第18話 冷めた珈琲、優しい香り
結局、そのまま会話も終わってしまったので、デートは切り上げて桜の屋敷に戻った。深海は客室に戻ると、部屋に置いてあるコーヒーメーカーで珈琲を淹れながら、桜の話を思い返す。コーヒーメーカーまであるなんて、本当に一流ホテルみたいだなと深海は思った。部屋に珈琲の香りがフワッと広がる。深海は二人分のコーヒーを盆に載せ、桜のものには砂糖とミルクを多めに入れて、桜の部屋に向かった。
◇
深海が桜の部屋に入ると、桜は机に突っ伏した態勢でじっとしていた。
「珈琲淹れたんだけど、よかったら飲んで」
珈琲を桜が突っ伏している机の上にそっと置いて、深海はソファに腰かける。桜は反応しなかったが、深海は特に気にしなかった。部屋にある適当の大きさの物に術をかけて、また移動させる練習を始める。今、深海の頭の中にあるのは、パッツォの襲撃に備えることと、脱出の算段を調えることだ。
しばらくの間、深海は夢中で魔術の修練に励んでいた。コトっとマグカップを持ち上げる音が聞こえて、深海は振り返る。桜はマグカップを両手で包むように持って、一口珈琲を飲んだところだった。
「甘い……」
「口に合わなかったかな? 落ち込んでる時は甘い物っていうのが僕の哲学なんだ。好みでなかったなら新しいものを淹れるよ。珈琲も冷めちゃっただろうし」
「ありがとう。でもいいの。優一君が私のために作ってくれたの、嬉しいから。ちょっと気持ちが楽になった」
「それはよかった。本当はケーキの一つでも用意したかったんだけどね」
「優一君は変な人だね。優しいのか、冷たいのか、わからなくなっちゃった」
「人と人とが向き合うというのはそういうことだよ。どうせこの結界の中には僕と君しかしないんだ。時間はある。ゆっくりと知っていけばいいんだよ」
「公園で話をして、私のこと嫌いになった?」
「嫌いになんてならないよ。怖いとも思わなかった。僕は君のこと、ほかのクラスメイトみたいに変に思ったりはしない。可愛いなと思ってるところもある。でもね、君はまだ人と付き合うための土俵に立ってないんだ。この結界の中にいる限りね」
さて、と言って深海はおもむろに立ち上がった。
「そろそろ、客室に戻るよ。一人の時間ていうのも大事だ。お互いにとってね」
そう言い残すと、深海は部屋から出て行った。一人部屋に残された桜はマグカップに残った、冷めた珈琲をぼんやりと見つめていた。珈琲からは、微かに優しいミルクの香りが立ち上り、桜をそっと包んでいた。
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