第14話 迎撃準備

 深海はズラリと並ぶ法具を一つ一つ手にとり、しげしげと眺めた。パッと見ただけでは、それが何に使うものなのか深海にはわからなかったが、それぞれの法具の何とも言えない造形がどれも美しかった。深海は引き出しの中からべっこう色の眼鏡を見つけて、手に取ってみた。


「これは何に使うものなの?」


 深海は眼鏡をかけながら桜に聞いた。


「それは魔力の流れを可視化する眼鏡よ。魔術の修練の時に使うものなの。自分の魔力がどう流れて、どういうふうに術に繋がるかを見ながら練習するの。ちょっと見てて」


 そういうと桜はパッツォに術を放った時と同様に、両手を自分の正面に突き出して詠唱を始めた。桜の全身が発光し、その光が手に向かって流れていく。みるみるうちに、全身の光は手に収束していき、桜の掌だけがまばゆく輝いている。


「ハッ!!」


 短い掛け声と共に、桜の突き出した掌から、一瞬だけボッと小さな炎が上がった。


「見えたでしょ。でもその眼鏡、優一君のように、まだ修練の浅い人が使うものなの。訓練すれば眼鏡無しでも、魔力の流れはある程度見えるから。まぁ自転車の補助輪みたいなものね。残念ながら武器にはならないわ」


 それより、と言って桜が手に取ったのは、中心が紫色の光を帯びた、掌に収まるサイズのガラス玉だった。


「これなんてどうかしら。一種の煙幕みたいなものなんだけど、このガラス玉を割ると紫色の煙と共に、強烈な魔力を辺りに放射するの。相手の視界を奪えるし、その間、魔術の詠唱を行っても、ガラス玉の魔力が一帯に広がっているから、相手にこちらの術の発動を悟られにくい。逃げるのにも使えるし、上手く使えば攻撃の手助けにもなる」


「それいいね。持っていても荷物にならなさそうだし。使い勝手がよさそうだ」


「何より、この法具は術者の魔力を消費しない。ほかの法具だと、ある程度使う人間の魔力を使うから、優一君にはコントロールが難しいと思うの」


 それから、と桜はポケットがいくつか付いているホルスターのようなものを手に取り、深海に渡した。


「それは法具を持ち歩くのに便利よ。うっかりその玉を落としでもしたら大変だから、そこに仕舞っておけば持ち運びやすいわよ」


 深海は腰にホルスターを巻き、ポケットにガラス玉を入れた。深海がまた法具を眺めていると、桜は自分の使う法具を探し始めた。


「法具なんて普段使わないから、どこに仕舞ったかわからなくなるわね」


 どうやら何か対パッツォ用に必要なものを探しているらしい。桜が探すのに夢中になっている隙に、深海はさっきの眼鏡をポケットにこっそり隠した。しばらくして、桜は目的のものを見つけたらしく、一冊の分厚い本のようなものを引っ張り出した。


「あったわ」


「それはどうやって使うものなの?」


「これはね、この本を開いている間に起きた出来事を、そのまま記録してくれるものよ。パッツォがまた襲ってきた時に、これで一部始終を記録するの。そしたら、この本をそのままお父様に届けてやるわ。さすがにそれを見れば、クラインベル家との婚約話もすべて白紙になるだろうから」


 それを聞いて深海は少しホッとした。魔術師が正面から闘って、誰かが病院送りになったりするのはごめんだと思っていたからだ。これならまだ、平和的に解決できそうである。


 だいたい準備は整ったようだった。深海は「よし」っと言って、桜の手を取った。桜はいきなりのことで、しどろもどしたが、最終的には顔を赤らめて俯いた。深海は桜の顔を覗き込んで、ニコッと微笑む。


「じゃあ、そろそろデートに行こうか」


 桜は顔を赤らめたままだったが、深海の方を見て、照れながらもニコッと微笑み返したのだ。恥ずかしいのか、どうしても目線だけは合わせられなかった桜がなんとも可愛らしかった。


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