第11話 浮つく少女、冷たい少年
魔術の話が一段落すると、それからしばらくの間、深海と桜はたわいのない話をした。というのも、桜がこの部屋に来てから、まだそういったごく普通の会話をしていないなと、深海は気付いたからだ。普段からあまり人と積極的に会話しないタイプの深海は、ほとんど聞き役に徹した。桜は桜で、同年代の人間と話す経験がほとんどなかったので、最初はポツリポツリと話していたが、深海はどんな話も興味深そうに聞いていたので、次第にいろんなことを話し始めた。
神崎家には専属の家庭教師がいたこと。読み書きや、義務教育で習うようなこと以外に、魔術を修練する時間が一日の多くを占めていたこと。父親は物静かな人で、桜との会話はほとんどなかったこと。母親ともあまり多くの時間を過ごさなかったため、乳母が桜の母親代わりだったこと、等々だ。
深海は桜の話を聞いていて、桜は本当はこうやってもっと同世代の人間と関わりたかったんだろうなと思った。桜の話が落ち着いたところで、深海は一つ桜に提案してみた。
「君の魔術で、しばらく僕らは二人きりなんだろう? ずっとこうやってしゃべっているのもいいけど、せっかくだし、デートでもしてみないかい?」
深海の思わぬ提案に桜は面食らった。最初の威勢の良さは何処へやらで、いちいち桜の反応が深海には可笑しかった。
「僕は君のさみしさを、この身を持って埋めなきゃならないんだろ? だったら二人でデートしてみるってのも、良いアイデアだと思うんだけど」
「そ、そうね。じゃあせっかくだし、優一君にエスコートしてもらおうかしら」
なんだか一生懸命最初の威勢の良さを取り戻そうとしているところが健気で、桜の女の子らしさを感じさせた。もちろん深海には、桜と外に出ることで、もう少し結界のことを探ろうという魂胆もあったわけだが。
「決まりだね。その前に一つ桜にお願いがあるんだ。君の魔術で、僕は他の人間からは接触できない状態にある。つまり外の世界では、僕が忽然と姿を消したことになってるわけだ。このまま放っておけば、騒ぎになりかねない。そこで、とりあえず夏休みが終わるまでの間、君の家に泊まって、一緒に宿題をしていることにでもしてくれないか?」
「確かに騒ぎになるのは面倒だし、それはかまわないけど。私のこと、どうやって説明するのよ」
「幸い僕らはクラスメイトなわけだし、そうだな、恋人だって言えばたぶん大丈夫じゃないかな。うちの母に電話か何かで連絡したいんだけど、できるかい?」
「こ、恋人……。恋人……」
「桜の魔術でなんとかならない?」
「え、えぇ。可能だと思うわ。一時的にあなたの携帯を、結界の外と繋げることはできる。それでいいかしら」
「十分だ」
◇
さっそく深海は母親に電話をかけた。桜のことを話し、外泊の許可を取った。あまりにあっさり承諾が取れたので、深海の物分かりの良さは母親譲りなのかもしれない、と桜は思った。
「さて、これでとりあえず夏休みが終わるまでの間、僕がいないことで騒ぎは起きないだろう」
(できればそれまでに、なんとかここから出る手段を見つけないと)
深海は一応まだ携帯が使えるか確認してみたが、電話が終わると深海の携帯は再び圏外の表示に戻っていた。
デート、恋人、という単語に少し浮ついている桜をよそに、深海の頭の中では極めて冷静に、脱出の算段が練られ始めているのだった……。
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