チョコレート

果たしてチョコレートを料理として書いていいか悩むが、バレンタインが近いので書いてみよう。

カカオというものは本来「精力剤」としてインカ王国などで食べられていた。勿論砂糖は入っていない。

やはり日本でチョコレートが広まったのは「バレンタイン」だろう。

戦後すぐの時代在日米軍に子供たちが集まって「ギブミーチョコレート」といってお菓子をもらって喜んだというのを聞いたことがある。


チョコレートを語る前に砂糖の歴史を語らなくてはいけない。

砂糖は江戸時代は薩摩藩が独占していたため市民に回ってくることがなかった。

現在でも高級砂糖の「和三盆」というものがある。

庶民が食べた甘いものは果物か、水あめ、つまり麦芽糖である。

幕末になって讃岐でも砂糖栽培が開発され庶民の口にも入るようになった。


とはいえ戦前はチョコレートなんて食べた人は少なかっただろう。

まあ今の日本人が食べているものは大抵「高度成長期」に入ってきたものだ。


バレンタインを前日に控えたその日、木村千沙はキッチンでチョコまみれになっていた。もちろん充にあげるためだ。

二人の交際は順調に進んでいる。

チョコレートを作るといっても、カカオから作る人はめったにいないだろう。

基本は板チョコを買ってきて、それを細かく刻み、ボールに入れる。そのボールの下に一回り大きなボールを置き、その中にお湯を入れてチョコの入ったボールをのっけてゆっくりとチョコが溶けてきたらかき混ぜる。

まあ、「湯煎(ゆせん)」という方法だ。

こうして溶けたチョコの中にミルクを入れたり、ドライフルーツを入れたりする。

この溶けたチョコを使って「ガトーショコラ」というお菓子が出来るが料理初心者の千沙にとってはハードルが高い。


とけたチョコレートを加工するのはなかなか大変だ。

チョコは飛び散るし、チョコレートがまな板についてしまうと普通の洗剤ではなかなか落ちない。


チョコレートにスパイスを入れるって方法もある。

千沙はオレンジピールを入れることにした。

オレンジピールは文字通り「オレンジの皮」である。これを細かく刻んで甘く煮る。そうしてオレンジピールは作られる。もちろん市販のものを使う。


これにウイスキーを入れて少し置く。

ほんのりとウイスキーのにおいとオレンジの香りが混ざり合う。


「えーと、ウイスキーをカップ一杯ね」

「へい」と高杉さんが手伝っている

千沙はお年賀に頂いたウイスキーの箱を開けた。

「お嬢。それは使えませんぜ」と高杉さんは千沙を止めた

「それは40年物ですよ、もったいない」

高杉の顔が渋る

「40年物って?」千沙は酒を飲まないからわからない。

「ウイスキーってものは作り立ては角があっていけない。樽に40年寝かせると味が変わって「角が取れて丸くなる」んですよ」

「!!」

「要するに40年寝てた子なのね?」

「寝てたって赤ちゃんじゃあるまいし・・・」

千沙は頬を真っ赤にした

「あ、赤ちゃんはまだ早いわよ。。。。だって、、まだキスしか。。」といって止めた

高杉も顔が赤くなる。

千沙は高杉の制止にもかかわらず40年物のウイスキーの栓を開けた。

それをオレンジピールにカップ一杯入れる。

「あーあー」と高杉さんはもったいなさそうな顔をしている。

20分ほどおいておくと「いい匂い」がする。

その間千沙はチョコを溶かしていたが、高杉は千沙に隠れてウイスキーをストレートでのんでいた。

「うーん」美食家で鳴らした高杉も唸るおいしさだ。40年といえば高杉が40代の時に作られた酒だ。樽の中で角が取れ丸くなると書いたが、味も濃縮される、すなわち量が少なくなる。それが「天使」の飲んだものと職人は言うそうだ。


千沙のチョコがあちこちに飛び散る。

「あーあ」と高杉の顔はまた渋くなる

チョコレートを湯煎で溶かすとオレンジピールをざるにあげる。

よく水分を切ってチョコレートと混ぜる。

「いいですかい。道具を使う時は道具の先端に神経を置くんですぜ」

「わかったわ」といって千沙は神経を集中する。

しばらくしてよく混ざったらこれを型に入れる。型はもちろんハートだ。

「八分目までですよ。全部入れない事」と高杉

今度は千沙はうなずくだけ。


とりあえずなんとか型に収まったらしい。

粗熱を取ってから冷蔵庫に入れる。


「高杉さんってバレンタインにチョコレートもらったことあるの?」

「そんなこと聞かないでくださいよ」

「だって高杉さんは人生の大先輩であり恋愛の師匠よ、気になる~」こうなると駄々っ子だ。

高杉はしばらく黙っていたが40年物が効いたのか口を開いた。

「みどりちゃんはね。。そりゃあ、ここら辺の男どもが「掃き溜めに鶴」なんていってたくらいの美人でしてね。。。。いや。今も美人ですよ」

みどりちゃんとは高杉の妻の名前である。かわいらしいおばあちゃんで千沙も子供の時もよく遊んでもらった。今も高杉と孫夫婦と一緒に暮らしている。

「たしかみどりさん、うちの会社で働いてたのよね」

「ええ。みどりちゃんは秋田出身で集団就職でこっちに来たんですが、、。気が利くし、かわいいし、、、」高杉の顔は真っ赤だ。

よっぽど奥さんに惚れているらしい。

「あたしも婚期を逃しちゃいまして、30まで一人でいたんですが、なにしろ男暮らしってのは不便でしてね。恥ずかしながらみどりちゃんに料理の仕方を教わったものです。それがなれそめみたいなやつで。」

