第21話 決着

「桜、俺の蹴りをまともに受けて気を失わなかったのだけは褒めてやるぞ。だが次はどうかな」


 パッツォの構えが少し変化し、術の詠唱と共に両足がミシミシと音を立て始める。


「また肉体強化系ね。まずいわ。これ以上手に負えなくなったら……」


「たぶん大丈夫だ。パッツォを倒すために用意したものがある」


 深海は法具のあった部屋からガラス玉以外にも、対パッツォ用に法具を持ってきていた。ホルスターに隠し持っていたそれは口元を覆う仮面のような拘束具だ。禍々しい装飾が施され、呪術師が祈祷の時にでも使いそうな雰囲気である。


「一つ確認したい。僕が魔術に関する本を読んで理解したところでは、術の発動には必ず詠唱が必要だね?」


「えぇ、そうね。詠唱を行うか、もしくは文字や図形を使って、六芒星のような、特別な術式を書いておく必要があるわ」


「だとすれば、声が出せなければ、術の発動は難しいはずだ」


 深海は客室で魔術の本を読み漁っている時に、そのことを知った。ならば声を封じることができれば、魔術自体を封じられる。深海はそういうことのできる法具がないかと、さらに本を読み漁った。そして見つけたのが、その仮面である。流石に裏の世界で仕事をしているだけはある。それは拘束した相手が助けを呼んだり、騒いだりしないように取り付けるものだった。この仮面は装着した人間の声を奪う。深海は法具の置いてある部屋からそれを持ち出し、こうして隠し持っていた。


 パッツォの詠唱が終わる。その瞬間、パッツォの履いていた靴から、鋭い突起のようなものが飛び出す。爪だ。さらに内側が膨張し、靴が張り裂けると、まるで狼のような脚が現れた。 


「肉体強化じゃない!?」


「その通りだ桜。そんなつまらん術ではない。これは獣人化だ」


「あれで蹴られちゃただじゃすまないわ……」


 桜の顔が青ざめていく。


「フハハハハハ。今からでも遅くはない。俺の元へ来い。そして無様に跪き、許しを請え」


 相手に呑まれそうになる桜を深海はそっと支えた。


「大丈夫だよ桜。いいかい、まず、強化の魔術で僕の腕力を上げてくれ。僕は例のガラス玉で煙幕を作る。その隙に僕が奴を捕まえるから、こいつをパッツォの顔に嵌めてくれ」


 パッツォに見えないように、桜に仮面を渡すと、深海は「空っぽの影(invisible shadow)」の術を詠唱しながら、ガラス玉を投げた。


「いくよ、桜」


 パリィィィン! ガラス玉が割れ、視界が紫煙に包まれる。桜はすかさず、深海に腕力強化の術をかけた。


「煙幕だと。小賢しい!」


 さらに深海は「幽霊の悪戯(work of Haunting)」を詠唱する。周りの岩や、庭にあるできる限りのものをパッツォの怒声の方向へ飛ばす。飛来するそれらをパッツォが蹴り砕く音が響く。深海はその方向へと走り出す。


「低級魔術が!こんな子供遊びで俺は倒せんぞ!」


「空っぽの影(invisible shadow)」と煙幕によって、気配の消えた深海の接近にパッツォはきず気付かない! 深海は背後からパッツォに組み付いた。


「何!?」


 振りほどこうとパッツォがもがく。しかし、完全に背後を取られている上に、深海も腕力だけならパワー負けしていない!


「女の子に手を挙げた報いだ」


 深海は有らん限りの力でパッツォの後頭部に頭突きを叩き込んだ。パッツォの意識が一瞬混濁する。意識の集中が途切れ、パッツォの術が解ける。金色の光は失われ、足はバキバキと音を立て、人間のそれに戻る。パッツォは首を振って、なんとか意識を取り戻す。そしてもう一度、肉体強化の術を詠唱しようとしたその時だった!


 紫煙を裂いて、桜がパッツォの目の前に飛び出した。


「お返しよぉぉぉお!!」


 桜は声封じの仮面をパッツォの顔面に叩き付けた。ガキンと金属音が鳴り、拘束具のロックが掛かる。仮面の効力によって声を失ったパッツォは術を詠唱することができない。今のパッツォは生身のまま深海に捉えられ無防備。桜は仮面を叩きつけた勢いのまま回転。遠心力によって右足に桜の全体重が乗る。次の瞬間、鈍い音が響き渡った。桜の渾身の回し蹴りがパッツォの腹に突き刺さったのだ。パッツォの体がくの字に曲がっている。


「グハッ!」


 深海が手を放すとパッツォは膝から崩れ落ちた。


「倍返しよ。私は寛大だから、許しを請わなくても、これでチャラにしてあげる」


 深海はホルスターに入れておいた縄を取り出してパッツォを縛り上げた。もちろんそれは法具などではなく、ただの縄だ。魔術の使えない人間を拘束するならそれで十分だ。拘束されたパッツォは凄まじい形相で桜を睨んだが、そのまま白目を剝いて気を失い、地面に倒れ込んだのだった。








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