第163話 召喚の背景

 全ては元老院の支持率低下に端を発するものであった。


 立て続けに発覚した元老の不祥事によって民衆からの不信感が高まり、組織の成熟度、ひいては存在意義を疑問視する声が国内中から溢れたのだ。


 事態を危惧した元老院は、短期間での劇的な解決策を見出すことが急務となった。

 長い話し合いの末に採用された案が、遥か昔に執り行われた勇者召喚の再度実行である。


 そもそも元老院が発足したのは、前代勇者サトウの『三権分立サンケンブンリツ』という発言を、王国側が独自に解釈と採用したことに起因する。


 サトウと同郷の者であれば元老院への理解を示し、さらに、未だ人気の根強い『勇者』を勢力下に抱き込めば、盤石な地位を保ち続けることも出来るであろう。そんな確証もない希望的観測に、老人たちはすがった。


 とある年、国王主催の晩餐会が催されたときの事であった。


「勇者サトウが召喚されてちょうど百年が経過した。王国周辺にはまだまだ『魔王』と呼称される者たちが跋扈ばっこしている。

 そろそろ今代の勇者を召喚してはいかがか?」

 とある一等侯爵が、その場に集った貴族たちへ問いを投げかけた。

 彼は元老院と裏で繋がっている貴族であり、権力者が多く集まる場で召喚を推す発言をせよと命を受けていた。


 通常時であればすぐに別の意見に埋もれてしまう、雑多な言葉のひとつになっていたであろう。

 しかし、大陸の情勢が元老院に味方した。


 悪魔族デーモンのイザベラと牛人族ゴシールのケルヌンノス、ルべリオス王国より『魔王』と認定されていた二柱が同盟を締結させるという大事件が発生したのだ。

 聖ルべリオス王国との正面衝突すら可能な勢力の誕生。高まった焦燥は、言の葉を拡散させる起爆剤の役割を果たし、結果『勇者召喚』という煌びやかな単語は多くの人の耳目を引いた。


 大多数の貴族が賛同し、最終的に三権力の審議にかけられることとなった。


 教会は、ただ言葉だけを吟味して了承した。

 かつて東大陸に平和をもたらした英雄の再来。『天上世界ヴァルハラ』の使徒と呼ばれる傑物を自らがお呼び出来る。神秘に生きる者として、立ち会えることがこの上ない名誉であった。


 王政は、裏に元老院の影があると察したものの、最終的には了承した。

 確かに聖ルべリオス王国は東大陸の半分を手中に収めたものの、向こう百年を安定して治められると断言できるほど盤石ではない。

 決定的な決め手となる戦力を保持しておきたいという意思が強かった。


 元老院が、自作自演の提案に反対するはずもない。


 こうして、三方の三様な思惑による意見の合致をもって、勇者召喚は実行に移される運びとなったのである。


「君たちが身をもって知っている通り、召喚は無事に成功した。

 しかし、我々の予想外の事態がひとつ発生したのだ」

「……被召喚者の意思の違い、という致命的な点ですね?」

 遠藤の解答に、教皇は瞼を閉じることで肯定とした。


「信じてほしい……我々にとって勇者召喚とは、『天上世界ヴァルハラ』に住まう英雄が、自らの意思によって我々の呼びかけに応じてくれているという認識だったのだ」

 言葉にしながら彼女は思わず自らの額を手で覆ってしまった。


「しかし……今回の召喚によって、勇者たちは見ず知らずの場所に連れてこられた……いや誘拐された罪のない少年少女であるという新事実が明かされてしまったのだ」

 知らなかったとはいえ、誘拐の共犯となってしまった事実が、彼女の良心を苛めていたのであろう


「覚えているかリーダー?」

 彼女の言葉を補足するように遠藤が口を挟んだ。


「召喚された初日に国王と謁見しただろう?

 その時に委員長がいきなり連れてこられた旨を説明すると、国王と周りの貴族が動揺していたじゃないか」

「……そうだっけ?」

 期待していた返事を受け取れずに、遠藤はがっくりと肩を落とした。

 もう一年も前の出来事である、その詳細を思い出せというのはいささか酷な話であろう。

 むしろ国王と貴族の一挙手一投足を見逃さず、つ今日まで心に留めておいた遠藤が聡明なのだ。


「話を続けよう……君たちからすれば不快に思われるかもしれないが、国内の混乱を防ぐため、民衆には従来の定説通り勇者は『召喚に応えてくれた』という内容で流布した」

「そのようですね」

 怪訝な面持ちで振りむくリーダーへ、右腕は懐から書籍を取り出す。

 煌びやかな装飾がほどこされており、表紙には見知った鎧の少年が描かれていた。


「師匠から借りたんだ、後で読んでみてくれリーダー。

 冒頭に俺たちは、己の意思で・・・・・この世界を訪れたと記載されている」

 『勇者コトミネの英雄譚』、王都にて話題沸騰の一冊であった。


 小説を中村に渡してから、遠藤は教皇へと向き直る。


「教皇猊下げいか、私個人はこの対応に不快感は抱いていないことを、ここに明示させていただきます。

 正義の所在は置いておいて、国家という視点で見れば方針自体は良いものでしょう。

 伝説とされていた勇者召喚が『ただの子供の拉致』だと知られてしまえば、権威の基盤が揺らぐどころの話ではありません」

 まるで他人事のように、淡々とした口調で国の対応を好評価する。実に現実的思考を旨とする遠藤らしい結論であった。


「あの……すみません」

 ここまで聞き手に回っていた少年が、その重い口をゆっくりと開いた。


「その……僕も対応に嫌な思いは感じていないんですけど、これは話して大丈夫な内容だったんですか?

