だ。みんないくぜ。よーう」というと三本締めが始まる。こういう所が江戸っ子の「名残」である。

三本締めに包まれてロールスロイスは出発する。


その時充はすでにホテルで準備を終えていた。

「それにしてもロールスロイスって、、、おふくろ。。」

「いいのよ。金は天下の回り物っていうでしょ。大丈夫そのくらいは何とかなるわよ。」母はさすがに胆が据わっている。

ドアが開いて一人の若い男と女が入ってくる。

「兄貴ー千沙さん自宅を出たってさ」と男が言う。彼の名前は勝(すぐる)充の弟で今は大学生だ。一緒に入ってきたのは勝の彼女芽以ちゃんだった。

「そうか、、、、いよいよだな・・」充は唾をのむ。

「大丈夫ですよお兄さ~ん。だれもお兄さんの事は見てませんよ。結婚式は花嫁のものですよ」とえぐるような言葉を芽以は言う。

「合格」と母は言った。芽以はガッツポーズをする。


「勝」と充は勝の目を見て「親父とおふくろの事頼むな、、、芽以ちゃんも」


「はい」と言ったのは芽以ちゃんだった。

「何を言ってんだか、この子は。」

「だって俺木村の家に入るんだよ」

「名前が変わってもあたしの息子には違いないわよ。それに30分もあれば木村さんちに着くわよ」母は実につよい。


この結婚で充は木村家に入る。しかし今の仕事は辞めないし千沙もそれは同じだ。とはいえ木村家は千沙以外子供がいない、そのため充は高杉さんにも千沙の祖父母や母にも相談した。

「立派な心掛けですねぇ。若旦那」と高杉は泣いた。

「まあ、お前さんがそう思ってくれるのはありがてぇが、、」と祖父は腕を組んだ。


「確かに俺にはこの会社を背負っていく能力もありません。しかし千沙さんはこの会社で育ったのは事実です。千沙さんが育った場所で俺も時間を過ごしたいんです。そうして本当の家族を作っていきたいんです。」

と充は頭を下げる。


「充さん」といった後千沙は自分の頬を涙が流れるのに気付いた。

「わかった。おいらも江戸っ子だ、おめぇさんの度胸買おうじゃねぇか」千沙の祖父はそういうと自ら飲んでいた盃に酒を注ぎ充に差し出した。

「よろしく頼むぜ。若旦那」といって微笑みながら。。。


充の母がロールスロイスを木村家に遣わしたのも「愚息をよろしくおねがいします」という意思があったからだ。。。。

 

そうして結婚式は始まった。

匠と冴子は席次表をみてびっくりした。

浅草出身の今はビックスターになった芸能人の名前がずらずらとあったからだ。

それ以外にもテレビでたまに見る大物噺家の顔もちらほら見える。

「すげぇな。あとでサイン貰いに行こうよ」と普段クールな匠が冴子を誘ったくらいだから本当にすごかった。

これは千沙の祖父の「気持ち」だった。孫娘の婿になってくれる男に恥をかけられないというのだ。もともと木村家は浅草界隈に顔が利く家だった。


結婚披露宴も独特のものだった。

新郎新婦入場の時には木遣りをうたって鳶の若い衆が露払いに先頭を歩き入場してきた。これには皆驚いたが「よ!木村屋っ」とまるでパン屋さんでも呼ぶかのように声をかける人がいた。


乾杯の掛け声には祖父と同級生の当代若狭屋老虎がマイクの前に立った。

「え~お初にお目にかかる方もいらっしゃいますが噺家の若狭屋老虎と申します。千沙さんのおじい様木村源蔵氏とは小中学校を通しての同級生でして将来は「ともに吉原に通う仲」を約束したものでございますが、残念ながら吉原は大昔に亡くなりまして、、こんなこと結婚式に言うものじゃありませんな。この後に源蔵氏からお小言を頂戴して源蔵氏にお借りしたお金を返さなきゃいけません。こんな割の合わないめでたいことは無いとおもっております」といって笑いを取り「乾杯~」と声を張った。


