第16話 最悪なデート

 深海は桜の手を引いて映画館に入った。館内はポップコーンのキャラメルの匂いが充満している。もちろんチケットは買わない。その代り、ポップコーンやジュースも買えない。どうせなら何か持ってくればよかったと、深海は少し後悔した。


 深海は普段テレビを見ないので、どの映画も、一体どういった内容なのか全然わからない。桜は相変わらず一言もしゃべらないまま俯いている。仕方がないので、深海は電子案内板に表示された上映時間を見て、ちょうど十分後に上映開始の映画を見ることにした。



 席に着いた深海が周りを見渡すと、まばらに客がいる程度で、かなり空いている。


「あまり評判の良い映画ではないのかなぁ?」


 深海は小声で、隣の桜に話しかけてみたが、相変わらず黙り込んでいて返事は返ってこない。やれやれ、言い過ぎたかな、と深海は少し反省した。しかし、深海としては、悪いことをしたつもりなど微塵もなかった。


 深海は、桜がこのまま自分を結界に閉じ込め続けようと、何らかの方法で自力で脱出するつもりである。ただ、できることなら桜が思い直して、桜の方から術を解いてくれることが望ましい。「結界」という言葉を、「自宅に部屋」などに置き換えればわかりやすいが、これは片思いした相手を一方的に監禁しているのとほとんど変わらない。もし、本当に自分に好意を寄せているのら、もっとそのことについて桜は考えてみるべきだ。深海はそう考えていた。


 客の入りからわかるように、映画はかなりつまらないものだった。深海がチラッと桜の方を見てみても、やはり桜は映画どころではないようで、ずっと俯いたままでいる。こういう時間も桜には必要かもしれない、と深海はあまり気にせずに、しばらく面白くもない映画をぼんやり眺めていた。



 映画は終盤になり、スクリーンでは男が女の手を振りほどいて、立ち去ろうとしていた。引き留めようとする女に対し、男は「貴方は最後まで、僕を一人の人間として扱ってはくれなかった」と言った。女は泣き崩れ、男は夜の繁華街へと消えていったところで、エンドロールが流れ始める。ほかの客がチラホラと席を立ち、通路の方へ消えていった。結局、桜は最後まで俯いたままだった。深海も立ち上がって、桜の手を引くと、そのまま映画館を後にした。



「あまり面白い映画ではなかったね」


 深海が話しかけても、相変わらず桜は黙っている。


「気分転換に公園にでも行こう」


 深海は桜の手を引いて、街の高台にある、見晴らしの良い公園を目指した。二人はしばらく黙々と歩いた。空は雲一つない快晴だ。良い天気だなぁと深海が呑気なことを一人呟いていると、ようやく桜が口を開いた。


「……優一君。あの……少しだけ、私の話を聞いてもらってもいいかしら」


 深海はニッコリ笑って桜の方を見た。


「もちろんだ。君の話、聞かせてくれ」

 

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