第168話 覚悟の裏で

 クラマを追放したことで発生する事務的な手続きを行うため、リベリオンズ一行は冒険者ギルドへと出向いた。


 追放に関して何かしらのペナルティが発生するのではないかと中村は怯えたが、実態は本人も納得している円満な解約であっため、追放理由の記載と共罪証明書アンハルト・スクロールの更新だけで特に何も沙汰は無かった。


 関門を一つ突破したものの、また次の関門が立ちふさがる。国家認定冒険者証の試験まであと二日を切っていた。


「ここまで近くに迫っては、依頼を受けている最中も落ち着かないだろう? リーダー、この際試験まで宿に缶詰めするというのはどうだ?」


 焦燥を見透かされた遠藤の提案で、蝶の羽ばたき亭にて最後の追い込みを行う事となる。


 自信を持てない中村には、エストが引き続き教師役、その補佐をローザが買って出た。

 傍から見れば両手に華という羨ましい光景であるものの、本人の必死と蒼白が入り混じったつらをみれば、あまり役得を感じていないことが分かる。


 対して遠藤は、勉学は軽く復習する程度に済ませ、残りの時間は技能スキルの研鑽に当てていた。

 影山より『切れ者』と評された頭脳は、必須知識、推奨知識、豆知識の全てを、水を吸う綿のように容易く全て吸収しており、カレラもほぼ確実に受かるであろうと、太鼓判を押した状態であった。


 そんな頭脳明晰な彼は現在、昼の食事休みを利用して憲兵の宿舎を訪れていた。

 自分が交戦し、そして捕らえた者の現在を確認するためである。


「痛むか?」

「もう……大丈夫」


 日当たりの良い病室にて、丸椅子に腰かけた遠藤の問いに、ベッドに寝かされた黒狐の獣人である少女が答えた。


「敵対していたとはいえ、酷いことをしてしまったな」


 自然と彼女の肩を見てしまう、かつて鉛玉を撃ち込んだ場所である。


 ローザが込めた奇跡の呪符によって、傷跡自体はすっかり癒えている。

 しかし、体内に異物が入り込む感覚というものは、そう易々と払拭できるものではない。人によっては一生心に爪痕を残すことにもなることであろう。


「……いいよ、おたがいさまだもん」


 視線に気が付いた少女は、何てことないように肩をさすった。

 毒の刃で二度も遠藤を切り裂いたのだから怒る資格はないという、彼女なりの意思表示であった。


「ヒルダお姉ちゃんは?」

「殺した」


 相手としっかりと目を合わせて、感情を込めない無機質な声で狙撃手は答えた。


「上司のヒルダも、お前の同僚も全て俺が始末した」


 担ぎ込まれた病人は少女だけ・・である。周りのベッドには、誰も寝かされていない。質問側と回答側が黙ってしまえば、カーテンを揺らす風しか室内に音は存在しない。


 沈黙を破ったのは少女であった。


「どうしてアキチ・・・は助けてくれたの?」

「隷属の術式を見て躊躇したからだ。敵意が無く、無理やり従わされている人間の命を奪う覚悟は決めていなかった」

「そうなんだ……ありがとう?」


 戸惑いながら告げられた感謝の言葉に、遠藤は不服そうに膝に右肘を置き、右手にしかめ面をした頭を乗せた。


「感謝される筋合いはない。当然襲撃してきたお前も殺そうとは考えた。主人の仇をとる可能性を考えて、排除しておくべきだとも思ったからだ.

 突き詰めてしまえばお前が助かったのは、運が良かったからに他ならない」

「でも……実際に助けてくれたのはお兄ちゃんだよね?

 こんな暖かい場所まで用意してくれて」


 彼女は、憲兵が逮捕したエクムントの配下である。

 本来であれば独房に収容されるはずの所を、遠藤がアイアタル憲兵隊長に対して行った決死の交渉により、一般病室の利用を許可されていた。


「結果論としてそうなったという話なだけだ」


 チラリと備え付けの時計に目を向けた。

 そろそろ宿に向かわないと、午後からの勉強会に間に合わない時刻である。


「ここの憲兵のいう事は聞けよ」


 会話を切り上げて、椅子から立ち上がる。

 金属のドアノブに手を掛けたその時であった、


「エンドウお兄ちゃん」


 後ろから名を呼ばれた。ヒルダの時と言い、彼女は年上の他人に『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』をつける癖を持つようである。


