第22話 どこまでも空気を読まない男
気を失たパッツォは深海に担がれて、ある特殊な部屋のベットに寝かされていた。その部屋は魔術が使えないように作られた部屋で、そのための法具と、とても高度な結界により、部屋の中では一切の魔術が使えなかった。もちろん深海がパッツォを運べたのは腕力強化の魔術あってこその芸当である。そのため、部屋に入ってからは、魔術の効果が打ち消され、自力でパッツォをベットまで運ばなければならなかった。
桜はパッツォと闘う前に開いておいた例の本を持っていた。あの場でこっそりと開かれていたその法具は、闘いの一部始終をきっちり記録していた。
「これを父の元に送るわ。流石にこれで婚姻の話も全て白紙になるはずだし、そうなれば彼が私を狙う理由も無くなる。これでようやく万事解決ってわけね」
そういうと桜は廊下に出てから、何かしらの術を本にかけた。すると、たちまち本は一匹のフクロウになり、バサバサと羽ばたくと桜の肩の上に乗る。桜は廊下の窓を開け放ち、フクロウを放った。あの子は目的地に付けば、また本に戻るのよ、と桜は言った。
便利なものだなと、深海は改めて思った。
「それにしても、考えてみれば、パッツォも気の毒な男だな。彼もクラインベル家に生まれなけらば、もっと好きに生きられたかもしれないのに」
深海はぽつりと呟いた。すると「うぅ」という声が聞こえ、パッツォがいつの間にか目を覚ましていた。魔術が使えない部屋では、さっきの拘束具は必要がないので既に外されている。さらに魔術が使えないのなら、手負いの者を縛り上げるのも酷だろうと、深海はパッツォの縄を解いてやっていた。
桜の蹴りが相当効いているようで、パッツォは難儀そうにベットから状態を起こした。魔術の使えない部屋では治癒の術も使えない。
「おい、貴様、俺を哀れだなんて、勝手な思い違いはするなよ。別にクラインベル家に従わされたから桜を選んだわけではない。俺程の高貴な魔術師には、神崎家の娘が相応しかろうと俺が判断したから、そうしたまでだ」
「まったく良い迷惑よ。私の判断は無視したくせに。私は物じゃないの。私には私の意志があるわ」
そう言いながら、桜も部屋の中に戻ってきた。魔術が使えないとはいえ、桜はまだパッツォを警戒している。
「フン、お前が物でないことは十分わかったさ。物は主人の腹を蹴ったりしない。お前みたいなじゃじゃ馬はこっちから願い下げだ」
苦痛に顔を歪めながら、精一杯桜に食って掛かるパッツォを見て、この男のプライドの高さも見上げたものだなと深海は思った。ある意味尊敬に値する程だ。深海はだんだんパッツォに対し、興味が湧いてきた。もう少し、いろんなことを聞いてみたいと思った。そして深海は、そういう自分の欲望にとても素直である。
「好奇心で聞いてみたいんだけど、パッツォは桜のこと、どう思う? その……人として」
一瞬の沈黙があった。「何を言い出すんだコイツは……」という顔で、桜とパッツォは同時に深海を見る。「なんだ、息ピッタリじゃないか」と深海は呑気に笑っていた。
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