そして披露宴が始まる。

こうして料理が運ばれる、今回の料理は江戸前の魚をふんだんにつかったものである。まずは「スズキのムニエル」が運ばれてくる。


今回料理を担当してくれる総料理長も源蔵の小学校の2年後輩で浅草で今も続く「元禄寿司」の4代目の息子である。寿司屋のせがれだから魚の選び方調理の仕方は実に鋭い。日ごろから「料理は熱いものは熱いうちに。冷たいものは冷たいうちに運ぶんだ」とウエイターの教育もしている頑固おやじだが源蔵には頭が上がらない。なんでも料理長が二十歳の時二つ下の同じ店で働く女の子に恋をしてその橋渡しをしたのが源蔵だったといわれている。

まったく実に浅草界隈という場所は狭いものである。


千沙の友達が千沙の前に集まってきて「おめでと~」といって携帯で写真を撮っていく。

そんな中気が気じゃないのが充の上司佐々木課長だ。社長の後に挨拶をしなければいけない。なんというプレッシャー、現役の噺家の後の社長の後のスピーチ。。

普通の人間なら胃に穴が開きそうだ。しかし佐々木は充たちの直属の上司で千沙からいろいろの相談に答えていたから是非にと言われたのだから仕方がない。

とりあえず、原稿に目を通すが全然頭に入らない。昔の俳優はセリフを小道具の後ろに貼ってカンニングしたというが自分がつくづく俳優になれないと思い知った。

もうこうなったらやけくそだ、と一流の料理に舌鼓をうちうまいお酒を飲んでいい気持になっている。


そうこうしている間に社長の挨拶が始まった。

どうもスピーチを頼まれると長く話せばいいって思う人が多いらしい。

面白い話ならそれなりに聞いていられるがつまらない話は眠くなるのが人間の性。しかもお腹がいっぱいになるとなおさらである。よく「腹の皮が出てくると目の皮が緩む」なんていう。

しかし社長は違った。

「本日はご両家の皆さまにはおめでとうございます。充君は当社に大変優秀な社員と「一緒に」入社いたしまして」これで爆笑を誘う。

こなれているとはまさしくそのことであり30分くらいで話をまとめ終わる。

拍手に包まれ皆笑顔である。

佐々木課長はさらにプレッシャーである。

しばらくして課長の名前が呼ばれたがその前に考えてきた原稿を破ってしまった。

そしてマイクの前に立った。

「えー、充君千沙さん今日は結婚おめでとうございます。。」と頭を下げる。

「今日は老虎師匠や弊社社長のあいさつの後で緊張しておりますが。。。。」

一瞬緊張が走る。

「挨拶は短く、幸せは長く、と申します。これをお祝いの言葉とさせていただきます。カンパーイ」と締めくくった。


これを見ていた老虎は祖父の源蔵に「若旦の会社の方はなかなかいい話し方をしますな。粋で大変結構です」といったらしい。


まあ、堅苦しいのはここまでで食事も大抵終わると最後にデザートが出てくる。

女子というのはこのために来ているといっても過言ではない。

会場の後ろの方にケーキビュッフェが設置される。

勝も芽以を誘って行こうとしたが、すでに姿はない、気付くと母もいない。

「父さん、かあさんは?」と聞くと「芽以ちゃんと一緒に行ったよ」とケーキビュッフェのほうを指さした。

その姿は新郎の母というよりも「一匹のオオカミ」ともいえるものだった。

後から聞いたがこのケーキは父の妹の旦那さんで春日部で店を出していて海外で何度も賞をもらっているパティシエの作ったものだった。

まるでバーゲンの時のように女性がたむろした。


その光景を見ていた父がふとこういった。

「しかし不思議だなあ、人間うまいものを食べると笑顔になる。好きな人が笑顔になるとこっちまで笑顔になってしまう。そういう好きな人が充にも勝にもできたんだなぁ」目線は母を追っていた。

「あぁ」と勝は芽以を見つめていた。

おっと忘れていたが高杉さんはおいしい料理とうまい酒を飲んでは泣いていたそうである。みどり夫人が「高杉は泣きすぎてタオルを絞ると涙がバケツ一杯出ましたわよ」とわらっていた。


まあ、こうして充と千沙の披露宴は終わった。すでに新居に千沙の実家の近くにアパートを借りており二人は翌日からそこで暮らす。

千沙は翌日から充のために料理を作る。誰かのために料理を作る。そしてその人が笑顔になる。実に「うまいもの」とはおもしろきものである。




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うまいもの 若狭屋 真夏(九代目) @wakasaya

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