第190話 遥かなる高みへ望む

 それは、中村なかむら賢人けんと遠藤えんどう秀介しゅうすけが、影山かげやまとおるの元で特訓を開始した初日の事であった。


「日中は周囲の魔物モンスターを狩ってのLvレベル上げ、日が落ちたら就寝までは座学に取り組んでもらう」


 後に師走しわす亭と名付けられる屋敷の前で、二人が師とあおぐぐ男はメモ用紙を片手に今後の予定をつつがなく説明する。


「周囲の魔物は低いLvレベルだが、一山超えると強大な魔物がうろついているので重々注意するように」

「師匠、質問です!」


 風切り音を幻聴するほどに、素直な弟子が素早く右手を挙げた。


「どうしてこの付近だけは、魔物のLvレベルが低くなっているんですか? 僕達にとってはありがたいんですが、都合が良すぎるというか何というか……」


 質問を受け取った師は、何度か頷いた後に口を開いた。


「鋭い質問だ、良い着眼点を持っている」

「ありがとうございます!」


「それでは次の説明を行おうか」

「師匠!?」


 遠藤は、回答を拒否されて慌てる質問者を眺めながら、回答者の対応の真意を自分なりに組み立てた。


 魔物のLvレベルが低くなっている原因は、恐らく影山亨である。


 昔は恐らくここらも、強力な魔物が蔓延はびこっていたのであろう。

 しかし、目の前の反則的存在が屋敷に住み着いたことで、状況が一変した。


 外来種によって従来の生態系が破壊されるように、彼は魔物を根こそぎ駆逐したのである。


 強力な魔物は姿を消し、他の強くさとい魔物もここを危険区域と判断して、近づくことは無くなったのではないか。


 結果として生まれた縄張りの空白地帯に、弱い魔物たちが避難して、中村の言う『都合が良すぎる』状況が完成したわけである。


 であれば、影山が回答を濁した理由も容易に想像がつく。


 答えようとすると、どうしても『己が強いから』などという自己陶酔ナルシストな発言をしなければならない。


 力を見せびらかしたくはないこの男にとって、それは口が裂けても言いたくなかったのではないか。


 察した弟子が、この場でとるべき行動は一つである。


「中村、そこは深堀りする所ではない。

 今の俺たちが注目するべきは、師匠の特訓内容であるべきだ」

「そ……それもそうだね、遠藤君。

 失礼しました師匠、続きをお願いします」


 食い下がる中村をいさめ、説明を次に進めるように促した。


「君たちには、目標を一つ持ってもらおうと思っている」

「目標ですか……なるほど」


 遠藤は納得したように顎に手を当てた。

 同じ特訓でも、課題があるとないとでは、上達に大きな差が生まれる。


「どんな目標なんですか? とんでもなく難しい事だったら……緊張します」

「そこまで気構えしなくて良い、中村。

 私を攻撃して、手傷を負わせることだ」


 数秒間、中村賢人の身体と頭脳が停止した。


「………………………………テキズ? ボクガ……アナタニ?」

「そうだ。

 一日の終わりに場を設ける、そこで私に攻撃して傷を負わせてほしい」


 かたことで硬直する弟子を見て、師は言葉足らずだったかと説明を続ける。


「無論こちらから君たちに攻撃はしないし、君たちの攻撃を避けることもしない。

 私の防御力も公開するが、これは周りには秘密にしてくれると大いに助かる。


 いまだ呆然とする中村の右手に、呆然とさせた本人が文字の書かれた紙を握らせた。


「それでは、今日から二週間よろしく」


 一連の会話を聞いていたクラマが、三色団子を頬張りながら苦笑していた。


◆◆◆


「予想はしていたが……とんでもない数値だ」


 行燈あんどんの柔らかい光の前で、布団を羽織った遠藤が苦虫を嚙み潰したような表情で腕を組む。


「単純な防御力DEFでも、あの炎龍と同格かそれ以上。

 加えてこの特殊エクストラスキル【完全耐性】、麻痺弾スタンバレッドをはじめとする今の俺達が用意できる弱体化デバフは、意味がないと考えた方が良さそうだ」


 開示された影山の情報は、まさに理不尽の一言に尽きた。


 本来忍者アサシンは、他と比べて素早さAGIが高く、反面防御力が低く設定されている職業ジョブのはずである。


 しかし、Lvレベルの暴力というものは実に残酷なもので、低く設定されていようが100Lvレベル以上離れている中村達からすれば難攻不落の守りに見える。


 遠藤の頭脳をもってしても、まずどのように傷を負わせるかという『方法』の段階で、作戦会議が停滞してしまった。


 ああでもない、こうでもないと、進まない議論をいくつか交わした後であった。


「……どうして師匠はこの目標にしたんだろう」

「何だと?」


 ぽつりと呟いた中村の疑問に、知恵熱を出し始めた遠藤が鋭い眼光を向ける。


「あ、いやさ、僕たちが強くなるためだけなら、別に他の目標でも良いわけでしょ?

 どうしてわざわざこれ・・なのかなって……」


 まさか己の発言が拾われるとは夢にも思わなかった中村が、慌てて説明を付け足す。


「確かに……

 今になって思い返せば、このためだけに強さを明らかにした事も実に不自然だ」


 弟子限定とはいえ、あの秘密主義の影山が、である。


「……これぐらい堅い敵を倒せる手段を、僕たちに見つけてほしかったのかな?」


 その独り言は、遠藤の考察における最後の一片ピースとなった。

 難問を解くためのひらめきを得たように、双眸が大きく見開かれる。


「中村、お前は師の言う通り、良い着眼点を持っているようだ」

「え……え⁉」


 話し相手はただ困惑するばかりであった。


 ここまで何度も事の核心を口にしながら、どうして答えに辿り着けないのかと、遠藤は相方へ心中で嘆息しながらこれからの方針を告げた。


「進むべき道は決まった。

 あの要塞人間をぶち抜く火力を、この二週間で手に入れる」

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