第172話 氷点下の懐刀
脱出は前から計画していたのであろうか。
乱暴な性格の宿主とは対照的に、室内は綺麗に整理整頓されている。
中曾根の暴走を知ったのは、取り乱した
ボス部屋の扉手前を守っていた騎士団が、彼と取り巻きらの
「私の見通しが甘かったのでしょうか……」
七瀬は丁寧な彫刻の椅子に腰かけ、クラスの編成を司る者としての把握不足を実感する。
村上はともかく、まさか中曽根が飛龍討伐の延期に対して、爆発させるほどの不満を持っているとは考えていなかった。
「その結論は、いくらなんでも一人で責任背負い過ぎだろ」
賢者が吐いた自戒の言葉を、側の
後ろについてきた村上も頷いて、柿本の意見に賛同する。
「俺も村上さんも……それこそここにいる全員が、まさか中曽根がダンジョンに潜るなんて想像していなかった。
あいつの心の何かが、俺
柿本は言い終えた後に顎に手を当てて息を吐く、いまだに目の前の事実が信じられないという態度であった。
背後から数人の駆け足が聞こえてくる。
乱暴に扉を開けて、勇者言峰とその仲間が入室した。
「七瀬さん!
中曽根が勝手に出ていったって本当!?」
賢者が無言で頷くと、勇者は青ざめた顔で頭を抱えた。
「どうしよう、元老院と国王様に何て申し開きすればいいんだ!」
出てきたのは、中曽根の心配ではなく周囲に対する言い訳の算段。
見方によっては保身的ににも聞こえる言峰の言葉に、七瀬は眉を顰めそうになる。
しかしすぐに己を律し、心に浮かびかけた不快感を解消することに
言峰は勇者の職業を得たその日から、クラスのまとめ役となっていた。
必然的にクラスを代表して国王や元老院と会談する機会は多く、
当然クラスメイトの勝手な行動に対して、その尻拭いをしなければいけないのだ。
ならば弁明を思案する彼を、誰が責められようか。
「出来る事なら、今すぐに中曽根達を連れ戻すためにダンジョンに入りたいが……無理だろうな」
言峰の諦めの言葉に村上が何かを言おうとして、グッとこらえて喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「そうですね言峰君。現在私たちは元老院によって保護されています。
龍の徘徊する場所へ
言峰の結論を七瀬が補完する。
立場上、自分たちの命は自分達だけのものではないと、理解はしているつもりであった。
しかし、守られているが故の不自由さというものを、一同は今一度噛みしめさせられた。
◆◆◆
時を同じくして、蝶の羽ばたき亭。
「中曽根君がダンジョンのボス部屋に⁉」
試験勉強でくたばりかけていた
「先ほど……届いた……報告です。
今は……ギルド職員が王都中を駆け回って……動ける冒険者を……かき集めている状況です」
向かい合っているのは受付嬢のカレラ。ここまで駆けてきたのか、息を切らしながら説明を続ける。
「龍の
「……Sランクパーティーには頼んだんですか?」
遠藤が即座に分析し、中村が当然の疑問をぶつける。
カレラは質問に対して、まるで今は聞きたくなかったように天を仰いだ。
「……Sランクパーティー『レッド・ギガンテス』と『ウォルフ・セイバー』、共に先の遠征失敗の責任をとって、現在ダンジョン立ち入り禁止を王命にて
簡単には覆りませんでしょうし……これを無視すれば最悪処刑もあり得ます。
なので……Sランクパーティーはこの件に関われません」
苦虫を嚙み潰した表情で、
「ご、ごめんなさい」
「あっ、いえ。ナカムラ様は悪くありません。
こちらこそ感情的なもの言いになってしまい申し訳ございません」
カレラは一つ咳払いをした後、いつも職場でみせる仕事人の顔に戻る。
「無理は百も承知でございます。
報酬は弾ませていただきますので、是非リベリオンズの皆様にも……勇者救出のご協力を依頼できればと思っております」
説明を全て聞き終えて、中村はパーティメンバーへと振り返った。
「この依頼は前以上に危ないものになると思う。
僕は受けたいけれど、受ける前に周りの意見を聞いてもいいかな?
