第20話 激突

 その時は突然やってきた。深海は客室にも住み慣れ、いつものように本を読みながら、珈琲を淹れようとしていた時である。ノックも無しにいきなりドアが勢いよく開かれ、息を切らせた桜がそこに立っていた。


「結界内で私たち以外の人間の魔力を感知したわ! パッツォが来る!」


 深海は例のガラス玉が入ったホルスターを常時付けていたので、そのまま本を投げ出し立ち上がった。二人が屋敷の玄関から外へと駆けつけると、そこには朱色のローブを羽織り、金髪を後ろに撫でつけた褐色の男が立っていた。


「わざわざお出迎えとは、お前達も俺に対する礼儀がわかってきたようだな」


 男の口元は、やはり歪んだ笑みで片方だけ吊り上がっている。


「待ってたわパッツォ! 今度は前みたいに逃がしたりしないわよ!」


「逃がすだと? こっちが見逃してやったのだ。女の分際であまり思い上がるなよ」


 そういうとパッツォは右手を真上に掲げ、素早く呪文を詠唱した。


「獰猛な雨(meteo rain)」


 その瞬間、屋敷上空にどす黒い雲が凄まじい勢いで渦巻いていく。空を覆う禍々しいそれから、おびただしい数の隕石が降り注ぐ。


「お前らに隕石の雨をくれてやろう」


 すかさず桜は両手を前に突き出す。容赦無く隕石が襲い掛かる!


「優一君! 私の後ろに隠れて! 幸運を運ぶ風(fortune wind)!!」


 上空から迫りくる大量の岩の塊。それらは桜と深海めがけ向かってくる。しかし、隕石は寸でのところで軌道を変え、桜と深海を逸れる。深海のすぐ横に落下し、舞い上がる粉塵。桜の術に守られ、隕石はすべて二人を逸れて落下していく。


「チッ。厄介な術を使いやがる」


 飛び道具が使えないと判断したパッツォは今度は桜達向かって突進。


「接近戦はどうかな! 桜ァァァア!!」


 さらにパッツォが呪文を詠唱すると、両腕を光が包み、刃のように形を変える。そこから繰り出される斬撃!桜はギリギリのところでそれを躱す。


「なめないで!」


 斬撃を躱され、体勢が崩れたパッツォの顎を、桜の右足が豪快に蹴り上げる! 畳みかけるように放たれた回し蹴りを、パッツォは後ろに飛び退いて回避。桜から距離を取り、唾と一緒に血を吐き捨てた。


「流石は魔術界の名家と言われるだけはある。ただのガリ勉優等生のお嬢様ではないってことか」


「生憎だけど、優れた魔術師は文武両道ってことよ。体術だって小さい頃から嫌という程叩き込まれたわ!」


 桜は中段に構える。隙の無い構えだ。


「フンッ。まさか女相手に本気を出すことになるとはな」


 パッツォも腰を落とし、構えをとった。さらに何かの術を詠唱する。パッツォの体は金色の光を帯び、血管が浮き出ていく。肉体強化の術だ。パッツォから禍々しい殺気が放たれる。


 次に瞬間、パッツォが凄まじいスピードで跳躍する。


「な、早いっ!」


 パッツォは一瞬にして桜の懐に飛び込むと、桜の鳩尾に鋭いショートフックが突き刺さった。さらに、よろけた桜に今度はパッツォの右足が襲い掛かる。腹に強烈な蹴りを浴び、桜の体がサッカーボールのように後方へ弾け飛ぶ!


「大丈夫か桜!」


 両者の動きがあまりに常人離れしていて、深海にはどうすることもできない。


「ハハハハハ。無様だな桜。こうなれば、もうお得意の体術でも俺を見切ることはできまい」


 確かに深海の目から見ても、さっきのパッツォの攻撃に、桜はまったく反応できていなかった。明らかな劣勢。このまま見ていても、桜がむざむざやられるだけだ。


 深海は桜を抱き起こした。桜はダメージ治癒の術を自分にかける。とはいえ、そんな都合良く、すぐに回復するわけではない。気休め程度だ。


「桜、パッツォみたいにとまでは言わないが、肉体強化の魔術で、僕の力だけでもアイツを止められるくらいにできないか」


 桜は咳き込みながら答えた。


「ケホケホっ。腕力を強化するくらいならできるけど、アイツのスピードには追い付けないわよ」


「止められれば、それで十分だ。桜動けるか?」


「えぇ、なんとか」


 深海は桜が立ち上がるのを助けながら、小さい声で耳打ちした。


「僕に策がある」



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