 ここまで必死に書き換えたかったことなんですよね?」

 質問は当然であった。場合によっては、勇者たちの反発心を招きかねない事実である。


 彼女はなんてことないように笑った。


「問題ない。これぐらいでしか私の誠意は見せられないだろう。ただ……」

 彼女は発言する言葉を選ぶように、上唇を軽く舐めた。


「……王城内の勇者たちに伝えることは待ってほしい。三権力内で禁止されてしまったんだ。

 『勇者でなくなった』例外である君たちだからこそ、伝えられた内容だという事を分かって欲しい」

「はい、分かりました!」

 ささやかな願いを中村は快諾した。権力と良心に挟まれている彼女の気持ちを汲んでの了承であった。


「さて、全てを晒したうえでもう一度謝罪しよう。

 本当に申し訳なかった。こちらの事情に勝手に巻き込んでしまって」


 中村は頭を下げる権力者に対して、怒りを一片も持ってはいなかった。

 人よりも多くのライトノベルをたしんでいる彼にとって、王国が様々な思惑で勇者召喚を行うというのは、水を凍らせれば氷になることと同じぐらいに今更の常識なのである。

 むしろ充実した毎日を送っている今となっては、感謝さえ覚える相手にすらなっていた。


 どうにかこの下がってしまった頭を元に戻せないかと思案するものの、うまい返答が思いつかなかい。人と話すことが得意ではない彼にとっては、難易度が高すぎた。

 諦めて右腕に視線を送れば、リーダーの救難信号を受け取って彼は口を開く。


「頭をお上げください猊下。話をお聞きする限り、あなた様お一人の責任とは言い難いように思えます」

「そうです、そうです!」


 罵倒を覚悟していた教皇は、不思議そうな表情で頭を上げる。


「それで構わないのか? 特にナカムラ殿、君は才能がなかなか芽吹かなかったことで、他の勇者から酷く虐められていたと聞いている。感じた辛さは人一倍であっただろう」

「僕と中曽根君の事まで知っているんですか⁉」

 いじめの話題が出てくるとは夢にも思わなかったのか、前髪に隠れた丸い目が大きく見開かれる。


「勇者ナカムラが勇者ナカソネから陰湿な嫌がらせを受けている、貴族の間では有名な話だ。

 助けを差し伸べたい者もいるにはいたが、元老院を恐れて二の足を踏んでいた」

「げ、元老院と何の関係が?」

 一見関係のないようにみえる組織の名に、少年の脳内が疑問符で埋め尽くされる。


 答えてくれたのは隣の男であった。


「部屋に引きこもっていたリーダーは知らないかもしれないが。

 俺たちは王城に住んではいたものの、勇者たちは元老院が管理を行うようになっていたんだ」

 影山と言峰の決闘騒ぎにおいて勇者コトミネに力を貸した元老クシュナー、彼はその功績を賞賛されて勇者管理の任を任されていた。


「そんな状態で勇者に手を出すというのはクシュナー元老、ひいては元老院に『お前たちの管理は行き届いていない』と暗に伝えているようなもの。

 最悪三権力の一角を敵に回す行為と判断されかねないという事だ」

 実際行き届いてないんだけどな、と遠藤は鼻で笑いながら最後に付け足した。


「そうだったんだ……うん」

 中村は『部屋に引きこもっていた』という言葉にちょっと傷ついた。


 取り巻いていた状況のすべてを伝えてから、アンスヘルムは中村の次の表情を伺った。

 傍観者だったのかと憤怒されるにしても、役立たずだと失望されるにしても、彼の感情を受け止める責任があると覚悟していたからである。


 しかし彼は顔を綻ばせて安堵の息を吐いた。

「それはそれで逆によかったかもしれません」


 予想外の表情にあっけにとられる教皇に、言葉は続いた。

「つまり誰かが僕に救いの手を差し伸べていたら、たくさんの偉い人が動き出す大事おおごとになったということですよね?

 そしたらクラスメイト……他の勇者達に、僕のいじめの事情が伝わったかもしれないんですよね?」

「その……まあ、可能性は十分あったかもしれない」


 戸惑いの回答に、うんうんと何度も頷いて胸の前で拳を握った。


「でしたら謝らないでください。むしろ逆に良かったです!

 僕があの人の前でしていたやせ我慢が、無駄な努力にならずに済みました」

「そうか……君は強いんだな」

 中村は本心を話したつもりであったが、教皇はそれを己を許してくれるための方便として受け取っていた。


「先ほど説明した通り、前までは元老院によって手助けできなかったが今は別だ。

 何かあったら是非頼って欲しい。出来る限りの力になろう」

 リベリオンズのリーダーと握手する表情は、実に晴れやかな笑顔であった。


◆◆◆


 教皇との会談を終えて帰路に就く中村と遠藤。


「そういえばさ……遠藤君」

 暗い夜道から月を見上げる中村が思い出したように口を開いた。


「確か宿を出るときに二人で話したい、って言ってたよね?」

「ああ……それか……」

 質問を受けて遠藤は両の目を閉じて、がりがりと頭を乱暴に掻く。


「……遠藤君?」

 いつもははっきりと断言する彼にしては珍しく、実に歯切れの悪い様子であった。

 まるで、言葉としてこの世界に発することが恐ろしいようにも見て取れる。


 しばらく待っていると、やがて決心がついたのか、中村の目を見据えながら口を動かした。





「クラマさんをパーティから追い出すという話だ」

 周囲の喧騒があるというのに、その言葉はやけはっきりと耳に届いた。

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