特にローザとエストさん。受けたくないって意見でも大丈夫だからね? 僕の考えに無理に付き合わなくても良いからね?」
「見ず知らずの私を助けておいて、それはないだろう?」
中村の気遣いを、ローザリンデは優しく否定した。
「ここが受けた恩の返し時だ、地獄の果てまで付き合おう」
「ありがとう、ローザ」
「私もローザさんと同じです!」
走り疲れていた姉に飲み水を渡したエストが声を上げる。
「役に立てるならどこへでもお供します! というより……仲間外れにしないでください!」
彼女にとって仲間外れというものは、地獄へ行進するよりも恐ろしいらしい。
最後にリーダーは、自分の右腕とも言うべき存在に目を向ける。
遠藤は何も言わず、黙って頷くだけであった。
全員の目指す方角が一致していた喜びを抑えながら、中村は依頼人に向き直る。
「見てのとおりです。カレラさん、リベリオンズはこの依頼を受けさせていただきます」
「ありがとうございます……本当に有難いです」
ようやく一つの確約をとれたことが嬉しかったのか、受付嬢は目に見えて顔を綻ばせる。
「それでは準備が出来ましたら、冒険者ギルドへおいでください。
ギルドの職員から、最新の情報と指示が伝えられる段取りとなっております。
それでは私はこれにて」
妹が差し出した水を一気に飲み干し、駆け足で蝶の羽ばたき亭を出ていく。
恐らく居場所の分かっている、別の有力な冒険者パーティに依頼を願うためであろう。
薄紫色のポニーテールが遠ざかっていく様子が窓から見える。
「まとめた荷物を隣からとってくる、すぐに戻る」
ローザとエストが退室すると、室内は中村と遠藤の二人だけとなった。
「すごいよ遠藤君! 僕達に準備をさせていたのは、
「そうだ」
采配がぴしゃりと当たったことへ興奮する中村に対し、当てた本人は至って冷静であった。
「中曽根君……ものすごい濃い毎日を過ごしていたから、久しぶりに会う気がするなぁ……
変わってないかな? 絶対に助け出そうね!」
知人に久しぶりに会う時特有の高揚感を胸に、中村が荷物に手を掛けたその時であった。
「お前の個人的感情は解決しているのか?」
刺すような冷たい言葉が後ろから投げかけられる。
恐る恐る声の主へ向くと、瞳から
「……どういう意味?」
「他の人間ならいざ知らず。
中曽根はお前を虐めていた、いなくなっても困らない人間の屑だ」
中村は、この状態の遠藤と会話をするのが怖かった。
「この先リベリオンズが名声を高めていけば、王城の元クラスメイト共と再会できるだろう。
その時に。お前と中曽根の間にある人間関係の
今の遠藤から感じる匂いを中村は知っている。
中村は自他ともに認めるゲーム好きである。
必然的に多くのゲームと触れ合うのであるが、その中には効率を求めるあまり倫理観を投げ捨てたようなプレイも存在した。
例えば彼女からのプレゼントを売って小遣い稼ぎにしたり、
例えば仲間にしたモンスターに同じ種族を倒させたり、
例えば貴重なアイテムが欲しいので店から根こそぎ泥棒したりである。
目の前の相方は、
「あくまでギルドが依頼してきたのは、『救出の協力』であって『救出そのもの』ではない。
この際、中曽根は見殺しにした方が後のためになると俺は考える。
受付の話を聞く限り、今動けるのは俺達だけのようだし、あの突っ走った馬鹿どもの命運なんてこちらの匙加減だろう?」
ローザとエストはまだであろうか、彼女たちの到着を願っている自分がいた。
「この際だからこそ聞いておきたい。
お前は中曽根をどう思っているんだ?」
遠藤の意見を最後まで聞いた後、中村は口を固く結んで
両の拳を握る様子から、これまでのいじめられた過去を想起しているのであろうか。
やがて、心中で決着がついたのか、目を開いて遠藤の目をまっすぐと見た。
「……僕は」
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