第17話 間違える人は、さみしい人

 深海と桜は公園に着くと、最初に目に付いたベンチに腰を下ろした。公園は見晴らしの良い高台にあり、街を一望できるような感じになっている。桜は両手を膝の上でギュッと握りしめて、何から話すべきか考えているようだった。


「何か飲み物を買ってくるよ」


 桜はコクリと頷く。ベンチのあるところからでは自販機は見当たらなかったため、深海は立ち上がって、公園の中を歩きながら自販機を探した。しばらく歩いていると、自販機はベンチから随分離れたところにポツンとたたずんでいた。


 自販機からは、桜の座っているベンチは見えない。それは深海にとって好都合だった。深海は桜にもらったホルスターのポケットから魔力を可視化できる眼鏡を取り出す。深海は眼鏡をかけると街の外周をぐるっと見渡した。眼鏡をかけると街はオーロラがかかったように薄い膜に覆われている。そして、明らかに一部分だけその膜が歪んだようになっている。


(あそこか……!)


 深海は膜が歪んでいる方角と、その周辺にある目印になりそうな建物を頭に叩き込み、素早く眼鏡を仕舞った。



 深海はミルクティーを二つ買ってベンチに戻った。桜の隣に腰を下ろして、缶を手渡す。二人はミルクティーを飲んで一息つく。


「ありがとう。ちょっと落ち着いたわ。えっと、何から話そうかしら」


「何だって聞くよ」


「そうね、まずこの結界に閉じ込めたことについて、謝るべきなんでしょうね。……ごめんなさい」


 桜は深海の方を向くことができず、ずっと足元を眺めながら話している。


「私ね、怖かったの。クラスで私は浮いた存在だわ。ちょっとおかしな奴として扱われている。それにね、実は変な噂も流されていて、それで私、みんなから怖がられているのよ。だから優一君もそういう噂を既に知っていたら、私とこうやって深く関わってくれないんじゃないかと思ったの」


 桜について変な噂が流れているというのは、深海にとって初耳だった。深海も普段からクラスメイトと関わらない。深海はいつも一人で本を読んでいるし、休み時間は図書館にいることが多かったため、クラスの中での噂話とはほとんど無縁で過ごしてきた。


「私の家は魔術師の家系でしょ?言わば裏の世界の人間ね。だから表の世界の人たちから見れば、何の仕事をしているのかわからないし、得体が知れない。しかも、住んでる家もあんなだから。そういうのが重なって、私の家は堅気じゃない仕事をしているって噂が流れたの。もっと簡単に言えば、私はヤクザの娘だと思われたのね。だからみんな怖がって私を腫物を扱うように接してきたわ。それが私には耐えられなかった。でも優一君だけは、そういうふうに私を扱わなくて、なんていうか、すごく自然に接してくれた。私はそれが本当に嬉しかった」


 桜の話を聞いて、深海はなるほどと思った。ヤクザの娘扱いされてしまっても、桜は本当のことを話せなかったのだろう。急に「実は魔術師の家系で」と言われても、まともに取り合う人間なんてそうはいない。余計に頭のおかしな奴だと思われるのが関の山だ。


「それで、唯一自然に接していた僕が、君から近付くことで、君から離れてしまうのが怖かった、ということかな。だから、悪く言えば、まず僕を逃げられないようにここへ閉じ込めたわけだ」


 桜はコクリと頷いた。


「私はずっとさみしかった。小さい頃は、外との関りを一切絶たれて、魔術の勉強ばかりさせられてきた。ようやく高校から、家の外の人たちと関りを持てるようになったのに、そうやって怖がられてばかりで。私も家族や、家に出入りしていた一部の人達としか関わったことがなかったから、一体どう取り繕えばいいのかもわからなかった。だから時々、心がいっぱいいっぱいになっちゃって、おかしなことをやって、余計にみんなに怖がられて。ずっとさみしかった。でも優一君だけは私を怖がらずに接してくれた。だから失いたくないと思った。優一君さえいてくれれば、さみしくないと思ったの」


 深海は静かに桜の話を聞いていた。桜の話を聞けば聞くほど、こういう状況になってしまったのも仕方がないと深海は思った。だが、仕方がなかったのと、やってよかったことだったか、というのは別の問題だ。


「とりあえず経緯はわかった。でも僕はそれを知ったところで、君を拒絶したりはしない。それでも結界から出してはくれないのかい?」


 桜はまた俯いて、掌を一層ギュッと握りしめた。


「私は本当に最低な人間なの。汚いの。優一君とこうやって話してみて、優一君がそういうことはしない人だって、なんとなくはわかったわ。でもね、やっぱり怖いの。優一君のことをちゃんと信じることができないの。万が一にも、ここから出して、掌を返されることが怖い。優一君を失いたくない。どんなことをしたって、ずっと一緒にいてほしい。さみしいのはもう嫌」


 やれやれ、と深海は思った。


「じゃあせめて、せっかく一緒にいるんだから、この時間を楽しもう」


 深海はわざと明るくそう言った。


 ――僕が脱出するまでのこのひと時をね。

 

 深海は頭の中でそう呟いた。





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