「いつの間にかあたしのお弁当を作ってくれるようになって、で所帯を持ちまして。。。。」

高杉ののろけ話がマックスになったところで千沙は冷蔵庫からチョコを取り出した。

よくかき混ぜたおかげで表面はつるつるになっている。

一つ口に入れてみる

口にチョコを運ぶ前にまず鼻からウイスキーとオレンジのいい匂いが入ってくる。中に空洞が無いのは型に八分目程入れた後5センチほど上から落とすことで空気が逃げる。

口に入れるとチョコの甘さとウイスキーに漬けたオレンジピールの苦みが一口ごとに味が違っていく。

「おいしい。これなら充さんもよろこんでくれるわ」

「そういえばウイスキーのつまみにチョコレートを食べる人もいますね」と高杉はつぶやいた。

「へー、そうなの?。。高杉さんも一つどう?」

「いや。。あたしは。。。。みどりちゃんのがありますので、結構です」

千沙は椅子から立ち上がろうとしたが力が入らない。気分は非常に良い。

「あ。酔っちゃったかも私」ウイスキーが少々多すぎたのだろう。

「え?」

高杉が見たときは千沙は夢の中であった。

結局高杉も眠ってしまい、母が仕事を終えて自宅に帰ってきたときにはキッチンはチョコが飛び散り、それが血が固まったように見えたためびっくりした。


そのあと目を覚ました千沙はウイスキーを減らして作り直した。

高杉は母が孫娘に電話を入れ迎えに来てもらったらしく姿はなかった。



バレンタインデーは休日ではない。したがって平日は仕事がある。それは千沙も充も同じだ。だから仕事が終わった後デートの約束をしていた。


ビジネス街の一駅隣にある町の駅前で待ち合わせをした。今日はこの近くのイタリアンレストランで食事をとる予定だ。

イタリアンレストランにはカップルの姿は多い。

二人して店内に入り、千沙は周囲を見渡すと高杉とみどりさんの姿があった。後で聞いたら高杉は開店以来この店の常連らしくたびたびみどりさんを連れてくるそうだ。「あっ」と声を出しそうになったが高杉夫婦は気づいていない。


二人して席に着くとメニューが渡される。

「この店初めて来たけどおいしいらしいよ」

「へぇ、そうなの?私あんまり詳しくなくって」とは言ったがあの美食家の高杉がみどりさんを連れてくる店なのだ。不味いはずはない。

「あ、あの」千沙は勇気を出し紙袋を差し出した。

「昨日、つくったの。ひさしぶりにだけど」

「あ、ありがとう」

充はウエイターさんを呼んで「あの彼女のチョコレート、ここで食べてもいいでしょうか?」と聞く。

30過ぎのウエイターは「ええ。今日は特別ですから」とほほ笑んで周りを見ると皆チョコレートを食べている。高杉もだ。

「じゃあ、食べてもいいかな?」

「う、うん」と千沙がうなずくと充はゆっくりと包装紙をほどいていく。

白い箱の中からハートの形をしたチョコを取り出すと、大事そうに手に持つといい匂いがしてきた。

半分をかじると実においしい。

「すごくおいしいよ。」と充が言うと千沙の顔は真っ赤だ。

「あ、、ありがとう」

充の顔も真っ赤になっている。


充はチョコを二つ食べた。千沙にもあげようとしたが、千沙はこの前のように「酔っぱらってしまったら困る」ため食べなかった。


しばらくして注文した料理が運ばれてくる。

それをおいしく二人で食べて終えた。


「あ、あのさ、千沙さん。。。。」と充は胸ポケットに手を入れると指輪ケースを出した。

「ち、、千沙さん、、僕と。。。。結婚。。」と言って立ち上がったが力が抜けていく。がたんと椅子に倒れた。

「充さんどうしたの?」と千沙は声をあげるとその声に気付いて高杉とみどりさんが近づいてきた。

「千沙ちゃん。どうしたの?」

「み、、、みどりさん。充さんがね、なんだか倒れちゃったみたいなんだけど」

高杉は一言「こりゃあ、酔ってますね」と一言

「でも、充さんお酒は飲めるのよ。」

「お嬢、辛党にもいろいろありましてね。ワインやビールは飲めるが、ウイスキーだと酔いが早いって人もいますよ」

「え??」まあ今回も千沙はウイスキーを入れすぎたのだ。

とりあえず、高杉はカードで千沙たちの分も支払うとタクシーを2台頼んだ。

一台は高杉夫婦が乗り、もう一台は千沙たちが乗った。

タクシーに充が横になり千沙は膝枕をしてあげた。

運転手に行き先を伝えタクシーが出発する。

「千沙さ。。ん」と充の寝言だ。

「千紗さん、ぼくっと。。。」


「結婚して、、、、」と声が大きくなる。千沙は顔が真っ赤だ。

「す、すみません。」と運転手さんに謝った。

「いいんですよ、お客さん。」

「それよりも。。。」

「え?」

「私はお邪魔じゃないですかね?」と言って笑った。

千沙は充の髪の毛を撫でた。心が温かくなっている。


充が気が付くと千沙の家の布団に寝ていた。

幸いなことに明日は土曜日だ。

ハッとジャケットの内ポケットを探った。

指輪は入っていなかったが、見慣れない封筒が一通出てきた。

「充さまへ」と書いてある。

充は急いで封筒の中から手紙を出すと

「ふつつかものですが、これからよろしくお願いします

                 木村千沙」

と書いてある。


「よっし」と充はガッツポーズをした。



さて、充達が食事をした、あのイタリアンレストランにもう一組カップルがやってくる。バレンタインデーまでまだあるので。それはまた別の話にしよう。




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