第161話 忘却の彼方から
暗躍の夜は終わった。
空が白み始めた頃、リベリオンズは王都へと無事帰還した。
行きに丸一日を
しかし、流石にここから日頃こなしている依頼を受けるには、彼らの体力は限界を迎えていた。
徹夜の眠気と戦いの疲労が一同を襲い、蝶の羽ばたき亭に辿り着けば、体を寝床に投げ出して泥沼のように眠った。
ようやく復活できたのは、
このまま今日は何もしない休日としたいところであるが、あと三日と迫った国家認定冒険者証の試験がそれを許してはくれない。
「では問題だ」
腕を組んで身構えている中村に、机を挟んで相対するは遠藤。
「ルべリオス王国の三権力は『元老院』と『教会』とあと一つは?」
「王政!」
勉強嫌いな彼にとって、答えが分かったことがよほど嬉しかったのであろうか。早押しクイズではないにも関わらず、存在しない
勉強会は、人から知識を教わる段階から、互いに問題を出し合う段階へと進んでいた。
しかし、それは勉強の辛さが軽減したという意味ではない。
「ねぇ遠藤君……ちょっと気分転換に冒険者ギルドに行ってみない?」
「……いいだろう。俺もお前と二人きりの際に、伝えたいことがあったんだ」
腹を殴れば、吐瀉物の代わりに知識を吐きそうなリーダーの提案に、何か思惑があるのか参謀は快諾する。
扉を開けると、街が夜の準備を始めていた。
既に明かりの灯っている宿がいくつもあり、近くの酒場は酒を片手に談笑する冒険者で賑わっている
依頼を達成しギルドから帰る途中でいつも見かけるそれら、中村はこの景色が大好きであった。
肺いっぱいに空気を吸い込む、知識熱で
「ちょぉいと失礼ぃ」
少し歩いたところで、年を重ねた男の声に呼び止められる。
振り返ると、中年が地図を片手に眉間に皺を寄せていた。長旅だったのか、背中に大きな荷物を背負っており、足元もかなり汚れている。
手入れのされていないボサボサの髪の毛が目立つ男だった。
人間の頭であるという事前情報を持たなければ、鳥が作った巣の一種と言われても信じたであろう。
「蝶の羽ばたき亭てぁ、この場所で合っているかい?」
自分たちが先ほどまで勉強会を開いていた宿を指さしながら、地図を持つ手で乱暴に頭を掻く。
この場に女性陣がいないことが幸福だったなと、遠藤は心の中で男に対して毒づいた。
近くを歩いていた商人が、露骨に男へ嫌悪の表情を浮かべた。
「んぃやあごめんよ、こんな汚いなりで。ここまでえらい道のりでな、宿に着いたら真っ先に行水したいもんよぉ」
相手に生理的嫌悪を抱かれることに慣れているのか、へらっとした笑みで何度も頭をへこへこと下げた。
「はいそうです! あそこが蝶の羽ばたき亭で合っています」
そんな彼に対して中村は嫌な表情を浮かべず、人の役に立てることが嬉しいのか、自信満々に自分達も泊っている宿を指で差した。
「……もしよろしければ、宿の取り方とか案内しますけれど?」
「んぃやあ、そこまでしてもらわんでいい。兄さんのその優しさが眩しすぎる」
表裏の無い気遣いの言葉がとても嬉しかったのか、相手は照れくさそうに手を振った。
「今日までダラダラと生きてきたぁオジサンが、未来ある若者の時間を消費させるなんざぁ重罪よぉ。
……なぁ、リベリオンズのリーダーとその右腕さん?」
突然パーティ名を出された事で、少年たちが思わず距離をとって警戒を強める。
男はその様子に次の言葉を紡いだ。
「んぃやあすまん、ごめぇん、そんなつもりじゃなかったんだ、マァジで。喧嘩ならあんたらの勝ちだよ。俺クソ雑魚だもん。
冒険者ギルドにその名が轟いているから、別に言っても良いかなって思ったんだ。いつかあんたらの伝説を書く予定なんだから勘弁してくれよぅ。な?」
普段あまりやらないのか、最後に付け加えたウインクがぎこちなかった。
「……小説家なんですか?」
「オイレンって名のしがない物書きさぁ」
中村の好奇心に対して、男は恥ずかしそうに首に手を当てる。
「オイレン……?」
名乗った名に何か心当たりがあったのか、遠藤が思い出すように側頭部に手を当てた。が、勉強会の疲れからか、思い出すまでには至らなかった。
「んじゃぁな~これからを担う傑物たち。その名がぁ歴代の英雄に
力なくひらひらと腕を振るオイレン。『傑物』と褒められて嬉しかった中村は、それに対して風切り音が聞こえそうな程力強く腕を振って応えた。
◆◆◆
冒険者ギルドに顔を出すと、なにやら人だかりが出来ている。
興味本位で中心を覗くと、アーガーベインが仁王立ちしていた。
「お待ちしておりました」
中村達を認めると、いつもの笑みを浮かべる。
彼に集まっていた視線が、一気にリベリオンズの二人へと注がれた。
「アーガーベインさん! いつ王都に戻ってきたんですか?」
「夜明け前には」
駆け寄っていた中村の足が、驚きの回答に静止した。
空を
一番乗りであろうと確信していた自負心が大きく揺らぐが、同時に心の奥底から燃え上がるような気持ちが湧き出てきた。まだまだこの世は、自分たちに『上』を見せてくれるのだと。
高僧は彼らへ咳ばらいを一つすると、改まった様子で胸に手を当てた。
「私が仕えるさる方が、あなた達二人との面会を熱望しております。
御多忙のところ大変な迷惑をおかけしますが、ついてきていただくことは可能でしょうか?」
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