「次……いつ来るの?」

「確約は出来ない、この後数日はいろいろ立て込んでいる。」

「そっか……」


 少女の声は明らかに落ち込んでいる様であった。横目で見やると、頭上の黒耳がペタリと伏している。


「時間が空いて、思い出したら……話し相手程度にはな」

「うん……またね」


 見張りとして同席していたコリンナ憲兵副隊長の表情が、何故か二マリと笑みを浮かべている。

 それを見た遠藤は、柄にもなく子供のような反発心を抱いてしまった。


◆◆◆


「……馬鹿馬鹿しい」


 ひとり廊下を歩く遠藤は、苛立ちを吐き捨てた。


 怒りの対象はあの薄幸の少女ではない。彼女の別れ際の挨拶を『嬉しそうだ』と受け取ってしまった自分自身にである。

 実弾と麻痺弾を喰らわせた男に、恨みと恐れをいだきこそすれ、親しみなどが湧くはずがないのだ。


 今まで信じ従ってきた理論と現実が嚙み合わない、実に歯がゆい気分であった。


「話せるか? 遠藤」


 ふと、後ろから声を掛けられる。

 振り返ると、柱の影から黒い外套の人物が姿を現した。


「お久しぶりです、師匠」


 フードの奥に見える顔は影山亨。

 最後に会ったのはローザリンデをパーティに加える前日であろうか、久々の師との対面に背筋を伸ばして頭を下げた。


「まず謝罪を、先程の少女を勝手な判断で助けてしまいました。

 計画を立てたあなたからすれば、余計な不安要素と感じるでしょう」

「いや、謝らなくていい。

 あの時の君の判断は正しかったと私も思う」


 影山は穏やかな声で遠藤の謝罪を不要と断じ、彼女が寝ている病室の方角へと向いた。


「元気に回復しているようで何よりだな」

「はい……」


 素直な返事をする弟子に何か思う事があったのか、師は何度か顎を撫でて思案する動作をとる。


「勝手な決めつけで申し訳ないのだが。君が見舞いまでするとは予想できなかった。

 『助けはしたのだから、その後の人生は己で決めるべき。もう関係ない』と合理的判断を下すものと思っていた」

「……救うと判断したのであれば、その後の経過をある程度を見るべきだと考えております。別に特別な事をしているつもりはありません」

「そうか、律儀なんだな」

「当然の義務だとおっしゃってください。それよりも本題に移りましょう」


 これ以上、この件をほじくり返して欲しくなかった遠藤は、強引に話題を変更する。

 既に顔は、リベリオンズの参謀へと切り替わっていた。


「師匠の計画通り、クラマさんのパーティ追放が完了しました」

「全部見ていた。難しい役目をよく成し遂げてくれた、遠藤」


 誉め言葉を掛けられたというのに、任務遂行した少年の表情は浮かない。


「リーダーの前では偉そうなことを言いましたが。

 個人的にはリーダーの意見と同じで、あの方にはもうしばらく残って欲しかったです」

「すまない、私が君たちの指導役であるうちに、中村にパーティ運営の様々な経験を積ませてあげたかったんだ」


 追放を中村に切り出したのは遠藤であるが、立案したのは影山であった。


 Bランク昇格が近いからというのは、あくまで建前である。

 本当の理由は、リベリオンズのリーダーとなった中村に、パーティ内にて起こるであろう全ての事態に直面させ、乗り越えさせるためであった。


 まとめ役として、『出来るかどうか分からない』と『過去にやったことがある』では、表面上は変わらなくとも内面に大きな差が生まれるのである。


「最後にこれを」


 遠藤が懐から一つの書簡を取り出して手渡す。中村がエクムントの屋敷から見つけてしまった機密文書、『影と光』計画であった。

 渡された影山は、面倒くさそうな表情でため息をひとつ吐く。


「見つかってしまったかぁ」

「見つかって良かったのでは?

 元老院を壊滅させることが、師匠の最終目標だという認識だったのですが?」

「そんな物騒な人物として私を見ていたのか」


 思わぬ認識の齟齬そごに、影山は呆れたように笑った。


「確かに元老院は、いろいろと邪魔に思えてきたから無くなって欲しいとは思っている。

 ただ、滅ぼすという行動にはあまり移したくはない」

「何故ですか? 武力と諜報能力は十分に持っているでしょう?」


 特訓の一環として、師の絶大な戦闘力に少し触れた弟子としては当然の疑問であった。

 すると影山は、片眉を上げて困ったように頬を掻いた。


「私は『目立ちたくない』という初志しょしを、貫徹かんてつするためにこの力を身につけた。

 それ以外の目的に使うというのは、どうも手にした力に溺れている気がしてならないんだ」

「それが、あなたを貶めた諸悪の根源への制裁だったとしてもですか?」


 問いに迷いなく頷いた。即答である。


「元老院を潰すにしても、君たち『主役』の活躍によるものであってほしい。

 間違っても私という『その他モブキャラ』が脚光を浴びる形であってほしくはないんだ」

「……なるほど、少しこちらが認識違いをしておりました」


 遠藤は師の真意を聞き、改めて己の読み外しを認めた。


「だとすると少々まずいかもしれません。その書類は私が手書きしたもので、原本オリジナルは憲兵が厳重に保管しており、既に内容も国王に伝えられているかと思われます」

「もう原本を盗んでも遅いのだろう。別の対策が必要だ、かなり忙しくなる」


 現況をまとめようと、こめかみに指を当てたその時であった。何かを思い出したようにまなこが開く。


「それはそうと遠藤。

 勉強の追い込みをしている最中であるというのに、実に申し訳ないとは思う。だが、宿に戻ったら念のため、中村達には今晩臨戦態勢でいてほしい」

「何かあったのですね?」


 質問に対して影山は、顔を廊下の窓の外へと向かせた。遠藤がその視線を追うと、ヴァンシュタイン城の尖塔が陽光を受けてキラリと輝いている。


「王城が少し騒がしくなった。もしかしたらリベリオンズの力が必要になるかもしれない」

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