第23話 チェスは一人ではできない
「流石に桜がいる前じゃ答えにくいか」
深海は誰に向けてでもなく、呟いた。
「あ、当り前よ! 当人がいる前で何いきなりそんなこと」
「俺は別にかまわんぞ」
「え!?」
しどろもどろする桜とは反対に、パッツォは落ち着いて答えた。
「一体何が気になるのかは知らんが、俺にとっては聞かれて困る話でもない」
「ちょっと待ってよ、私を差し置いて話を進めな……」
「じゃあ、是非聞かせてほしいな」
深海は桜を遮って、話の先を促した。
「まず、最初に断っておかねばならんが、俺が桜と会って話した回数はそんなに多くない。幼少期を知らんわけでもないが、幼馴染というわけでもないのでな。魔術師同士の社交パーティーやらで、お互い顔は合わせていたが。その上での印象になるが」
かまわない、と深海は言った。
「俺達のように、魔術師の家系に生まれたものはだいたいそうだが、両親、あるいは一族の者達によって、幼少期は基本的に魔術の習得に充てられる。それぞれの家に伝わる術を継承することが、魔術師に生まれた子供の最も重要な役目だからな。そうなると、どうしても社会と隔絶された環境下に為らざるを得ない。術の習得に加え、表の社会でも上手く振る舞う方法を身に着けねばならんからだ。それらができて初めて、外の世界と関わることを許される」
なるほど、と深海は相槌を打った。つまり桜の特殊な育ちは、桜だけのもではなく、魔術師の家系一般に言えるということだ。
「俺はその糞忌々しい風習が嫌いだった。俺はそんな狭い世界で収まる人間ではないからだ。すべての人間の頂点に立つ。それこそが俺の求めていることだ。だから早く外の世界に出たかった。ようやくその時が来た時、俺は武者震いさえした。だが、桜は違う。こいつは今も外の世界に触れることを拒否している。だからこそ、お前をこうやって、外の世界から切り離すような真似をしたんだろう」
パッツォは深海が思っていたよりも、遥かに冷静に物事を見ていた。ただ暴力で何でも解決するような馬鹿ではないようだ。
「結局、桜は自分から鳥籠の中に居続けているのさ。もう鍵は外れている。扉は開いている。だが、こいつは他者を恐れるあまり、世界の広さを知らずにいるのだ。桜、お前は俺に、自分を物扱いするなと言ったな。確かに俺はお前のことを、利用価値のある道具のように考えていた。だが、お前のしていることも、俺とたいして変わらんぞ。この男を勝手に結界に閉じ込めておいて、相手を人として尊重できているとでも思っているのか?」
桜はさっきから黙って俯いたままだ。それはつまり、桜自信、パッツォに対して反論の余地が無いとわかっているからだろう。答えない桜にかまわず、パッツォはさらに続けた。
「外の世界には出たくない。だが、独りはさみしい。だからお前は、自分の部屋に、気に入ったぬいぐるみを置いておくように、この男を結界に閉じ込めて出られなくしたのだろう?」
再度パッツォにきつい質問を向けられ、桜はとうとう顔を伏せたまま部屋を出て行ってしまった。パッツォは肩を竦めようとして、腹の痛みに顔を歪ませた。
「面白い話だった。ありがとう。これで桜への置き土産も済んだよ」
深海がそう言うと、パッツォは感心したように言った。
「ほう? ここから脱出する算段でもあるのか?」
「あぁ」
「つくづく食えない男だ。俺を出し抜いたのも、お前の考えた策のおかげなのだろう?」
「たまたま上手くいったのさ。もう一度アンタと闘っても勝てないんじゃないかな」
「本気でそう思っているようには見えんがな。だが、俺はお前のそういうところが気に入ったぞ。俺のように完璧な人間でも、一人でチェスをやっていてはつまらんからな。好敵手がいてこそ、ゲームが面白くなるというもの。外の世界でもう一度、お前と手合わせ願いたいものだ」
「魔術勝負以外なら、どうぞお好きに」
パッツォは愉快そうに笑ってから、また苦痛に顔を歪めた。
「アンタも律儀にこんなところにいないで、そろそろ帰ったらどうだい? 桜はしばらく戻ってこないだろうし、僕は止めないよ」
そうさせてもらおう、とだけ言うと、パッツォはベットから立ち上がった。部屋から出て、魔術が使えるようになった瞬間、パッツォの顔から苦痛の表情が消える。流石は自分のことを完璧と言い放つだけはある。実力はやはり一流だ。
「次は鳥籠の外で会おう」
そう言い残すと、パッツォの体は光に包まれ、あっという間に飛び去ってしまった。
(さて。僕もそろそろここをお暇しようかな)
深海も部屋を出ると、自分の荷物が置いてある客室へと向かうのだった。
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