第15話 無粋な話
深海は一度部屋に戻って桜を待つことになった。何やら支度があるとのことだ。待っている間も、深海は部屋に置いてあるものを術で動かす訓練をしていた。小さい物は慣れてくれば、小さな物は比較的簡単に動かすことができる。そうこうしているうちに、部屋の外からドアをノックする音が聞こえた。深海がドアを開けると、清楚なワンピースを着た桜がそこに立っていた。普段はもっと優等生といった固い雰囲気の桜だが、こういう格好も悪くない。
「そういう格好も似合うね。じゃあ早速出掛けよう」
◇
深海と桜は屋敷を出た。
「確認しておくけど、結界の範囲がこの街全体ということは、街を出ない範囲ならどこに行っても問題ないってことだね?」
「えぇ、この街なの中なら大丈夫よ」
「結界の境界線まで行くとどうなるんだい?」
「どうもならないわ。そこに壁があるだけ。優一君には眼で見ることはできないから、透明な壁が街の外周を囲んでいる感じよ」
(なるほど。おそらくパッツォの開けた抜け道は、その外周のどこかにあるわけだな)
結界の力で、深海と桜は他の人間からは見えない状態にある。つまり、カフェやらレストランに行っても注文できないわけだ。そこで深海は景色の良い場所を桜と一緒に回ることにした。それと映画館。映画館なら、席さえ空いていれば、チケットを買わずに中に入ることができる。結界の中でできるデートといえば、それくらいかな、と深海は思った。ふと隣の桜に目をやると、なんだかいつもより硬い表情をしている。深海が笑いかけると、桜は照れながら弁解した。
「ごめんなさい。こういうの初めてだから。その、男の子にデートに誘われるなんて。緊張しちゃってるの。あまり気にしないで」
「かまわないさ。僕だって初めてのことだから」
「えっ」と一瞬桜は驚いた。深海があまりにも落ち着き払っていたので、てっきりこれまで何度かこういう経験があったのだろうと思っていたからだ。
「優一君はどうしてそんなに淡々としてるの?」
桜の目には、深海には抑揚というものがほとんど無いように見える。感情が表に出にくいのか、そもそもあまり何も感じていないのか、桜には深海のことがよくわからなくなっていた。
「私の勝手に巻き込まれたのに、怒ってないし、かといって、嬉しいとか、そういうのも無さそうに見える。優一君はどうしてそんなにいつもフラットなの?」
「たぶん、他人にあまり何も求めていないからじゃないかな。僕は桜がデートで緊張しようが、楽しもうが、正直どっちでもいいんだ。そりゃあ楽しんでくれるに越したことはないけどね」
「それって私に興味ないってこと?」
深海は歩きながら首をゆっくり横に振った。
「違うよ。ただ僕の価値基準が桜と違うだけさ。ただ、もののとらえ方、考え方、感じ方が違うんだ。厳密に言えば、みんなそうだと思う。他人との距離が近くなるほど、そういう部分は見えてくる。だけど、多くの人は、それを見ようとしないんだ。でも本当は他人同士、理解できないことや、共感できないことは沢山ある。だから、こうやって僕を結界に閉じ込めたりするのって、すごくナンセンスなことだと思うよ」
桜は立ち止まって黙り込んでしまった。
「やっぱり私がしたこと、怒ってるの?」
桜はだんだん泣きだしそうな顔になってきた。
「怒ってないよ。ただ好きな相手と取るコミュニケーションとしては、あまり建設的では無いと言ってるだけだ。でも、勇気を出して行動を起こしたことは、素直にすごいと思う。だから、僕は君を無碍にするつもりはない」
桜は俯いたままだ。そんな桜の手を深海はそっと握った。
「デート中に無粋だったね。あまり深刻にならないで。ほら、もうすぐ映画館に着くよ」
深海に手を引かれて、ようやく桜は歩き出した。しかし、桜はすっかり黙り込んでしまっている。桜の頭の中では、深海の言葉がグルグルと終わらないループを繰り返していた。
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